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クレヨンしんちゃん

▼ただの時系列的、回想記的な駄文をお許しいただきたい。

▼以前も似たようなことを書いたことがあったかもしれないが、私は高校に入るまでは、滅多にコミック(マンガ、漫画)を読まない子どもだった。テレビアニメは見ていたものの、せいぜい『ドラえもん』や、『日本昔ばなし』くらいで、良くも悪くもコミックの影響を受けにくい生活環境だったらしい。もっとも、中学3年時には『小公女セーラ』(の再放送)には相当な衝撃を受けたのだが…。

▼高校に入って、クラスメートの某氏に影響されて高橋留美子の『めぞん一刻』にはまり、当時は、そればかり散々読み返していた。『めぞん一刻』は私にとっての「愛読書中の愛読書」と言える本である。

 当時は、何かと影響を受けやすい多感(?)な時期だったせいか、アニメ等を通して、今では不可解な出会いもあった。アニメ版『めぞん一刻』で斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」が歌われていたことに影響されて、サガンの同『悲しみよこんにちは』を読み込んだり、前後関係は定かではないがカフカの『変身』や、、よしもとばなな(当時は吉本ばなな)の『キッチン』に衝撃を受けた記憶もある。『小公女』も面白かったが、それ以上にサガンやカフカに影響を受けたということは、世の中の不条理に、共感していた時期だったのだろう。

▼大学に入ってからは、手塚治虫の『ブラックジャック』をスタート地点として、手塚治虫のかなりを読み込み、『ドラえもん』も研究しつつ、私自身の原点である高橋留美子の『うる星やつら』の永遠のループに突入したりと、かなり充実した生活を送っていた(もちろん、他にも読んでいたよ)。

▼こんな中で、密かに愛読していたのが(やっと本題)、臼井儀人の『クレヨンしんちゃん』である。何が魅力かはよく分からなかったが、新幹線で実家に帰省する度に、その当時の最新刊を購入して、新幹線の中で必ずと言って良いほど読んでいた。軽いんだか、重いんだか分からないのが良かった。

 私的にはクレヨンしんちゃんとの最大の出会いは『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年の作品)である。『ビューティフルドリーマー』(高橋留美子というよりは、押井守色の作品らしいが)とほぼ同型で、私的には手塚治虫にも通じる「永遠(無限)」性のある作品のように感じた。

▼あれから年月が過ぎた。今でも金7(用例:月9)は私にとってのゴールデンタイムで、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』を見ること(※正確には見ることを願うこと)が私の一週間の総まとめであり、希望だった。実際は内容を見ていなかったりもするのだが、話を少し垣間見るだけで、一週間を無事に終え、平凡ではあるが平穏な日々を過ごせる幸せの実感があった(※正確には、幸せを実感することを願うこと)。

▼最初の報道で、臼井儀人氏の「失踪」というニュースを見てから、ずっと気になっていたが、残念ながら最悪の結末を迎えてしまった。

 しんちゃんだったら何て言うのだろう? ご冥福を祈りたい。

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