« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

読書メモ(ミニ):『アップル再生: iPodの挑戦』(ディスカバリー・チャンネルDVD)

▼先日の「読書メモ(断片)」の続き。amazonのリコメンデーション、かつ、お仕事的な必要性から、ディスカバリーチャンネルのDVD商品『アップル再生: iPodの挑戦』を購入。割高だなぁと思いつつ、早速、視聴する。
 評価は、★3.5個といったところか(四捨五入すれば4点?)。やや想像と異なり、ジョブス本人のインタビューがあるわけでもなく、アップル関係者的な内部の視点というよりは、あくまで外から、ジャーナリスティックに迫った内容だった。

 どちらかと言えば、『アップル再生』そのものよりは、ジョブスを中心として、副題の「iPodの挑戦」に焦点が当てられた構成になっている。スティーブン・レヴィ『iPodは何を変えたのか?』の簡略的映像版といった感じで、iPodの背景が映像で見られるのはありがたい(スティーブン・レヴィご本人も何度か登場している)。

▼『iPodは何を変えたのか?』を書籍で読むよりは、内容は明らかに薄く、おおざっぱにまとめ過ぎだ感は否めない。しかし、時間的制約やら演出やらを考えれば、妥協の範囲か(同じ映像を使い回しているのは、ディスカバリー・チャンネル的演出なのかしらん。あまり見たことないので若干気になる)。

 ちなみに、iCon (『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』のジェフリー・S・ヤング氏も、本映像で何回か登場し、構成上、骨子となるような解説を加えている。
 iConと、『iPodは何を変えたのか?』を読み比べてみると、発見があるかも。『アップル再生: iPodの挑戦』で取り上げられていた(が、邦訳されていないため、存在を知らなかった)、The Cult of iPod も気になるところである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(断片):『身体知-身体が教えてくれること』(内田樹・三砂ちづる)

▼図書館で妻が借りてきた本を、割り込みして読む。内田樹先生の本には、一通り目を通すつもりでいたが、対談本の相手オニババ(注:『オニババ化する女たち』)ということで、先入観からかためらいがあった…のであった。内容的には、これまでの内田節と、オニババ本の焼き直しという側面は否めないし、微妙というか、アヤシゲな内容もないわけではないが、対談ということで許容の範囲といったところか。入門書としては、読みやすい内容だった。
 これまでも何度か類似のジョークを目にしたことがあったが(これも内田効果?)、「評価」についての以下の言及は、何度でも警鐘すべき内容だろう、というわけでメモしておく。意識的にせよ、無意識的な戦略にせよ、「評価されやすい」というそれだけの理由で、意思決定が行われるのは避けたい。

▼以下、ちょっと長いですが引用です。
 業界的なジョークですけど、日本の仏文学者の三分の一がマラルメ研究者で三分の一がプルースト研究者で三分の一がフロベール研究者である、というのがあるんです。何でかというと、日本には、マラルメ、プルースト、フロベールのひじょうに優れた研究者がこれまで出てきたから。この分野での研究についての査定は客観性が高い。だから、自分の研究業績を正確に査定して欲しいという秀才たちはいきおいそういう専門領域に集まってしまう。

(略)若手研究者はとにかく業界内部的に評価されたいから、「評価されやすい領域」に集まってしまう。そうやって専門領域がどんどん狭くなってゆく。結果的に、二千人から仏文学者がいるのに、フランス文化の特定分野以外からはほとんど何の学術情報も入ってこない。そういういびつなかたちがどんどん増幅されてきます。

(略)これ、「評価」というもののネガティブな効果だと思うんです。「評価コスト」って、けっこう深刻なシステムな問題なんですよ。精密な評価をするということが自己目的化すると組織の中の人間は活気を失って、消耗してゆくんです。エビデンスもアセスメントもいいんですけれども、人間は有限なリソースしか持っていないということを忘れちゃいけない。たいせつなのは緻密な査定にどこまでコストを使えば「勘定が合う」のかということなんです。査定のための負荷で本来の仕事に回すべきリソースが食われるというのは本末転倒なんです。それって、「一〇〇万円の使い道」を決めるための会議を重ねて、その弁当代で一〇〇万円使ってしまったというのと似たナンセンスなんです。(pp.211-212.)
▼「100万円の使い道」を決めるために、「100万円を使う」のも、何の見通しもなく、ただ「100万円使う」のもどちらも同じ罪だけど、中道って難しいのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

仕事が軌道に乗る

▼美辞麗句というわけではないが、私は、これまで幸運にも上司に恵まれてきたらしい。少なくても他の荒んだ話を聞く限りでは、私は明らかに恵まれているのではないかと思う。では、部下は…と言うと、未だに(当面は)、部下らしい部下を持つことができないのが実情である。

 正確には、上司とか部下という概念はない組織であり(上の発言は何だっていうツッコミはなしね)、かつ、基本的に個人事業主のような独立性が強い組織でもあるので、高度なチームワークで一つの仕事を達成する場面は、実際はほとんどない。最近の仕事の進め方は、理解ある上層部の承認と支援を得て、独自に業務にあたるという、暗中模索状態であった。これはこれで楽しいが、一人では業務負担的にできないことが多いのが、これまた現実。

▼どうやったら限界を打破できるかな…と思っていたら、これまた幸運に巡り会うことができつつある。ここ最近、優秀なアシスタント(部下と呼ぶべきではなかろう)に恵まれ、一人ではとてもできない業務が、かなりスムーズに進むようになってきている。しかも、思いつきもしなかったアイディアも形になるようになってきた。どう考えても、大変に喜ばしい事態である。

 要するに、一人じゃ何もできないってことなんだけども。
 こういう「中間」というか「あいだ」にいられる幸運をかみしめてみたり。
 これで全体がうまく回るようになれば、大変ありがたい。

追伸
 サイトのデザイン変更と、アフィリエイトの実験中です。 amazonだけでは公平性に欠けるというご指摘をいただいたので、bk1も併用する予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

今さらながらFlashのお勉強

▼これまで意識的に遠ざけてきたのだが、いよいよFlashを業務的に使わなければならないご時世になってきてしまった(今さらだけど)。

 これまで個人的なポリシーもあって、動画再生の第一はReal Plyaer規格。、第二はマーケットの大きさに妥協し、マイクロソフトのWindows Media規格。個人的&扱いやすさからして、アップルのQuickTimeを推してきたのだが、既にマーケットはFlashに傾いているらしい(今さらだけど×2)。

 Adobeにはどこか信頼できない感覚があり(失礼)、一方、こちらも気に入らないがマイクロソフトのsilverlightの動きも気にならない訳ではないが、ここはFlashにかけてみるしかない。

▼というわけで、困った時のオライリーでお勉強。


▼一週間で追いつけるかしらん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(断片):iPod/iPhone/Apple vs SONY

▼相変わらず私の携帯(PHS)は、WilcomのW-ZERO03[es]のまま。PHS歴も10年を超えてしまった。歴史をたどると年がばれるが、私はアステル→NTTパーソナル(のちにNTT DoCoMoとなり解散)→DDI ポケット(現:Willcom)とPHSの3つのキャリアを渡り歩き、その後、Willcomで安定している。

▼使えるかな?と思ったW-ZERO03[es]だが、私のようなユーザ的には思ったよりも機能を活用できないままに終わってしまっている。

 と言うのも、通勤時間がさほど長くないためW-ZEROを使うシーンはさほどなく、かといって中距離以上の移動ではノートPCでWillcom回線を利用しているため、これまたW-ZEROを使うチャンスがないからである。もっとも携帯メールが打てない私的には、キーボードはなくてならない存在なのだが。

▼iPhoneも出たことだし、乗り換えようかな…と浮気心を発揮しつつ、久々にiPodまわりについて勉強しようと、何冊かあたる。何冊かあったが、私的に「使えそう」だったのは、以下の3冊である(※単なる機能等を説明しただけの入門書等は、そもそも範疇に入っていない)。  上記の中でも、個人的に今年のベスト作に入りそうなのは(去年、本書の存在に気づけなかったのが残念至極である)、『iPodは何を変えたのか?』である。中途半端にアカデミック(学術さを全面に出した)本は、妙なこじつけや、理論モデルの適用を急ぎすぎて失敗してしまうこと例も少なくないが、本書は、ジャーナリスト的な取材と視点で、優れたiPod/Apple論になっていた。

 iPhone発表以降、アップルVSソニーの考察も複雑さを増して来たが(日本の携帯の閉鎖性や、ノキア、エリクソン等も考慮に入れないといけないわけで)、だからこそ、追いかけていくことに価値があるテーマなのだろうな。

▼端末的には、私はシャープかAppleかという選択肢なのだが、うーむ。結局、キャリアはそのものどうでもいいってことなのよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

献血@大分では2回目

▼1年ちょいぶりに献血へお出かけ。実は、先々週に献血ルームに向かったのだが、海外旅行帰国後1ヶ月未満ということで、お恥ずかしながら却下されてしまったのだった(本ルールを、記憶になかった訳ではないが…)。

 でも、なんで海外行って1ヶ月間は献血したらダメなのだろう?(HIV対策?それとも、いわゆる狂牛病対策?)と、素朴な疑問。

 私にとって献血は、多少の社会貢献と、健康チェックが大部分の目的だが、観察力の維持という面もなくはない。言うまでもないが、看護師と仲良くなろうという思惑ではない。以前もネタにしたことがあるが、佐藤郁哉先生の『フィールドワークの技法―問いを育てる、仮説をきたえる』にて、献血ルームのフィールドワーク事例に出会って以降、何かと着目しているからである。
▼今回の発見は、以前にも増して確認体制が増していたこと。今回、オーストリアというややマニアックな出張先だったが故に、「オーストラリアではなくオーストリアです」という台詞を、受付(2回)、医師の前で言うはめになり、看護師A、看護師Bと、合計5回確認させられてしまった。

 全ての担当者が確認をするというだけの話だが、海外に行っていたというのはそんなに重要な情報なのか…と、再度、素朴な疑問。

▼もう一つは、400mmの献血の立場が弱くなっている?ということ。以前は(1年前は)、200mmよりも、400mmの献血の方が格が上で、その上に成分献血があると思っていた(違いは記念品にも反映されており、200mmはタオルのみ。400mmは+αの景品で、成分献血はさらに豪華記念品?)。

 しかし、今回、少なくても大分の献血ルームでは200mmの献血には積極的ではない模様。かと言って、成分献血を勧められる訳でもなく、すぐに終わった(採血ルームに入って気づいたが、成分献血ブースはほぼ満席)、

 400mmmの記念品もダウングレードしているようで、タオルのみとなってしまっていた(残念!)。ただしポイント制なる制度を設けて、年に2度以上献血すると、何かもらえるようになっていたようだが…。

 最後、どうでもいいことだが、地元の神社のお札が、中央の目立つところに掲げられていた点。前回気づかなかっただけかもしれない。

 って、観察らしい観察になっておりませんが…。

追伸
 昨年の反省に基づき、献血後の夜は、ビールを一気飲みせずに、十分な水分を取りながら、ちょびちょびお酒を飲む。それでも回りは早かったかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(ミニ):仕事道楽―スタジオジブリの現場

▼例によって、なかなか更新できず。

 どうやら、この数年来、7月と2月~3月は悩殺忙殺されること多いらしい。7月上旬に海外出張から戻って以来、今日まで、意味もなく、仕事に追われていたような気がする。充実していると言えば充実しているが、地に足が付いていない感じもあったりして、「あかんなぁ」という感じ(関西風)。
      
 と言っても、断片的に日記未満、メモ以上の断片的備忘録は書き続けていたので、過去にさかのぼって書いていきたい(と宣言しておいて、なかなか実現させていないのだけれども。でも、清書しないと意味ないのよね)。

▼盆の移動中は、スタジオジブリ鈴木敏夫氏の『仕事道楽 スタジオジブリの現場』を一日で読み終える。最近、岩波新書には外れが多かったが(失礼)、久々のヒット作。さすが元編集者を相手にしただけのことはある(注:鈴木敏夫氏は、知る人ぞ知る『アニメージュ』(徳間書店)などの編集者出身)。

 鈴木敏夫のジブリ汗まみれ(by FM東京)のリスナー的には、もう少し踏み込んだ話があっても良かった気もするが、ジブリ入門(宮崎・高畑アニメ入門)としても、プロデューサ入門としても、最適の一冊かもしれない。

 久々に、ちょっと興奮しながら読んでしまった。

 押井守ならは酷評するかもしれないけどね…(※2先日の「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」での「押井VS鈴木トーク」は、FMならではというか、テレビではそこまで言えないよねー的な内容で、なかなかドキドキものだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

帰省と路線廃止と原油高

▼妻と自分の実家に帰省。今回は、原油高を実感する帰省となった。

 私は、地方都市に住んでいるものの、車を保有していない。以前は保有する気も若干あったが、最近は公共交通機関で十分という結論に達した(もともと運転するのが好きではないし)。それゆえ、さほど原油高のダメージを感じていなかったのだが、今回の帰省では15%程コスト上昇してしまった。

▼要因はいくつかある。第一は、全日空の福岡空港=仙台便がなくなってしまったこと。撤退したのは全日空だけで、日本航空便は残っている。しかし、株主優待の都合、日本航空という選択肢はなく(この時期の航空機利用のために全日空の株式を買ったのだけども、なかなか難しいわね)、今回は、仙台=東京間はJR東日本で、東京=大分間は航空機利用ということにした。

 JR東日本は「トクだ値」切符なる割引切符を売り出したので、幸い2割引で乗ることができたのだが(※)、それでも東京経由の大分は、仙台=福岡の直通よりは値も張るし、時間もかかるのが難点(※割引率は1~3割で時期等によって異なる。安い分、乗車変更ができないなどの制約あり)。

 第二は、航空機運賃も微妙に上昇していること。これは以前から感じてはいたが、少額でも乗る回数が多くなるとダメージは大きい。いわゆるボディブーロー的感覚である(実際、ボディブーローなど経験したことないけど)。

 第三は…、暑くて冷たい飲み物を飲みたくなってしまうこと。我慢せいという感じだし、全体からしてみれば微々たる額だが、結構、痛い。ちなみに、この原油高の中、空港と各地を結ぶバスだけは逆行安だったのが不可解なところ。競争が激しいのか、補助金が出ているのか定かではないが…。

▼以上、原因の半分以上は、福岡空港=仙台の全日空便の撤退が占めているわけだが、年末年始に向けてどう対策するかなぁ。投資先を変えるしかないか。その他、節約を図るか。どうしようかしらん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

大分七夕祭

▼昨年に引き続き「大分七夕祭り」を鑑賞。

 昨年書いた記事を参照しようとしたが、一昨年はあっても昨年分のデータを発見できず。考えてみれば、昨年の7月中旬~11月中旬はブログデータ消失事件が勃発してしまっていたのだった。1年前のことすら思い返せないとは、以前にも増して「忘却力」が増してしまったらしい。

▼一昨年は、大分にも七夕祭りがあることに驚き、昨年はなかなかのお祭りであることに感激していたため(たぶん)、今年は気合いを入れて臨んでみた。と言っても、さほど気合いを入れなくても、十分楽しめるのが大分の良さなのだが…(京都では、相当な気合いを入れて並んでも、ゆっくりできないしね)。

▼本来は一昨年、ネタにすべきことだが、大分の七夕祭りは後発だけあって、さまざまなお祭りの「良いところ取り」のような感があるのが特徴である。
  • 第一は、市民参加型の七夕飾り(@仙台発祥?)。仙台や平塚と比べると、微妙な飾りだが、その分、味わいがあるのが特徴と言えよう。
  • 第二は、照明付き山車(だし)が繰り出す「府内戦紙(ふないぱっちん)」(@青森ねぶた祭り発祥?)。どう見てもねぶたのパクリだし、県外にはあまり知られていないようだが、見応えは十分。
  • 第三は、市民参加型の「チキリンばやし市民総おどり大会」(@高知よさこい発祥?)。よさこいと比べるとまったり感は否めないが、誰でも参加できそうな雰囲気が良い感じ。
 さらに締めは、大分合同新聞スポンサーによる「大分合同納涼花火大会」。打ち上げ数は、それほど多い訳ではないが、密度の高いショーで、人口比率的に言えば鑑賞密度は低い部類である(=比較的ゆったり鑑賞できる)。しかも、単一スポンサーの割には、スポンサー色も薄く、思わず「大分合同新聞太っ腹!」と口に出してしまいそうな(出さないけど)、花火大会と言えよう。

▼写真は、前座的なショーに出演の「めじろん」(国体のキャラクター)と、府内戦紙(ふないぱっちん)の一シーン。夜景を撮るのは難しいな…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »