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2008年7月

別府夏の宵まつり&別府B級グルメ

昨年に引き続き「別府 夏の宵まつり」にて花火を鑑賞。今回は、昨年の反省に基づき、到着時間や観賞場所を計画していたせいか、はたまた偶然か、ほぼベストの状態で(弊社比)、楽しむことができた。写真は相変わらずブレブレではあるが(三脚ないと無理ね…)、当日のワンシーン。
別府 夏の宵まつり
▼これまでネタにしたことはなかったが、別府には知られざる名店的な飲食店が存在している。昨年の冬には、たまたま見つけたマルフク(大分県別府市北浜1丁目4-28)にて、本場の韓国料理を堪能。釜山に行かなくても本場が楽しめるじゃない…と、感動してしまったのは記憶に新しい。

 今回、マルフクの味を半年ぶりに堪能しようとしたら、不運にもお休みだったので、今回は妻の直感にて、一二三(ひふみ)(大分県別府市元町16-6)なる中華料理店へお出かけしてみる。

▼お店を探すのも難儀だったが(※私も妻も方向音痴)、一見さん的には入りにくい店構えだったりして(本当に営業しているのか、一瞬、判断に迷うような入り口だったりして)。料理が出てくるまでは「ヤバイ」(旧用法:ビミョー?)と思ったが、一口食した瞬間瞬間、「ヤバイ」(新用法:ウマイ)を実感。

 サービスも満点で、大分市街の中華料理よりも明らかに上位。「B級グルメ」といったカテゴリに属するのかもしれないし、個人的には「秘密」にしておきたいお店ではあるが、久々に感動したのでメモしておく。

 一二三のオヤジさん、ありがとう!また行きます。
 別府の楽しみががまた増えてしまった。
 県外の方も、ぜひご堪能くださいませ。

▼追伸

 別府B級グルメ紹介サイト。私はまだ3つしか制覇していないのですが、今のところ「外れ」がないです。次回は何をチャレンジしようかな。

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めぞん一刻 完・結・編(ドラマ版)

▼たまたまテレビを見ていたら、伊東美咲主演ドラマ版『めぞん一刻』の完結編が放映されることを発見。番組表を確認していなければ、おそらく見過ごしていただろう…ということで、偶然に感謝。前回同様、とくに期待もしていなかったが(響子さん風に言えば「期待しないで待ってます」(文庫版10巻)といったところか)、ドラマ版としては妥協できる出来に仕上がっていた…といったところか。

▼率直に言えば、
  • 三鷹さん(沢村一樹)が、「いい人」になりすぎていたり
  • こずえちゃんの配役が代わり、これまた微妙に「いい人」になりすぎていたり(榮倉奈々→南明奈。後者は初めて知った)
  • 茶々丸のマスター(柳沢慎吾)と、朱美さん(高橋由美子。留美子じゃないよ)の結末が描かれていなかった割には、マスター目立ちすぎない?と感じたり(柳沢慎吾が濃すぎる?)
  • 何故に、テーマソングが松任谷由実なんだよ、
 とかツッコミ所がなかった訳ではないが、テレビ的には楽しめた。四谷さん(岸部一徳)と、意外にも伊東美咲ははまり役でした。次点で、朱美さん(高橋由美子)も、なかなかいい味ではなかったかと思います。

追伸
 何度か本日記でもネタにしたことがある話題だが、私にとっては『めぞん一刻』は青春時代のバイブル的存在である。
  • 五代君がいなければ、私も浪人していなかったかもしれないし(浪人してナンボなもんか、という思いが私はあった。しんどかったけど)。
  • 金沢に足を運んでみたいと思わなかったかもしれないし(※ドラマ版しか見ていない方は、ぜひコミックをご覧あれ)
  • 埼玉県西武沿線に住むこともなかったかもしれないし(※めぞん一刻のモデルは西武池袋線東久留米駅という説がある。私も、埼玉県民になった後、真っ先に見に行ったりしてしまったり)、
  • 幼児教育はもちろん教育そのもに対して興味を持つこともなかったかもしれない(ドラマ版は教育実習編が完全に消去されていたが)
 ぜひ今後も語り継がれる名作であって欲しいと思ってみたり。

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読書メモ(断片):『格差社会と教育改革』(苅谷剛彦・山口二郎)

▼岩波ブックレット『格差社会と教育改革』を読む。内容の3分の2は、苅谷氏と
山口二郎氏の対談。前半では、苅谷先生がこれまで各種メディアで論じてきた学力低下、格差社会、教育論などが、コンパクト、かつこの分野に詳しくない読者にも理解しやすい平易な言葉で説明されていて勉強になった。若干、焼き直し&対談の安直さもあるが、岩波ブックレットとしての使命は全うしている。

 最近、私自身コストの問題(経済的・政策的問題)に興味を持っているからかもしれないが、これまで以上に経済的側面に言及されているのも特徴的だった。少子化対策同様、短期的な成果が見えにくい領域だからこそ、「社会的コスト」をどう算出していくかは、今後、ますます大きな課題なのだろう。
 私的に印象に残ったのは、対談の以下の箇所。山口氏の教育に原因を求めるロジックには、あまり納得はいかないが、「権利」と「特権性」の違いについては、なるほど!と合点。私などは「勘違い」の一言で済ませてしまいそうな領域ではあるが、「権利」とか「特権性」の概念で腑に落ちた。
山口 ひとつ補足させていただくと、日本人全体がとてもわがままになったおか、とんでもないクレームをつける親が多いという話がありますが、そこのところに私は、日本の公民教育の大きな問題があったと思うのです。何かというと、権利と特権性、英語でいうライトrightとプリビレッジprivilegeのちがいを日本ではちゃんと教えていないということなのです。個人の権利意識と言うけど、実態は特権意識なのです。本来権利というのは普遍的なもので、私が言っていることを個人が言っても受け容れるというものなのです。ところがいまは、自分が言っていることを他人が言うとそれは否定するという、そういう特権意識が部分的に蔓延しているのではないか。またにそれに対して「カスタマー・サティスファクション」とか「お客様第一」と言って甘やかすことをもって「サービスがいい」という錯覚が学校や病院に広がりつつあるという、たいへん困った状況がある。(pp.44-45.)

苅谷
 当たり前のことなんですが、教育というのは影響が出るのに時間がかかるのだということを本当にまじめに考えるべきですよ。何でもショートターム(短期軸)で考える傾向は怪しい。私は、人間って複雑だから、合理的に何でも計算できると思っていないし、無駄なことも失敗もする、そこで成長するものだと思っています。「理想的な教育」ができてしまったら本当は恐いんですよ。教育というものは本来多様性やコンフリクト(摩擦・衝突)を含みこんだプロセスなんですから。もともと時間がかかるものなんだということを大前提にして、議論をしていかないといけない。「できないことも沢山ある」と主ながらも、あるチェックポイントは定めて政策を勧めていくというようにしないと、この悪いサイクルは止まりません(pp.71)
▼教育に「何ができるか」ではなく、「何ができないか」を検討する。
 この発想が「常識」になる日がいつになったら来るのだろう。
 などと思ってみたりして。

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ATOK 2008 for Mac をインストール

▼ブログ的には、ややネタが古いが、先日発売になったばかりのMac版のATOK 2008 を早速(ようやく)試してみる。Windowsは、未だにATOK 2006を使っているのだが、最近、Macで日本語入力する時間が相対的に長くなってきているので、まずはMac版を2008バージョンにすることに(残念なことに、長年愛用していたEGBRIDGEも開発停止になったし)。

▼使い心地は…、若干、もっさりしている感もなくはないが(これは、2007年版にも言えたことだし、Mac固有の問題かと思うが)、精度は明らかに向上していて、なかなか快適な感じである。ちょっとした変換効率の違いが、後々大きな差を生むと思えば、高くはない投資であろう。

 このくらいの出来だったら、Windows版についても、旧バージョンのATOKから2008年版に移行する価値は、私的にもありそうだ。

 某MS社のバージョンアップに泣かされている私としては、バージョンアップという言葉に不信感を抱かざるを得ず、過去のMac版ATOKの件で、ジャストシステムにも若干不信感もあるのだが(九州人としては、四国の企業と仲良くしないといけないけどね)、改善されてきた…んだと思いたい。

▼写真は初回限定のカード型USBメモリ。
 カッコ良いけど、残念ながら、あまり使い勝手はよくないです。

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大阪出張二日目(のぞみ700系)

▼今回の大阪出張は珍しくJR。「飛行機よりJRの方がエコだから」という、「もっともらしいウソ」な広告に騙された訳ではなく(注)、予約が間に合わなかったのと、出張先の立地条件がJR有利だったためである。
注:人が乗っていようが、乗っていまいが、定期運行なんだから、二酸化炭素の排出量はさして変わらない。航空会社がすべて倒産するなりして運休すれば別だが、そういうこと?
▼小倉=新大阪の新幹線ものぞみ700系を選べばコンセントが使えて快適だし、大分=小倉間の特急ソニックも新型を選べば、まずまずだった(って、そういう選び方をしている時点でマニアックだけども)。

 しかし、最大の難点は、JRでの移動は「携帯電話がうるさい」点である。車内で大声で話すわ、着信音はうるさいわ、携帯の操作音がピッピならしたままにしているわで、こりゃあかんわ。隣人だったら速攻で止めてもらうが(注)、微妙に距離があったりするのが、これまた嘆かわしい。
注:対人関係を悪くしないためには、問題に気づいたら速攻で指摘する必要がある。時間が経てば立つほど、注意=お願いもしにくいし、相手も立場が悪くなってしまう。
▼飛行機だったら、ケータイも使えないし、お願い=注意=指摘して、逆ギレで刺されるリスクもないし…などと、どうでもいいことを思ってみたり。

 お土産に、赤福(大阪土産じゃないじゃん)を買って帰る。

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大阪出張(モチベーションのモチベーション)

▼所用で大阪出張。関係各位と交流&お世話になる。ありがたや。

▼私が最近、よく分からなくなってきているのは、「人はなぜ働くのか」。あるいは、「働く」ということの背後にあるモチベーションの問題である。言い換えれば(リーダシップ論的な観点を加えれば)、「人(組織)を動かしたい」と想いの背後にあるモチベーションは何なのという問いである。

 私などは、考える暇もなく、やれる範囲で馬車馬のように働いてしまっているタイプで(ウマになったことはないので、ウマの気持ちは分からないけども)、自身の考えを持つに至っていない。また、「一緒にやれる人たちと、一緒にやる」という以上の気持ちを、なかなか持てないので、そうでない人たちに対して、敢えて何かするというところまで頭が回っていないのが現状である。

▼といっても、私自身、第三者に物事を依頼したり、動いてもらったりしたい時の仕方にはいくつかの説明のパターンがある。典型的手法について、一人ブレスト(ブレインストーミング)してみたので、箇条書きで書いてみよう。途中で、これって温暖化対策の説明と一緒じゃん、と思ったので、こちらも加えておく。

  • (1)内発的動機&自己効力:やりがいがあるからやった方が良い。やれば、きっと自分にも他者にとってもいいことがある。
    →地球温暖化対策的展開(以下、→で示すのは地球温暖化対策的説明):エコ生活って、意外と面白いし、効果もあるよねーと共感訴求。
  • (2)環境要因&脅迫的目標達成:環境が変化しているのだから、その変化を知り、変化に適応しなければ生き残ることはできない。
    →温暖化の現状を提示し、危機感から対策を訴え。
  • (3) 横並び的目標達成:他もそうしてるから自分も…。
    →ドイツやヨーロッパ各国を見習えば、日本も遅れてはならない的訴え(脅迫的目標達成に構造は似ているような気もするが)。
  • (4)内向き的目標達成:組織の目標がそうなんだから、それを達成するために、組織的に動き、とにかく証拠を出して欲しい。
    →チームマイナス6%に参加したんだから成果をあげるべし。
  • (5)主従関係:とにかくやれ
    →地球温暖化のことはよくわからんが、地球温暖化対策が経費削減につながるなら、とにかく節電。それ以外のことは知らぬ。。
  • (6)報酬系:いい成績を取れる。経済的に余裕を持てる。昇進できる。
    →地球温暖化対策で、一儲けすべし。やればいいことがあるはず。
 「漏れなく、重複なく(MECE)」になっていないような気もするが、細かいことは気にしないで欲しい。私自身は、(1)と(2)が軸であるとは思うが、(2)にも限界があることが百も承知であり、一方で(3)や(4)のような話も意外と多く、これらの要因が混在すればするほど、矛盾を感じてしまう気がしてならない。

 温暖化対策が難しいように、(2)のような手法で危機感に訴えても、確固たる効果があるわけでもない。一方、環境要因を逆手に取られ、「とにかく今は暑いんだから、エアコン付けないとやってらんねーよ」という別ロジックに負けてしまいがちである(先のことより、今が大切ってことか)。

 (3)はやることの理由が内向きで、組織の目標は達成できれば、自宅に帰ってエアコンをがんがんかけてしまうタイプ。良く言えば、切り離して考えられるタイプということである。(4)や(5)は説明が不用であろう。

▼要するに…、難しい問題に直面しているわけですね。
 今一度、『働くみんなのモティベーション論』を読み直してみよう。

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ボケとツッコミと「笑い」と「怒り」と

▼明らかな間違いを目の当たりにした時、通常、人に喚起されるのは「笑い」である。お笑いという業界では、ちょっとしたズレ(例えば、間違い)を利用して、人々の笑いを取ろうとするのが常道である。さもなければ「なんでやねん」とツッコミもできなければ、ボケなるものも存在することができない。

▼しかし、受け手によっては、明らかな間違いから「怒り」が誘発される場合もあるらしい。ツッコミを入れるところで、本当に怒ってしまったら話がそこで終わってしまうし、次回からテレビ出演できないじゃん(たぶん)。

▼「笑えない状況」だからこそ、それを「笑える」ような空気が欲しい。

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読書メモ(ミニ):『Googleを支える技術 巨大システムの内側の世界』

▼「ルーチン的な仕事を早く終わらせたい」という想いをもって、業務の最大効率化を図ろうとすると、行き着く結論は「分散処理」である。

 相磯秀夫先生の教え「自律・協調・分散」の重要性を引くまでもないが、協調的な分散処理は非常に合理的であり、経済的にも(流行の言葉で言えば、エコ的にも)優れているらしい。

 業者というかメーカー的には、最新のCPUを積んだPCを導入すれば…云々の営業を受けてしまいそうだが、試算では、電気代を含めて計算しても(5年運用仮定)、既存設備+αの分散処理の方が低コストになりそうな勢い。

▼計算式の妥当性を検討する過程で、「無意味にCPU負荷が高そうな処理を、どうやってGoogleのような企業は効率的に行っているんだろう?」という疑問がふと浮かび調べてみたら…労なくして『Googleを支える技術 巨大システムの内側の世界』なる書籍を発見。

 amazonのレビューを読んで、書籍を読むよりは、論文読めば済む方が効率的かな?と思っていたが、これがなかなかよくまとまっていて、分散化を進めたい私としても、非常に都合が良い本だったので、取り急ぎメモをしておく。
 コストを下げるために用いられる人的コストを勘定すると、これまた複雑な式になってしまうのだが、まあ、私的には勉強になるし、良しかな。

▼税金の無駄遣いなどと揶揄されないよう&対費用効果(費用対効果)に耐えられる合理的システムを組みたいものだ。

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「『「先生』に対しては『先生』という敬称を使った方が生きやすいという「常識」を、「先生」が指導しなければならない時代

▼ややこしいタイトルだが、お許しいただきたい。

 平易な言葉で言い換えれば、お世話になった先生に対して、何の文脈もなく「さん」付けで呼ぶのは止めて欲しい、ということである。「敬称」(けいしょう)も、処世術(しょせいじゅつ)という語句も、説明しないと顧客に理解していただけないご時世ではあるが、いよいよ先が思いやられてきた。

▼内田樹先生の言葉を借りるまでもないが、「先生」(師匠)という存在は、その学び手である弟子が、先生のことを「先生」と認識することによって成立するものである。師匠=弟子という関係は、あくまで両者の関係性であって、固定化されるべきではないとも、私は思っている(福沢諭吉先生は、半学半教という素晴らしいコンセプトを、後世に伝えておられる)。
▼しかし、である。構造的にも、「先生」と「学生(生徒)」が分かれている場面において、何故に、先生のことを「さん」付けで呼ぶのか。企業的文脈で言えば、上の係長に対して、「○×係長」という呼称を用いているのに、あまり面識のない部長に対して、「△□さん」と言い捨てる事態に等しい。

 「先生はえらくない」という反骨精神があるならさておき、ほとんどの場合は、「あ、間違えました」と言われてしまったり、糠に釘状態なのである。

▼もっとも、一部(多数?)の中学校や高校において、「先輩」「後輩」の概念すら失われているらしいので、仕方ないと言えば、仕方ない事態である。しかし、下の人間が上の人間に対して示すべき敬意というものはあるはずで、それは良い意味でも悪い意味でも、コミュニケーションの基本であろう。

 私のことは、「さん」付けで呼んでもいいし、私は、そちらを好むけれど、一般的には、「先生」は「先生」と呼ぶんだよ、とか、「私よりエライ人に、さん付けはないでしょう、私の立場も考えてよ」とか、そういうことを、懇切丁寧に説明しなければならない時代になってしまったことを憂いてみたり。

▼いっそのこと、「福沢諭吉」だけが「先生」とか、そういう定めを作ってくれれば良いのだが、「先生」なき組織においては、夢のまた夢だろう。私が、上と下に挟まれている人間だからこその憂いかもしれませんが…。

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マーケットメカニズムが利きにくい業界

▼全国一斉休業(休漁)とのこと。某放送局で、「休業」と「休漁」の混乱を耳にしたが(漁業が休漁になったというのは、馬から落馬するようなものだ)、それだけマーケットに混乱を招いている模様である。「魚屋が驚いた、ぎょ」といったところか(by高橋留美子『めぞん一刻』の某令嬢の言葉)。

▼マスコミ報道で不思議なのは、なぜ魚の価格が、ガソリンや小麦や、大豆などの主要穀物のように上昇しないのか?という点に、ほとんど触れていない点である。休業(休漁)になってから、若干、価格が上昇したという「事実」については報道されていたが、これだけ物価高が続いているのに、サカナ業界において価格転嫁が行われたという話はあまり耳にしない。

 「ガソリンや小麦、大豆と、魚や肉は異なる」というのは確かにその通りだが、何故に、これまで業界でマーケットメカニズムが働かなかったのか(原油価格の上昇に伴い価格に転嫁されてこなかったのか)という点について、多少なりともマスコミは触れるべきではなかったか?と、思ってみたりもする。

 休業(休漁)という、強行手段に訴えなければマスコミにも取り上げられず、市場メカニズムにも関与できないという現状自体も問題だが、それ以上に問題なのは、第一次産業に貧乏くじを引かせるという社会構造だろう(貧乏くじを引かせつつ、保護されている業界という構造も問題だが)。

▼私が勤める業界も、マーケットメカニズムが利いていないのか、ぬるま湯状態が未だに続いているのか、あるいは「ゆでガエル」状態なのか分からぬが、臨界点に達しないと、問題が問題として露呈しにくいような気がしてならない。その時に、誰に何を訴えることができるのか「破綻しない」という夢が、破綻しないよう何ができるのか。さてはて、困ったものである。

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久々の更新となってしまいました

▼長らく更新が途絶えてしまっていた。理由は単純。忙しすぎたから(言い訳)である。メモっておくべき事柄は少なくないので、今後、順次、更新を進めていきたい。以前は、長らく日記を更新していないと「みまかったのではないか?」とか、「転職したのではないか」いう希望的観測や、ご心配のコメントをいただいていたのだが、今回は、よからぬ心配をおかけしなかったらしい。それだけ生活が安定してきた、ということかしらん。

▼本日、散髪にようやく行くことができた。2週間くらい前からボサボサで気になっていたが、やっとの思いである。振り返ってみると、日曜日にゆっくりできたのは…、実は6月1日(日)以来だったらしい。

▼というわけで、以降、過去の分も含めてぼちぼち更新して参ります。

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アナログとデジタルの狭間で

▼デジタルビデオ(DV)を「アナログ」と言ってしまうのは誤解があるが、仕事で脱テープ化(HDD/メモリ収録)を進めている最中である。

 理由は簡単。DVテープでは収録後、コンピュータに取り込むのに(編集できるようにするのに)実時間を要するが、HDDやSDメモリ等に、デジタルデータとして記録されていれば、実時間以下で済む。しかも、テープ切れが後で発覚!というトラブルも生じにくく、全体として安定性も悪くはない。

▼時間的にはちょっとした違いに過ぎないように見えるが、その後の工程も含めて考えると、中小(っていうか、ほとんど個人事業主)的な組織において、この手の効率化は必要不可欠と言っても良い。

 といっても、基盤インフラが整備されていないが故(HDDは安くなったと言え、現状、DV機器の方が圧倒的多数)なかなか脱テープ化できないのが現状である。しかも、現状、ビデオカメラには様々な規格があって、HDDやメモリに直接記録されていても、仕様によってはその後の工程に莫大な時間がかかってしまったり、現状の機材では対応しにくい場合もあって、一言で脱テープであれば良いとも言えないのが難点である。

▼何がベストなのか。すぐに結論を出せって言われてもねぇ。

 8mmビデオ時代よりも便利になったのは事実だけど、便利になったからといって仕事時間がさして減る訳ではないのが難点。便利になれば便利になっただけ仕事が増える。効率化っていうのは夢だわなぁ。

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仕事の優先順位

▼帰国後、たまりにたまっていた仕事を順次こなす…といきたいところだが、あまりに膨大な量になってしまい、訳が分からなくなる。

 ビジネスパーソンにおいて、個々の問題解決力を高めることは仕事を進めていく上での必須条件だと思うが、問題の優先順位を決めるのは(ある仕事を後回しにしていくという意思決定をするのは)、独断で判断しがたい部分があり、環境に左右されるところが大きく、なかなか容易ではないらしい。

▼今回は、結局、予算的な問題で責任が伴い、なおかつ〆切りが伴う問題から優先的に取り扱うハメになってしまった。個人的には、顧客主義を徹底したいところだが、組織の問題が複雑過ぎて、顧客に目を向ける暇がない…というのは本末転倒である。仕事をさぼってきたせいなのか、構造的な問題なのか、前者であることを願いたい。って、何のフォローにもなっていませんが。

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ウィーン出張最終日(スペアリブ)

▼最終日。某所にて、スペアリブを食べ逃してしまったので、夜も遅くに、現地人お勧めの「1516」にて、ビールとスペアリブを食す。

 実はこのお店、仕事の打ち上げで一度来ていたのだが、二度目の来訪。海外出張で、同じ店に入るというのは非常に珍しい。理由は簡単。私的には、ここのビールが最もお好みだったのと、スペアリブを食べずに帰るのは、あまりに惜しいということで、スペアリブがメニューにあることを確認後、入店。

▼私は、ビーフより実は、ポークやチキンを好む習性があって、海外に行くと、ビーフ以外の、骨付きの肉ばかり食べていたりして(あくまでも焼いたやつね。フライドチキンのような揚げ物は原則苦手)。と言っても、このように連なったままのスペアリブを食べるのは初めて。ブタさんに感謝。

▼。一人前で、このボリューム。ユーロ高とはいえ、これはお得感があった(って、日本のスペアリブが高すぎるだけっていう気もするが)。

スペアリブ@ウィーン
1516@ウィーン

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