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2009年12月

凡庸な大晦日

▼大晦日。もう一年が経ったのね…と振り返る暇もなく一日を終える。

 遅くに起床し、その後、おせち作りを少しだけ手伝う(昨年はいろいろ頑張ったような記憶もあるが、今年はほぼ戦力外通知。合間に原稿書きを進める)。夜は、平凡かつ凡庸に、紅白歌合戦をアナログテレビで鑑賞。隣の部屋にはプラズマもあるのだが、キッチンの番をしているとアナログになるらしい。

 今年の新規事業は、年越し蕎麦の自作。強力粉と中力粉を間違えたり、水のバランス(水回し)に難儀したり、例によってキッチンを散らかしまくりだったが、結果、限りなくうどんに近い蕎麦が完成。売り物には決してならない代物である。夏に作った時よりも出来は良かった(弊社比較)、修行が必要だよなぁ…。もっとも、大きいまな板がないとうまく作れないよね…と、物欲再び。

 そうやって物欲にすべてを帰結してしまう男の子って嫌ね。ということで、今年もお世話になりました。

お菓子の家(2009年)

▼なぜか検索で上位ランキングに位置されているらしい「お菓子の家」。

 一昨年は無印良品のキットを用いて私が作成。昨年、今年は妻が、秘伝(?)の型紙を使っての自作である。今年は、私も焼きたかったのだが、例によって仕事の忙殺され(言い訳)、全く関与できなかった。

お菓子の家 クリスマスケーキ

▼関係各位には、クリスマス(イブ)の本日も、夜遅くまでご迷惑をおかけしてしまった。

花火の写真は難しい(三脚なしの場合)

▼休日出勤後、べっぷクリスマスHANABIファンタジア(別府クリスマス花火ファンタジア)にお出かけ。例によって、知る人ぞ知る別府のB級グルメ、一二三(ひふみ)(大分県別府市元町16-6)にて食した後、いつもの場所で花火を楽しむ。

 例年、花火をデジカメできれいに撮ろうと思いつつ、なかなかうまくいかないまま今回も終えてしまった。三脚を使えば撮れるのは分かっているのだけれど…。

▼左は、ブレないように顔に密着させて撮ったもの。傾いているような気もするが気にしないで欲しい。右は、ほぼクライマックスの写真。若干、ブレてしまっているが誤差の範囲か。ちなみにカメラは、キヤノンのコンパクトデジカメ IXY 920IS。だいぶ使い込んできたが、コンデジにしては思った以上の写真が撮れるかな。

別府クリスマス花火 別府クリスマス花火

▼2008年7月27日に話題にした、夏の別府花火ネタはこちら

出張の備忘録的記録

12月14日~16日:久々に北九州空港経由で都内方面へお出かけ。往路・復路ともに最終便という強行日程である。ちなみに北九州空港発の最終便は21時10分。羽田空港発の北九州行きの最終便は23時15分。北九州では東横インに泊まるというゴールデンコースである。

 北九州空港経由だと、大分発の最終便&羽田空港発大分便に乗るよりも、遅くまで大分に滞在できる上に、早く到着するらしい。しかも、安い!というのがトドメ。JR(空港の最寄り駅の朽網(くさみ)=行橋=大分)が安いからこそ成立する技だが、エンドユーザ的には大変にありがたい話である。

 往路では、なぜかウイスキー(バーボン)のフォアローゼズ(キリン)のサンプルをいただく。フォアローゼズは以前もサンプルをいただいたことがあったが、今回は、サントリーが作りだしたウイスキーブーム(ハイボールブーム)の追い風を受けたいのかしら。ま、何にせよありがたい話である。

12月18日~20日:特急ソニックで京都へお出かけ。打ち合わせ後、荷物を置いてなんばへ直行。なんばパークスって何?と思いつつ、次なる打ち合わせ場所であるスタバへ直行。18日深夜、翌日の準備を終える。19日は、例によって関係各位にお世話になる。久々に3次会突入。若いなぁ。

読書メモ(断片):石井淳蔵『ビジネス・インサイト』

▼『マーケティングの神話』で知られる石井淳蔵先生の新刊を久々に読む。「あとがき」に寄れば、マーケティングの神話以来、15年ぶりらしい。15年も経ったのか!と驚くことはあっても、今もなお『マーケティングの神話』の記憶の新鮮に蘇るということは、それだけ私的には影響力のあった本だったのだろう。今回も、期待を全く裏切らない内容であった。

 本書における ビジネスインサイトとは、経営において「跳ぶ力」、あるいは「将来を見通していく力」(p.50)、あるいは、「創造の知」を意味する。先日、私の最も身近な顧客に対してホンダの「インサイト」(ハイブリッドカー)の「インサイト」ってどういう意味?と聞いてみたところ、ほぼ壊滅状態だったことは、これまた記憶に新しい。日本の現在、あるいは将来にわたる「インサイト」(×商品名)不足は危惧するばかりだが、残る可能性にかけてみたいところだ。

▼印象に残ったところは多いが、冒頭のエピソードから「読ませる」内容。
 経営者は跳ぶのが仕事。そこは経営者独自の感覚がものを言う。そのため、学問とは無縁の仕事のようにも思える。だが、そうとも言えない。経営者の仕事と学問の関わりを見る上で面白いエピソードを紹介しよう。
 神戸大学の同僚であった加護野忠男から、「松下幸之助と本田宗一郎と中内功の共通点は何か」と、問われたことがある。言うまでもなく、松下幸之助はパナソニック(旧・松下電器)を、本田宗一郎はホンダを、そして中内功はダイエーを、それぞれ創業して大企業に育てた人たちであり、わが国では歴史に残る起業家である。彼らの共通点は、加護野に言わせると、「実務に就いてから、学校に通った」という点だと言うのだ。
 そう言われてから調べてみると、松下幸之助は、十九歳のときに自分で店を経営しながら、関西商工学校夜間部予科に通う。本田宗一郎は、ホンダの前身となる会社を設立し社長となった後、浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)機械科の聴講生となり、三年間金属学の研究に費やす。中内功は、戦後復員してから、仕事の合間を縫って旧制神戸経済大学(現・神戸大学)に戦後設立された第二学部(夜間部)に進学する。
 確かに三人とも、社会に出て自分の仕事に一生懸命励んでいる時期に、学校に通っている。たぶん無理をして時間を割いたことだろう。(略)本書を書く中でいろいろの経営者のお話を文献やインタビューで調べていると、しかし、社長業の合間を縫って、学校やセミナーに通った話がけっこうよく出てくる。そして、「経営学や経営学者の話が、事業を進めていく上で役に立った、決め手になった」という話も出ている。pp.4-5.
 大学関係者にとって都合の良い話かと思うが、目的意識を持って学ばない限り「インサイト」は誰にも訪れないものと思ってみたりもする。実務に就いてなおもまた「学び」「振り返る」余裕をもっていきたものである。

有給休暇

▼「有給休暇に希望をのせて ペキン・モスクワ・パリ・ニューヨーク」とは、かのバブル時代に流行った「勇気のしるし~リゲインのテーマ~」の一節である。私にも一応、有給休暇という概念はあるらしいのだが、かの戦士諸君同様、あってないような制度になっているらしい(もっとも、私の仕事が非効率であるが故に、休みが取れないという説もある)。

 がしかしである。今回は、思うところあって平日(金曜日)に休みをいただく。久々に温泉につかり、気分をリフレッシュ!してみたり。もっとも、休んだのは金曜日、土曜日だけで、日曜日にはしっかり働いてしまうあたり、中途半端さ全開といったらしい。残業代という概念も欲しいところだが…(以下略)。全ては自業自得。

チームワークをいかに築くか?(『チームマネジメント』『チームワークの心理学』)

▼仕事が完全に行き詰まってしまっている。「一人で解決できないことは、グループ(チーム、集団)で解決すべし」というのは私の信念の一つではあるが、「言うは易く行うは難し」の典型である。なかなか出来ないからこそ、探求の対象になるのだろうが、現実的には大変悩ましい。

 グループあるいは、チームにおけるリーダシップもまた難題である。故・河合隼雄が「中空構造」とは良く言ったもので、「誰も責任を取らない」(外見はあるが、中身は空っぽ)に近い構造がいたるところに散在しているらしい。

▼悩める時は、先達に頼る訳だが、これまた難しい。
▼『チームワークの心理学』から、久々に、「コーチングのエッセンス」(p.162)をおさらいしてみる(本内容は『チームマネジメント』が大元)
コーチングのエッセンス
 コーチングは、メンバーの内発的で自律的なモチベーションと行動を引き出して、成長を支援する働きかけです。その基本姿勢は次の三点です。
(a) メンバーの成長への強い関心…メンバーの成長を期待し、育ててあげたいと願う気持ちを持つことが基盤になります。
(b) メンバーの可能性、能力、意欲への信頼…メンバーには様々な将来の可能性が備わっており、何かしら優れた能力を秘めているし、意欲も旺盛であることを信じる気持ちを持つことが基盤になります。
(c) リーダ自身の自己管理…誠実に、倫理をわきまえて振る舞い、前向きな姿勢をいつも忘れない態度です。
 エッセンスは分かっていても、現実には難しい…とループする今日この頃。

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