読書メモ(断片):『身体知-身体が教えてくれること』(内田樹・三砂ちづる)
▼図書館で妻が借りてきた本を、割り込みして読む。内田樹先生の本には、一通り目を通すつもりでいたが、対談本の相手オニババ(注:『オニババ化する女たち』)ということで、先入観からかためらいがあった…のであった。内容的には、これまでの内田節と、オニババ本の焼き直しという側面は否めないし、微妙というか、アヤシゲな内容もないわけではないが、対談ということで許容の範囲といったところか。入門書としては、読みやすい内容だった。
▼以下、ちょっと長いですが引用です。
- 内田 樹, 三砂 ちづる(2006). 身体知-身体が教えてくれること. バジリコ
▼以下、ちょっと長いですが引用です。
業界的なジョークですけど、日本の仏文学者の三分の一がマラルメ研究者で三分の一がプルースト研究者で三分の一がフロベール研究者である、というのがあるんです。何でかというと、日本には、マラルメ、プルースト、フロベールのひじょうに優れた研究者がこれまで出てきたから。この分野での研究についての査定は客観性が高い。だから、自分の研究業績を正確に査定して欲しいという秀才たちはいきおいそういう専門領域に集まってしまう。▼「100万円の使い道」を決めるために、「100万円を使う」のも、何の見通しもなく、ただ「100万円使う」のもどちらも同じ罪だけど、中道って難しいのかな。
(略)若手研究者はとにかく業界内部的に評価されたいから、「評価されやすい領域」に集まってしまう。そうやって専門領域がどんどん狭くなってゆく。結果的に、二千人から仏文学者がいるのに、フランス文化の特定分野以外からはほとんど何の学術情報も入ってこない。そういういびつなかたちがどんどん増幅されてきます。
(略)これ、「評価」というもののネガティブな効果だと思うんです。「評価コスト」って、けっこう深刻なシステムな問題なんですよ。精密な評価をするということが自己目的化すると組織の中の人間は活気を失って、消耗してゆくんです。エビデンスもアセスメントもいいんですけれども、人間は有限なリソースしか持っていないということを忘れちゃいけない。たいせつなのは緻密な査定にどこまでコストを使えば「勘定が合う」のかということなんです。査定のための負荷で本来の仕事に回すべきリソースが食われるというのは本末転倒なんです。それって、「一〇〇万円の使い道」を決めるための会議を重ねて、その弁当代で一〇〇万円使ってしまったというのと似たナンセンスなんです。(pp.211-212.)
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