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2009年8月

読書メモ(ミニ):『ネットワークはなぜつながるのか』

▼この1年半(正確には2年半?)くらい、AVシステム絡みの仕事に関わらせていただくことが多く、結果としてこの手の分野に詳しくなってきてしまった。

 当初は、PCでのビデオ編集に必要な規格(ファイル形式など)の理解や、民生用機器についての若干の知識があれば良かった。しかし、最近は、アレイ方式(スピーカーの規格)がどうのとか、DLPがどうのとか(プロジェクタの規格)、CPRMがどうのとか(DVD等の著作権保護技術の一つ)、HD編集(ノンリニア)のワークフローやら、なんだか完全に業務的対応である。

 ネットワーク関係も、これまでエンドユーザに限りなく近かったが、スイッチやら光やら、無線LANの干渉やら、『ネットワークはなぜつながるのか』を読み直して、なんとか昔の知識を呼び戻し、話に着いていくのが精一杯(無線LANは突然の案件だったので、正直、まだよく分かっていない)。

▼人によっては常識的な知識なのだろうが、うーむ。まあ、確かに私も液晶のTN、VA、IPS(IPSにもいくつかの種類がある)などにはこだわりがあるし、転職直後、初めて書いた公報的記事はなぜかB&W(Bowers & Wilkins)に関してだったし、私自身はJBLが好みだったりしたが何故に…といった感じ。

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痛恨の誤植&エラー(大分県言語聴覚士会)

▼所用で休日出勤。JR東日本車内で「大分県言語聴覚士会」のポスターが目に入る。瞬時にして、なんじゃこのURLは!?と、目を疑う。「.tv」というドメインでツバルが一躍有名になった(ドメイン売却益で国連加盟を果たした)という話は業界人なら誰もが知るところ。しかし、「.fukushi」って、そんな国があったのか?

 と、自分の無知を疑いつつ(私の頭では福島県しか思い浮かばなかった)、ドメインの後に「./」という不自然な文字列が残っていることに加えて、さらに「~」(ニョロではなく、チルダと読みます)が続いているのを見て、これってもしかして壮大なる誤植?と、いう不安がよぎる。で、速効で確認してみる。

 ポスターの顔写真部分は、意図的にぼかしております。

言語聴覚の日
言語聴覚の日

▼結果は…、誤植でございました。

 写真にあるhttp://www.fukushi./~stoita/ ではなく、ただしくは
 http://www.fukushi.com/~stoita/ でございました。

 もしかしたら、IEだったら.comの漏れくらい、補完してくれるのかも…と思って、試してみましたが、「Internet Explorer ではこのページは表示できません」という、しごく全うなエラーで、何も起きず。単なるエラーであることを確認。ポスターの作成者の責任なのか、印刷者の責任か何なのか分からないが、言語聴覚士をささやかに応援していた立場からすると、愕然である。

 しかも、ググって見つけた当該ページには、「『言語聴覚の日』ポスター公募について」なる公募が。曰く、以下の通り。
 9月1日は『言語聴覚の日』です。大分県言語聴覚士会では、一般でのSTの認知度を高める目的で、平成21年度も去年に引き続きJR九州の電車内広告を出すことになりました。
 つきましては、広告ポスターのデザインを広く会員より公募したいと思います。サイズ・様式は問いません。
http://www.fukushi.com/~stoita/member.html

 これって、公募のポスターだったのね…。しかも、「Power point にて作成してください。」との指示付き。世の中、エラーはつきものだが、意図的なエラーだったらどうしよう…とも思ってみたりもするが、意図的でないならば、確実なチェックを期待したい。知らぬが仏かもしれぬが、責任は軽くはないはず。

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1週間で学ぶFlexと Google Developer Day 2009 Japan

O氏に「1週間で学ぶFlex」サイトを教えてもらう。さすがAdobeコンテンツ。
Google Developer Dayと言い、SOI GCといい、オープンコンテンツに感謝。

1週間で学ぶFlex
http://www.adobe.com/jp/devnet/flex/videotraining/

Google Developer Day 2009 Japan 基調講演
http://code.google.com/intl/ja/events/developerday/2009/sessions.html

次世代WEBプラットフォーム論(増井俊之先生)
http://gc.sfc.keio.ac.jp/cgi/class/class_top.cgi?2009_31667

いい時代だわな。でも、逆に言えば競争が常に増し続けているという意味でもあるが。

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ぶんぶく茶釜(分福茶釜)

▼訳あって、ぶんぶく茶釜についてリサーチ。かつてのお子さま的には「ぶんぶく茶釜」という発音の記憶はあっても、「ぶんぶくって何よ?」と答えられなかったのが悔しかったのだが、実は奥深い意味があったらしい。諸説あるらしいが、「ぶんぶく=福を分ける(分福)」という意味があったとのこと。思わずガッテン。

 Wikipediaにも軽く言及があるが、ちょっとググっただけで、いろんなバリエーションの話があることが分かったり、柳田國男(民俗学者)をキーワードとすると、いくつかの考察が垣間見えたりして、勉強になった。Youtubeにも、2バリエーションの分福茶釜(ぶんぶく茶釜)がアップされていたりして。

▼昔話には、たぬきの恩返しもあれば、ねこの恩返しもあり、さまざまなバリエーションがあって楽しい。世の常であるが、恩返しを受けることは「目的」ではなく、「結果」でしかない(恩は与えるものであって、恩を受けることを目的とした者は、しっぺ返しを受ける)。中沢新一が言うところの「対称性」(対称性人類学=カイエ・ソバージュ)を実感してみたり。何にせよ対称性を保ちたい所である。

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「言われなくては分からない(言われても分からない)」時代(読書メモ(ミニ):『なぜ「大学は出ておきなさい」と言われるのか』)

▼タイトルの先入観からずっと手に取らないでいたが、『なぜ「大学は出ておきなさい」と言われるのか―キャリアにつながる学び方 』思い切って読んでみる。なぜ先入観が働いていたかというと、「大学を出ておきなさい」という第三者のからの指摘に基づいている点。世界へ目を向ければ「大学へ行くなんてとんでもない」どころか、「学校へ行くなんてとんでもない」という国々が半数を占めている(人口比)にもかかわらず、何とのんきなこと。国内だって、そんな余裕もなくなっているのに…。

 と、批判的に読み始めたが、部分的には説得力のある内容だった。例えば、以下のような下り。「勉強できる贅沢さ」は確かにその通り。
 (略)それでも、自分で選択できる余地があるほうが、はるかに可能性を広げることになるのです。バリバリ生きることも、ゆるく生きることも、自分の意思で決定できるほうがいい。迷って、苦しんで、誰のせいにもできず後悔することが増えても、自分の将来を自分で切り拓くことのできる幸せは、想像力を駆使して思い描かなければなりません。そうしたくてもできないことの悲しみを、味わえないで済んでいるのですから。
 そこまでの切迫感がなくても、人生経験に乏しく、まだ深くは考えられていない時期の浅薄な思い込みで、自分の可能性を狭めてしまうのは得策とは言えません。「何で勉強せなアカンねん」とぼやきながらでも、選択しを自分で減らすようなことはしない。積極的に増やそうとしなくてもいいから、せめて減らさないようにする。豊かな中で麻痺してしまっている「勉強できる贅沢さ」を、何が何でも実感してください。(pp.82-83)(太字は引用者)
 でも、いったいこの本の読者って誰なんだろう?というのが気がかりでならない。本書を「読みなさい」と子どもに言いたい親世代なのか。本書を「読みなさい」と親に言われるような受験者層なのか。「大学くらい出ておきたい」と言いたい高校生なのか。欠如が欠如した時代を反映しているのは理解はできるが…、大学に入りたくても、入れなかった(しかし、学習意欲のある)社会人層から見れば、何を言っているのか理解できないような気もしないでもない。

▼以下を読みながら、成長って何なんだろう?と思ってみたり。
 「こういう大学を選ぼう」なんて言えないよな、そんなセオリーないよな、と頭を抱えるしかない中で、それでも敢えて指摘するならば、専門分野はどうであれ、自分を磨くことのできる、成長させることのできる大学、ということでしょうか。本当にいい大学とは、自分で自分を伸ばしていけるだけの力を身につけさえてくれる大学だと思うのです。(pp.108-109)
 自分で成長したいと思わない層にいかに対峙するか。少し考えてみたり。

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平凡な土曜日

▼午前。少し遅めに起床し、彩りのある朝食を堪能。その後、お部屋の掃除、窓掃除(ピカピカに!)、床のぞうきん掛け、トイレ掃除…と、私の役割的家事を終える。終了後は、気になっていた案件について多少の調べ物など。

朝食

▼午後。勉強会に参加。4時間近い話を聞く。超要約をすれば、「30年以上の知見を踏まえ、もっと勉強すべき。甘い考えを持つべきではない。リスクを考えよ。2万人に1人でも、30人に1人でも、リスクはリスク。カエルはカエル。カモメはカモメ。エビデンスはエビデンス。統計学的には希望あり」といったところか(後半は勝手に妄想を加えただけなので正確な要約にはなっていない)。

▼掲げられていた言葉をメモって帰る。
すべて議論は偉大なる理想から、思想は潔白な心から割り出すべきであるが、その実行は日々の些細事に関する卑近な事から始めなければならない
 新渡戸稲造の言葉らしいが、軽くググってみても、原典にたどり着けなかった。質問すれば良かったかしら。

▼夕刻。買い物。日経に目を通す。夜は久々に映画(DVD)でも見ようかしら。

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成長するゴーヤ

▼我が家の温暖化対策。ゴーヤが着々と成長中(8月4日にも関連記事)。プチ豊作である。こいつのおかげで、朝の目覚めが多少良くなり(朝日避けになっている)、しかも収穫まで得られるとは、これまたありがたき生命力。

成長するゴーヤ

▼プランター育ちなせいか、大きくはなれないが、その分濃厚なお味。

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AVシステムもろもろに詳しくなる

▼この1年半(正確には2年半?)くらい、AVシステム絡みの仕事に関わらせていただくことが多く、結果としてこの手の分野に詳しくなってきてしまった。

 当初は、PCでのビデオ編集に必要な規格(ファイル形式など)の理解や、民生用機器についての若干の知識があれば良かった。しかし、最近は、アレイ方式(スピーカーの規格)がどうのとか、DLPがどうのとか(プロジェクタの規格)、CPRMがどうのとか(DVD等の著作権保護技術の一つ)、HD編集(ノンリニア)のワークフローやら、なんだか完全に業務的対応である。

 ネットワーク関係も、これまでエンドユーザに限りなく近かったが、スイッチやら光やら、無線LANの干渉やら、『ネットワークはなぜつながるのか』を読み直して、なんとか昔の知識を呼び戻し、話に着いていくのが精一杯(無線LANは突然の案件だったので、正直、まだよく分かっていない)。

▼人によっては常識的な知識なのだろうが、うーむ。まあ、確かに私も液晶のTN、VA、IPS(IPSにもいくつかの種類がある)などにはこだわりがあるし、転職直後、初めて書いた公報的記事はなぜかB&W(Bowers & Wilkins)に関してだったし、私自身はJBLが好みだったりしたが何故に…といった感じ。

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読書メモ(ミニ):支援とは何か?(『人を助けるとはどういうことか』『プロセス・コンサルテーション』

▼個人的な話かもしれないし、何度も言っていることではあるが、私にとって「支援とは何か」は限りなく永遠に近い問いである。なぜなら、常にジレンマが生じる問いだからである(他者への支援は時に当人にとっての制約であり、他者にとっての制約は時に支援としても働く)。いったい、どんなバランスを取れば良いのか。

 そもそもをたどれば、誰が支援を求めているのかも、問われなければならない。メシア・コンプレックス的に「自分」が支援をしたいだけなのか。それとも真に他者が支援が求めているのか。考えれば考えるほど、難しい問いである。

▼これまた同じことの焼き直しで恐縮だが、かつて私が心理学を集中的に学んだのも、Schein(シャイン, E.H.)の書籍に「救われた」感を持ったのも、おそらくは「支援」ということについて考えたかったからかもしれない。久々にScheinの新刊を読み通して、改めてこの事を思い返す今日この頃。
本当の「協力関係」 プロセス・コンサルテーション

▼金井先生の監訳だけあってか『人を助けるとはどういうことか』は、解説も充実している。これだけでも読み応えがあるが、金井先生曰く、「本書をぜひお読みいただきたい読者層」(pp.254-255.)は以下の通りである。
  • 誰かを支援すること自体が仕事の一部、もしくは仕事のほとんどの部分となっている職種で活躍している方々-コンサルタント、ソーシャル・ワーカー、医者、看護師、介護福祉士。
  • 前述と関連し、部分的にオーバーラップするが、従来の組織開発、ワークショップ、ファシリテーターなど(略)、各界のインターベンショニスト(介入のプロ)。
  • より若い世代、より未経験な人たちを指導、コーチする立場にある方々(略)
  • 子どもや恋人、配偶者ともっと実りある関係を樹立したいと思う方々、より若い世代も含め友人や恋人との関係をよりよくしたいと思う方々(略)
  • 支援を受けるたちばにいることが多いが、そのことで苛立つこと、大切に扱われていないと感じてしまう状況を改善したいと思う方々-医者にとっての患者、介護を受けている人、先生にとっての生徒・学生(略)
▼著者の言わんとすることは、要約ではとても語りきれないが、最終章にある「支援関係における7つの原則とコツ」は、本書と出会う契機となり得そうな気もするので、半分は自分のために、残りの半分は誰かのためにメモ。コツは自分がなるほど!と思った一部のみの引用である(pp.235-249.)。原則だけで何かが得られる訳では決してないので、ぜひ本書を手にとっていただきたい。
  • 原則1 与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる。
  • 原則2 支援関係が公平なものだと見なされたとき、効果的な支援が生まれる。
  • 支援3 支援者が適切な支援の役割を果たしているとき、支援は効果的に行われる。
  • 原則4 あなたの言動すべてが、人間関係の将来を決定づける介入である。
    • コツ11 フィードバックを与えるときには、現実の姿の記述にとどめるようにし、判断は最小限に抑えること。
  • 原則5 効果的な支援は純粋な問いかけとともに始まる。
    • コツ15 求められた支援がどれほどお馴染みのものに聞こえても、これまで一度も聞いたことがない、まったく新しい要求だとして考えよう。
  • 原則6 問題を抱えている当事者(オーナー)はクライアントである。
    • コツ17 あなたが知っていると思う問題とどれほど似ているようでも、それは他人の問題であって、あなたのものではないことを絶えず思いだそう。
  • 原則7 すべての答えを得ることはできない。
 なかなかそんな論考は少ないのが実情だが、支援者の立場でも、クライアントとしても、どちらの立場でも有用な一冊だった。これから、ことある度に、何度となく読み返すことになるのだろうな。

 より根源から学びたい場合は、こちらも参考になるはず。
 今一度読み直してみたい。

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洗足学園音楽大学 大分県支部サマーコンサート

▼お盆休みも結局、休みらしい休暇を取ることができなかったが、最終日に、洗足学園音楽大学 大分県支部サマーコンサートにお出かけ。しばしのリラックスタイムである。洗足学園音楽大学と言えば、音楽大学の名門の一つだが、まさか大分支部があったとは…。恥ずかしながら大分生活4年目にして初めての発見であった。これも前日(15日)のミニコンサート(ハニカムステージ)のおかげである。

 1000円という安さの割には、なかなか豪華な曲目。などの下心的な経済原理に惹かれた訳ではないが、iichiko音の泉ホールが感覚的にほぼ満員(1階席)という盛況で、かなり堪能できた。これまで大分ではNHK交響楽団に欠かさず通うくらいで、それ以外はとくに意識していなかったが、今後、要チェックだわな。

▼軽くググってみたら、洗足学園の同窓会の影響力が大きい模様。別府アルゲリッチが桐朋学園の協力に対して、大分市内のサマーコンサートは洗足学園。競争と協調、あるいは協奏関係もあるのかしらん。

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Google App Engine (オライリー)

▼Google App Engine(Google Apps)は、私も職業柄、関心を寄せずにいられない領域であると同時に、プライベートなサイトでもお世話になってしまっているUsing Google App Engineのだが(Googleの軍門に下ってから久しい)、体系的に理解をしておらず、いざ「Google Appsって何?」と聞かれると、答えられない状態だった。

 いずれオライリーから出るだろう…と心待ちにしていたが、なかなか出版されず。5月に出て、すぐに翻訳本が出るかなと思ったが、待ちきれず原著ポチしてしまった。これまた敗北。

 発注後、すぐ届いてしまうことに改めて驚いてみたり。AmazonとGoogleの影響力って、やっぱり強いわな。

Using Google App Engine

▼地元の書店(ジュンク堂とか、ジュンク堂とか)にも頑張ってもらいたい。

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ネコのたま 広報に登場(大分)

▼知る人ぞ知る職場のアイドルたま(タマ、Tama?)が、ついに広報に登場してしまった。これまたマニアックな登場の仕方で、「ひっそり」と言えば、ひっそりではあるが、新聞デビューに続いての晴れ舞台と言っても良かろう。もっとも当人的(当ねこ的には)、So what?(ネコ語=にゃ?)だろうが。…。

たま@大分
たま@大分

▼というわけで、何の脈略もないが久々の更新であった。

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読書メモ(ミニ):『リファクタリング・ウェットウェア ―達人プログラマーの思考法と学習法』

▼今回は移動が長かったこともあって、いくつかの本に目を通すことができた。最近、なかなか「当たり」の本に出会えていないのだが、今回読み込んだ数冊の中では、OZ氏にご紹介いただいた『リファクタリング・ウェットウェア ―達人プログラマーの思考法と学習法が出色だった(出色は「でいろ」じゃないよ、と思わず脚注を付けてしまいそうになったのは、最近の職業病か)。

▼オライリーだけあって、「プログラマー」限定のように思われるかもしれないが、技術職だけでなくて、幅広い層にお勧めできる内容である。

 読んだだけで、少し賢くなったようなイリュージョンを味わう。ホントに賢くなれたら…などと、七夕のお願いの延長みたいなことを考えてみたり。

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山形へ久々の出張(8年ぶり?)

▼所用で山形へお出かけ。所用を終えた後、雨の山形花笠まつりを見物。山形の街を久々に歩いて(往復1時間近く?)、空気を肌で感じてみたり。景気の悪化のダメージは確かに大きいのかもしれないが、何としてでも乗り越えたいところ。元宮城県民(っていうか実家だけど)としても切に願いたい。

花笠@山形

 例によって関係各位にお世話になる。感謝

▼写真はデジカメを持ち歩いていなかったので、携帯電話から。ブレブレ。

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日よけ代わりのゴーヤの成長

▼地球温暖化対策に貢献すべく、妻がベランダにゴーヤを植えてくれたのはもう2ヶ月近く前の話。その後、すくすくと育ち、初めての収穫となった。これがなかなかの日よけ効果を発揮しており、東日側住民としては、大変ありがたい存在となっている(一部は西側住民でもあるが西側は対処のしようもない)。

 写真左は、8月4日に撮影。右は7月29日のもの。約一週間で、結構大きくなったらしい。しばし出張となるので、とりあえず収穫してみたり。小さいなりに、味が濃縮されておりまして、おいしゅうございました。

ゴーヤ@ベランダゴーヤ@ベランダ

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読書メモ(ミニ):大学の誕生と反省(『大学の誕生』と『大学の反省』)

▼時間にちょっとだけ余裕があったので、少しばかり読み進めていた『大学の誕生』(上下)と、『大学の反省』を読み解く。どこにそんな時間があるかって?的な突っ込みを受けそうだが、出張中の移動時間+通勤時間の有効活用でしかない。っていうか、それ以外に時間なんてないっしょ(キムタク風)。
大学の誕生 大学の反省

 『大学の誕生』は、言うまでもなくノンフィクションだが、日本の近現代史を読み解くストーリーとしても、読み応えがあった。私などが言える立場ではないが、資料的な価値も高く、「出会えて良かった」と思える一冊。

 『大学の反省』は、大学関係者にとっては意味があるのかもしれないが、「大学」を取り巻く外部環境についての言及がなく、民間企業の視点からすれば、何が「反省」なのか?という疑問を誘発しそうな印象を受けた。しかし、これもまた外へ向かう契機になり得る考察なのかな、と管見、思ってみたり。

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