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2009年9月

読書メモ(ミニ):『Head First Statistics 頭とからだで覚える統計の基本』

▼オライリーから、『Head First Statistics 頭とからだで覚える統計の基本 』なる統計学のテキストが出ていたので買ってみる。

 一般的に、海外(英語圏)の大学生、社会人向けのテキストは、内容が豊富=分厚く、完成度が高いと言われている。ご多聞に漏れず、本書もしつこいくらいの解説で、500ページを超える分量。エクササイズも充実で、日本のテキストでは見られない構成である。読者を飽きさせないアクセントのための挿絵(?)も違う。日本だったら、アニメ系キャラが登場するような気もしないでもないが、本書は表紙の通り、実写版(3次元)のお姉さんが主である。

 全体は軽いノリで、例えば、正規分布では次のような例題がある。
 ジュリーはハイヒールを履くのが好きで、ヒールが高ければ高いほど嬉しくなります。問題は、一番高いヒールを履いたときでも相手の方が高くなければならず、そのせいで理想の相手を見つけられません。
 残念ながら一番最近のデート相手は彼女の期待に沿えませんでした。彼女より背が高い男性がどれほどいるのか、デート相手がその厳しい基準を満たす確率はどれくらいなのだろう、と彼女は考えています。
 さて、今回はどのようにして確率を求めることができるでしょう?(p.338)
 文脈依存性を脱しない人からは、「若い娘が高いヒールを履くのはけしからん!」とか、「恋愛(好きになるという感情)と身長は無相関である」というクレームが付きそうな気もするが、細かいことを気にしないのが大人と言うものだろう。男に媚びないところが、アメリカのテキストらしいと言えばらしい。

 我が国のテキストの場合、「数式を使わない」ことを売りにする書籍も少なくないが、本書は数式も正面から扱う。しかし、数学っぽさをあまり感じさせないところが構成というか、デザインの巧さと言ったところか。

 内容はあくまで基礎で、最後の章で扱っているのは「母集団の推定」。我が国が誇る「マンガで学べる」シリーズの方が、発展性は高いような気もするが、あっちは複数冊なので比較にならぬが。

▼オライリーの本シリーズは他に『Head First JavaScript』『Head Firstソフトウェア開発』『Head First SQL』などもある。こんな軽いノリで、ソフトウェア開発やJavaやらSQLも学べる?のかしら。

岡山出張

▼インフルエンザ感染(爆弾)を抱えつつ、お出かけ。マスクをしていると、不用意に怪しまれるのが難点だが、仕方あるまい。
岡山出張
 E先生ご推薦の「だてそば」に20~30分ほど並んで、カツ丼とラーメンのセットを食す(ご当地カツ丼ってやつですね。デミグラスソースが特色らしい)。感動的なおいしさで、昨日までの疲れをちょっと癒す。

 岡山駅に戻る途中、偶然、「たま」電車なるものに出会ったので激写。たま駅長って、岡山じゃなくて和歌山?あれ、滋賀だっけ!?と思いつつ、その場ではただカメラを向ける観光客となりすます。

 後で軽くググってみたら、和歌山電鉄(たま駅長が勤める会社)は、岡山電気軌道(岡電)の子会社だったらしい。そんな縁があったのね。

▼仕事は順調。熱もないし、たぶん大丈夫だろうと思いつつ、大事を取る。

岡山出張 岡山出張

クレヨンしんちゃん

▼ただの時系列的、回想記的な駄文をお許しいただきたい。

▼以前も似たようなことを書いたことがあったかもしれないが、私は高校に入るまでは、滅多にコミック(マンガ、漫画)を読まない子どもだった。テレビアニメは見ていたものの、せいぜい『ドラえもん』や、『日本昔ばなし』くらいで、良くも悪くもコミックの影響を受けにくい生活環境だったらしい。もっとも、中学3年時には『小公女セーラ』(の再放送)には相当な衝撃を受けたのだが…。

▼高校に入って、クラスメートの某氏に影響されて高橋留美子の『めぞん一刻』にはまり、当時は、そればかり散々読み返していた。『めぞん一刻』は私にとっての「愛読書中の愛読書」と言える本である。

 当時は、何かと影響を受けやすい多感(?)な時期だったせいか、アニメ等を通して、今では不可解な出会いもあった。アニメ版『めぞん一刻』で斉藤由貴の「悲しみよこんにちは」が歌われていたことに影響されて、サガンの同『悲しみよこんにちは』を読み込んだり、前後関係は定かではないがカフカの『変身』や、、よしもとばなな(当時は吉本ばなな)の『キッチン』に衝撃を受けた記憶もある。『小公女』も面白かったが、それ以上にサガンやカフカに影響を受けたということは、世の中の不条理に、共感していた時期だったのだろう。

▼大学に入ってからは、手塚治虫の『ブラックジャック』をスタート地点として、手塚治虫のかなりを読み込み、『ドラえもん』も研究しつつ、私自身の原点である高橋留美子の『うる星やつら』の永遠のループに突入したりと、かなり充実した生活を送っていた(もちろん、他にも読んでいたよ)。

▼こんな中で、密かに愛読していたのが(やっと本題)、臼井儀人の『クレヨンしんちゃん』である。何が魅力かはよく分からなかったが、新幹線で実家に帰省する度に、その当時の最新刊を購入して、新幹線の中で必ずと言って良いほど読んでいた。軽いんだか、重いんだか分からないのが良かった。

 私的にはクレヨンしんちゃんとの最大の出会いは『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年の作品)である。『ビューティフルドリーマー』(高橋留美子というよりは、押井守色の作品らしいが)とほぼ同型で、私的には手塚治虫にも通じる「永遠(無限)」性のある作品のように感じた。

▼あれから年月が過ぎた。今でも金7(用例:月9)は私にとってのゴールデンタイムで、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』を見ること(※正確には見ることを願うこと)が私の一週間の総まとめであり、希望だった。実際は内容を見ていなかったりもするのだが、話を少し垣間見るだけで、一週間を無事に終え、平凡ではあるが平穏な日々を過ごせる幸せの実感があった(※正確には、幸せを実感することを願うこと)。

▼最初の報道で、臼井儀人氏の「失踪」というニュースを見てから、ずっと気になっていたが、残念ながら最悪の結末を迎えてしまった。

 しんちゃんだったら何て言うのだろう? ご冥福を祈りたい。

シンポジウムのデザイン

▼シンポジウムあるいはパネルディスカッション(日本語にすれば公開討論)は、仕事上、よく見かける形式で、私も企画者に回ることがあるが、なぜか、なかなか、「この形式ならでは」と言えるものに出会えない(企画できない)。

 悪いパターンの典型は…(以下、いくつかの事例の悪い点を総合)
  •  (1) 討論者(話題提供者)が、それぞれの視点で、話題を提供
  •  (2) テーマが根底で共有されておらず各人の思いはバラバラ
  •  (3) 指定討論者が議論を誘導するつもりが、話題提供者と化す
  •  (4) 司会者が、話題提供者を押さえきれず、話が錯綜
  •  (5) フロア(聴衆)からも、仕切り直し的質問がなされ全体が崩壊
 などだろうか。崩壊するくらいの方が面白いという説もあるが、これは対立軸が明らかな場合にのみ有効な可能性が高い。しかも、崩壊を期待するのは自己矛盾で、博打みたいなもんである。失敗のリスクを負うくらいだったら一人ひとりの話をじっくり聞いた方が良いかな…と、思ってみたりする。

 要は、多くの場合、良くも悪くも「シンポジウム=オムニバス形式の講演+若干の総合的討議」になりがちで、なかなか発展しないのが悩ましい。建設的なインタラクションを、いかにデザインするかは大きな課題である。

▼しかし、今回、久々に良いシンポジウムと出会うことができた。これまでの経験も含めて、今後に使えそうなノウハウ(Tips?)をメモしておく。
  • (1) 討論者(話題提供者)が、それぞれの視点で、話題を提供
    しかし、ただの多視点ではなく、方法論や対象でくくれるように。
  • (2) 話題提供者には、あらかじめ大きな問いを提示し、共通する回答を話題提供の際に回答してもらう。問いは全体に関係するもの。
  • (3) 指定討論者は、話題提供者と異なる領域かつ、
    話題提供者の議論を、異なる言葉で言い換える(翻訳的)
  • (4) フロアからの質疑は、コメントシートや携帯メール等で得られるようにして、途中でも質問ができるようにする(マネジメント不可能な質問を即興=現場で得るのではなく、司会の編集を加える)
  • (5) 司会者は、適度に話題提供者や、指定討論者の話を適時要約し、、翻訳(具体化、抽象化)する。討論者と共に議論を進める。
 といったところかしらん。聴衆の人数やテーマなどで「一般化」できる話ではないし、人と人との関係の問題だろうし、これ自体、本当は研究すべき話題かもしれないし…、と自己言及的になりそうだがとりあえずメモ。

▼要は、ワークショップのデザインも、シンポジウムも同じなのよね。

本日から来週木曜日まで旅に出ます

▼これから一週間ほど、大分→福岡→東京→岡山→倉敷→大分へ帰還という旅に出ます。世の中的にはシルバーウィークなどという命名がなされているらしい連休ですが、私は仕事です。日々是仕事。日々是決戦(by代々木ゼミナール)よりはマシかなと思いつつ(予備校時代は、それはそれで楽しかったけどね)、日々自分を追い込むことで楽しんでおります。はい。

エアコン内部の大掃除

▼エアコンから微妙なにおいが生じるようになってきたため、「なんだろう?」と思って本体をよくよく見てみたら、内部ファン(冷風を部屋に送り出す機構)に、想像を絶するような付着物を発見。

 省エネの意味も含め、フィルターはマメに掃除をしてきたつもりだったが、まさか本内内部にこんな汚れがこびりついていたとは…と、戦々恐々である(まっくろくろすけ登場といった感じ)。こんな状態でエアコン使っていたのね…と、思わず愕然しそうになる勢いであった。

▼ファンの細やかさのせいか、あるいは汚れのしぶとさか、単純な水拭きでも、掃除機でも取れず、一つひとつを重層水を浸した綿棒で掃除することに。想像以上に時間を要してしまい、2時間以上かかりっきりになってしまった。

 男子という生き物は、こういう細かい掃除に「はまり」やすい傾向があると言われているが(弊社比。言っているのは妻と、それ以外のごく一部?)、終了後の充実感はなかなか言葉にしがたいものであった。

▼微妙なにおいも取れ、ワットチェッカーで計測したところ、燃費も向上していた模様である。もっと早く気づいていればなぁ、と例によって後悔役に立たず。

三人よれば文殊の知恵の「もんじゅ」の意味

▼私がよく顧客に対してネタにする話題の一つに、「三人よればもんじゅの知恵」の「もんじゅ」って何?がある。14~15回の機会(1回は90分弱)で3回程度、これを話題にして、答えは決して口にしない。で、最後の最後に、「試験」という名の権力を行使し、この問いを自分で調べたかを検証するのが定番である。

 残念なことに、顧客の多くは「高速増殖原型炉もんじゅ」の存在も知らなければ、それがどこにあるのかも、もんじゅの「もんじゅ」は文殊菩薩に由来することも自分で確かめずに、一区切りを迎えてしまう(もちろん最後にフィードバックするけどね)。「三人よれば文殊の知恵」の意味は薄々分かっていても、「文殊」が何たるか分からない。時代っていうのはそんなもんなのかしらん。

▼ま、私も漢字で「弥勒菩薩半跏思惟像」(みろくぼさつはんかしゆいぞう)と書かれても一瞬戸惑うが…。真理を究めるのには時間がかかるということか。

無印良品@大分パルコ New Renewal(新リニューアル)

▼9月1日からリニューアルオープンのために、8月1日~8月16日(日)に改装セールを実施し、8月17日~31日まで休業中だった無印良品@大分パルコ店。個人的な話題で恐縮だが(って、いつも個人的なことしか書いていないが)、改装セールにあたっては、以前から欲しかったバーチ材のベンチを半額で購入したり、ちょっとした普段着を500円で入手したり、こよなく愛している無印の入浴剤も半年分相当も半額以下でゲット!と、何かとウハウハな日々が続いていた。
新しくリニューアル
▼で、楽しみにしていたリニューアルの初日…。出勤前に目撃したポスターは、なんだか馬から落馬し、頭痛が痛い感じでやや痛々しい感じ(最近、「間違い探し」系のネタが続いているが、宣伝効果もありそうなので許して欲しい)。

▼視察は帰宅途中の楽しみ!ということで、寄り道して、リニューアル後の店舗をのぞいてみた。「県内随一」とのうたい文句だったので、規模拡大を期待していたが、現実は縮小リニューアルという結末。面積比にして2割~3割くらい減なのかなぁ。結局南極、妻とのカケに負けてしまった(そんなことでカケるなよ!という突っ込みはなしね)。
 
 大分パルコからのテナント撤退が相次ぐ中(私が気づいた範囲で夏に3店舗なくなった)、空いたスペースの活用見込みがあるのか、若干気がかりなところである。街中活性化のために何ができるのかなぁと考えてみたり。

▼無印からは何度となくインスピレーションを得ている。頑張って欲しい。

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