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読書メモ(断片):『格差社会と教育改革』(苅谷剛彦・山口二郎)

▼岩波ブックレット『格差社会と教育改革』を読む。内容の3分の2は、苅谷氏と
山口二郎氏の対談。前半では、苅谷先生がこれまで各種メディアで論じてきた学力低下、格差社会、教育論などが、コンパクト、かつこの分野に詳しくない読者にも理解しやすい平易な言葉で説明されていて勉強になった。若干、焼き直し&対談の安直さもあるが、岩波ブックレットとしての使命は全うしている。

 最近、私自身コストの問題(経済的・政策的問題)に興味を持っているからかもしれないが、これまで以上に経済的側面に言及されているのも特徴的だった。少子化対策同様、短期的な成果が見えにくい領域だからこそ、「社会的コスト」をどう算出していくかは、今後、ますます大きな課題なのだろう。
 私的に印象に残ったのは、対談の以下の箇所。山口氏の教育に原因を求めるロジックには、あまり納得はいかないが、「権利」と「特権性」の違いについては、なるほど!と合点。私などは「勘違い」の一言で済ませてしまいそうな領域ではあるが、「権利」とか「特権性」の概念で腑に落ちた。
山口 ひとつ補足させていただくと、日本人全体がとてもわがままになったおか、とんでもないクレームをつける親が多いという話がありますが、そこのところに私は、日本の公民教育の大きな問題があったと思うのです。何かというと、権利と特権性、英語でいうライトrightとプリビレッジprivilegeのちがいを日本ではちゃんと教えていないということなのです。個人の権利意識と言うけど、実態は特権意識なのです。本来権利というのは普遍的なもので、私が言っていることを個人が言っても受け容れるというものなのです。ところがいまは、自分が言っていることを他人が言うとそれは否定するという、そういう特権意識が部分的に蔓延しているのではないか。またにそれに対して「カスタマー・サティスファクション」とか「お客様第一」と言って甘やかすことをもって「サービスがいい」という錯覚が学校や病院に広がりつつあるという、たいへん困った状況がある。(pp.44-45.)

苅谷
 当たり前のことなんですが、教育というのは影響が出るのに時間がかかるのだということを本当にまじめに考えるべきですよ。何でもショートターム(短期軸)で考える傾向は怪しい。私は、人間って複雑だから、合理的に何でも計算できると思っていないし、無駄なことも失敗もする、そこで成長するものだと思っています。「理想的な教育」ができてしまったら本当は恐いんですよ。教育というものは本来多様性やコンフリクト(摩擦・衝突)を含みこんだプロセスなんですから。もともと時間がかかるものなんだということを大前提にして、議論をしていかないといけない。「できないことも沢山ある」と主ながらも、あるチェックポイントは定めて政策を勧めていくというようにしないと、この悪いサイクルは止まりません(pp.71)
▼教育に「何ができるか」ではなく、「何ができないか」を検討する。
 この発想が「常識」になる日がいつになったら来るのだろう。
 などと思ってみたりして。

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