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2008年4月

携帯マグ@ミッフィー

▼昨年来、愛用していたサーモス=THERMOSの携帯マグを、紛失してしまったため、新たに購入することに。

 私がモノを紛失するのは相当珍しく(自慢)、以前もネタにした靴の紛失に続き、ショックは大きい。靴同様、なければ困る代物なので、早速、代替品を購入モードへ。まったく同じものか、無印良品ブランドにするか、迷っていたのだが、ミッフィー ホワイトなる商品が昨年、出ていたことに気づく。ほほーん。

▼昨年のヨーロッパ訪問(アムステルダム経由)の際は、あまりのユーロ高で、ミッフィーグッツを手に入れることができなかった悔しさもあったので、お値段高めだが、ミッフィー版を買うことにした(※ミッフィーのふるさと=ブルーナさんはオランダ)。

▼本日デビュー戦で、昼休みに激写してみた。Macの白さと、また違った白さで、オレンジが映えます。

ミッフィー携帯マグ

▼職場のちょっとした文具はWillブランドのオレンジで揃えているので、これまたいい感じ(若干、浮いているけども)。

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いかに「ありのまま」を伝えるか

▼ようやく無印良品週間スタート。ということで、消耗品を買いにお出かけ。10%引きにならないとよほどのことがない限り無印では買わない悪しき顧客だが(※実際はそんなこともないのだけれども)、だからこそ無印良品週間は楽しみにしていたりして。

 ちょこっとしか買わなかったが、おみやげに『無印良品の理由(わけ)』なる小冊子をいただく。300円相当の代物らしい。一見、無印らしさはあるが、ただのカタログだよね(=ゴミだよね)と思える様相だった。しかし、ちゃんと読んでみたら意外と楽しい。

▼無印良品(良品計画)の広報の良さは、リアリスティック・ジョブ・プレビュー(RJP=Realistic Job Preview)における「いいことも、悪いことも、丸ごと伝える」に通じるところがあるのではないかと思う。             

 たとえば、冊子の「たためる二輪キャリー」で紹介されている「みんなの声」では、「収納時たためるのがうれしいです。」「一度組み立てたら崩さない(崩せない)」性格なので、たぶんたたまないと思う。」「家の中にいくつキャリーバッグが転がっていることか…ハードケースの大きいやつでしょ、ソフトの大と小と…あ~あ、すべてがたためたらいいのに。」(pp.72-73)など、「いいこと」と同時に、微妙に、ネガティブ的な側面も書かれている。

 あるいは「白磁の急須」で紹介されている「みんなの声」では、「左利き用のデザイン、もしくは両方からの注ぎに対応できるデザインになると嬉しいです。」「毎日使ってます。でも、注ぐときに蓋の空気穴を塞いでしまうことがあります。」「細めの注ぎ口で、お茶が一度に出すぎず、片手で楽に注げます。深めのストレーナーで、一人分の分量でも、お湯が茶葉に浸透してくれます。」(pp.10-11)などと、顧客からの満足感と同時に、要望が示されている。

▼私が、私の顧客に対してRJPについて言及すると、「そんなの理想論だよ」という「声」が届けられることが多いのだが、「じゃあ無印(良品計画)はどうよ」という事例を示すことができることになりそうだ。IR的にも一定の利益を得ているみたいだし、将来性もありそうなので、今後、しばしネタにしてみたい。

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大分トリニータ2期連続黒字&久々の勝利(大分)

大分合同新聞の報道によれば、大分トリニータを運営する大分フットボールクラブ(FC)は、2期連続の黒字とのこと。とは言え、なかなか財政的には厳しい模様。

 応援しに行かねば…と思いつつ、私など、大分に越してきてから一度もトリニータ戦を観に行ったことがなかったりして(おい!。こんなことでは大分県民として誇れない(!?)ような気がするので、5月の連休か、連休明けには見に行くことを決意。

 ついでにニュースを確認したら、今日のホーム戦(対横浜マリノス)には久々に勝った模様。良かった良かった。

 などと、大分的話題をネタにしてみたり。

▼サッカーついでに新しくなったパークプレイス大分を見に行きたいところ。別府のゆめタウンは期待外れに終わったが、パークプレイスはどうだろうなぁ…。リピートに値するかが気がかり。

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松下幸之助を知らない大学生(続編)

本年1月にブログ(日記)で話題にして、一部反響を呼んでしまった(らしい)本話題の続編である。約140人の顧客に対して、「成績とは無関係」という前提のもと、自由記述で「松下幸之助」「本田宗一郎」(他数名)について知っていることを書いてもらった。

 私は既に免疫ができているので驚かないが、アシスタント諸君の尽力によって(ありがたいことである)、結果が判明した。

幸之助論

 速報値ではあるし、サンプリングに著しく偏りがあるが、私たちの顧客に関して言えば、約7割弱が松下幸之助本田宗一郎それぞれを「知らない」「分からない」と回答したか、もしくは未記入だった。中には、松下幸之助を松たか子のお父さんと答えてみたり、なかなかユニークな回答もあった(※ちなみに松たか子の父は、松本幸四郎(9代目らしい)。松本幸四郎の父は初代松本白鸚(はくおう)である。言うまでもないが、松下奈緒の父でもない)。

 本田宗一郎は、ソニーの社長でもないし、画家でもない。「自動車関係…」という回答もあったが…、確信犯か?

以前も書いたが、18歳や19歳の人間が松下幸之助や本田宗一郎のことを「知らない」ということ自体は、「恥ずかしい」ことだとは思うが、時代の流れからしても、仕方のないことだと思う。

 私自身、三越の歴史も、三井、三菱、住友の歴史も、さほど知っている訳ではなく、歴代の日銀総裁の名など浮かびもしない。トヨタの歴史も、ソニーの歴史もそれほど語れる訳ではない。しかし、である。しかし、問題はここからである。

 「知らない」ということを「知った」後に、どうするのか?

 約7割の人が知らない訳だし、知ってなくても差しあたり困らないし、「そんなの関係ねぇ」で済ませることができるのか。

 さて、どうなんでしょう。

働けば自由になる(Arbeit macht frei)というフレーズを知らなくても、何も困らないのかもしれないし、私も、つい最近まで強く意識していなかった言葉である。しかし、歴史を知らなければ、人が、同じ過ちを繰り返す可能性は、それだけ高くなるはずだ。

 自然環境問題のように、「同じ過ち」が二度繰り返せない昨今だからこそ、改めて歴史の重要性を感じたい。

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結果なくして過程を評価することは難しい

▼私の主たる顧客と話をしていて、興味深い事項を発見した。どうやら、顧客の多くは自分の努力の「過程」を評価されたがっており、「結果」に対する評価はさして期待していないらしい。学校的メタファーで喩えるならば、「授業に毎回出席していたんだから」とか、「欠かさずレポートを出していたんだから…」と言った理由で、「自分は高評価されるに値する」と考えているらしい。

▼確かに、言わんとしていることが分かる。しかし、そんなのは仕事という文脈では当たり前のことである。アルバイトも含めて、まっとうな仕事に就こうと思ったら、毎日、定時に出勤することは自慢すべき事柄ではなく、最低限のルールである。また、仕事がどんなルーチン化された単純作業であれ、与えられたノルマをこなすことができなければ、「仕事をしている」とは言えない。

 「クリエイティブな仕事に就けば、定時出勤もないし、ルーチン化された単純な仕事はないと思う…」という幻想を抱いている顧客も多いようだが、それは幻想に過ぎない。仮にそのような仕事があるとすれば、恐ろしい程の「成果」を問われるはずだ。どこかの総理のように、「かわいそうなくらい苦労しているんですよ!」などと訴えたところで、何ら意味を持たない。苦労している人はどこにでもおり、苦労を成果(結果)に変換できなければ意味はない。

▼確かに苦労の過程も評価の対象に入れるべきだと思うし、私もそうありたいと思う。しかし、そのためには「人とは違った苦労」をしなければ他者と差別化できない。「人と違った苦労をする」ということが、結果として「成果」「結果」につながるのであって、できて当たり前のことは、「努力」とは言えない。

 社会心理学の知見を引くまでもなく、人間誰しも自己評価する際には、自分より「下」を比較の対象としたがるものである。しかし、下と比較しても、おそらく自身の成長はないはずだ。学校的メタファーで喩えるならば、遅刻者も、レポートを出さない人間も、実は「少数派」である。少数派と比較しても仕方ないよね?

▼もちろん、相当な努力をしても評価されていないとすれば、それは大問題である。ワーキングプアの問題しかり、名ばかり管理職もしかり。しかし、繰り返しになるが、遅刻をしないことも、毎回出席することも、社会においては評価の対象にはならないことは肝に銘じておいておきたい。

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電気代を最大限に絞ろうとするが…

▼物価高に伴う相次ぐ値上げで、リンダ困っちゃうぅ(死語)的状況が続いている。個人的には、量販店でのビールの値上げが、今後、どこまで影響するかが最も気がかり。一方、我が家においては、現状、、ガス(プロパン)代の値上げがもっとも家計に影響しており、食費等の影響も、ボディブローのように利いてきている。

 固定費については減らすべきところは対策しているため、これ以上、節約できることは限られているが、さらに無駄な電気代を減らすべく、ワットチェッカーを再活用してみた。

 でも、これ以上減らすのは困難だよねぇ…という域に、既に達してしまっているらしい。うーむ。こうなると、ワットチェッカーそのものにかかってしまったコストが逆に気がかりである。どうやれば、ワットチェッカーのモトを取れるのだろう!?

 当面、職場の二酸化炭素排出削減のため、活用すれば許されるかしら。職場の無駄は…、個人で対応できる範囲を超えているのも、これまた悩ましいところではあります。はい。

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試してみよう!飲酒運転(仮想現実)

▼飲酒運転はなぜ危険か?そんなことは説明するまでもないだろう。仮に飲酒運転をして警察の取り締まりに遭遇すれば、懲戒免職となり人生のほとんどを失うことになる。まして、事故を犯し、人命を脅かすようなことをしでかせば、一生悔やんでも悔やみきれない結果となる。いずれにせよ許されざる犯罪である。

▼飲酒運転がどのくらい危険なのか。実際に試すことは決して許されないが、シミュレータを使って実験することは可能である。シミュレータって何ぞや!?と思われるかもしれないが、たとえばゲームセンターのカーレースゲームも立派な仮想現実である。

 飲み屋で飲んだ後、二次会でカラオケにでも行く前に、ゲームセンターでカーレースゲームを試して見ると良い。競合相手(COMでも、友人でも)にぶつかるわ、コースを外れるわで散々な思いをするに違いない。飲酒前に、同じコースでタイムを計測しておけば比較検討が可能だが、おおよそスコアは落ちるはずである。

▼近くにゲームセンターがないとか、自分は自宅でしか飲まない(飲み屋で飲まない)んだよねぇという皆々様方は、ぜひ任天堂Wiiなり、任天堂DSなり、ソニーのプレイステーションPSP(プレイステーションポータブル)のカーレースゲームを試していただきたい。

 飲酒状態で気分が高揚し、ハイスコアを出せる場合も確率論的にはあり得ない話ではないが、おおよその場合、判断力が鈍り、スコアが落ちるはずである。少なくても私は、確実に落ちる。

 カーレースゲームを持っていないという場合は、脳トレ的なゲームでも良い。確率論的には、飲酒前より飲酒後の方が、高スコアが出せる場合もあるかもしれないし、手先しか使わないゲームの場合は、飲酒の影響がそれほど出ないかもしれないが、何度か試してみれば、飲酒後は確実にスコアが落ちる。

▼何故に、こんなネタを書いたのか。

 私が妻とゲームで遊ぶ時、ほぼ確実に私が負けるのは、私が飲んでいるからに違いない!という仮説に起因する。

 飲んでいなければ、きっと私が勝つはずだと思うのだが…。
 (でも、飲まないとゲームする気にもならないのよね)

 などと家庭内事情をネタにしてみたり。

追伸
 私はゲームでしか飲酒運転を経験したことがないが(当たり前だが)、これほど危険なことはない。そんなの関係ねぇなどと思っている輩は、本ブログ(日記)の読者にはいないと思うが、言うまでもなく飲酒運転は重罪であり、取り返しが利きません。

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本搾りはメルシャンからキリンブランドへ

▼かつてメルシャンブランドで販売されていた缶酎ハイ「本搾り」がいつの間にか、キリンブランドになっていたことに(今さら)気づく。メルシャンの「本搾り」は私のかねてからのお気に入りで、「氷結」の香料の香りに違和感を感じて以降、缶酎ハイと言えば、原則、「本搾り」を指していた。最近、店頭から消えてしまった…と思っていたら、ブランドが変更になっていたらしい。

 ※注:知る人と知る話題かもしれないが、メルシャンは2006年11月にキリンに買収(TOB)されている。

▼地元のスーパーでは130円。以前より値上がりしたような気がしないでもないが、ビールも値上がりしているし、仕方あるまい。ということで、キリンの「本搾り」の今後に期待したい。 

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読書メモ(断片):『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』(宮澤 淳一)

▼『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』を読む。メディア論にまったく触れたことがない読者には取っつきにくい内容かもしれないが、メディア論を経由してマクルーハンの名を聞いたことがある読者や、「メディアはメッセージ」「メディアはマッサージ」などのフレーズにピントきた人にとって最適な入門書である。
 ※マクルーハンについては、Wikipediaにも解説あり。
 「メディアっていうのはね、日本語で言えば『媒体』」と訳されるけど、テレビも新聞もラジオもメディアだし、インターネットもメディアの一つです…」などという説明は本日記の読者には不要かと思うが、マクルーハンに言わせれば「メディアはメッセージ」である。

 このフレーズに「おやっ?」ときてしまった皆さんは、既にマクルーハンの術中にかかったと言っても良い。何故にメディアがメッセージなのか?著者に、マクルーハンを解読させれば以下の通り。
 さて、「メディアはメッセージである」いや「メディアこそがメッセージである」というプローブ(注:問いかけ)の意味はつかめましたでしょうか。新しいメディアの登場に伴う環境の変化そのものが「メッセージ」となって、私たちに影響を及ぼすのであり、それは「マッサージ」ですらあるのです。

 しかし、私の説明(答え)は、忘れてもかまいません。「メディアは(こそが)メッセージである」というプローブ(問いかけ)自体はきっと忘れないでしょう?それでいいんです。問いかけを思い出したときに、答えはまた考えてください。ニーチェの「神は死んだ」も、言ってみれば、プローブです。これをきちんと説明できる人は少ない。でも、問いかけは誰もが知っているし、忘れ去られることはない。繰り返し思い出され、人々は意味を考える。思想は滅びない。「メディアは(こそが)メッセージであるも同じです。問いかけは滅びない。マクルーハンが気になる存在であり続けているのも、そこなのです。(pp.107-108。下線は引用者による)。
 私などは、曖昧にマクルーハンの「メディアはメッセージ」というフレーズを理解していたが、「メディアの登場に伴う変化そのものが『メッセージ』となって、私たちに影響を及ぼす」という説明は、非常に的確かつ、腑に落ちる説明である。



 しかも、「メディアはメッセージ」というフレーズはともすれば「メッセージ」として理解されがちだが、それを「問いかけ(プローブ)」と捉え直せば、確かに、さらにその意味を納得させられる。「神は死んだ」も「メディアはメッセージ」も、「問い」だからこそ価値がある、というのは確かに言われて見れば、その通りである。

▼著者の鋭い解説は「メディアはメッセージ」にとどまらない。マクルーハンがもっとも誤読される「地球村(グローバル・ビレッジ)」の考え方に対しては以下のような解説を加えている。
 第1講で取り組んだテキスト「外心の呵責」の8を読み返してください。電子メディアはグーテンベルク時代に生まれた個々人を束ね直し、「世界を収縮させ、一個の部族すなわち村にする」のです。「村」とは、電子メディアによってひとつになった世界です。しかも、そこは「あらゆることがあらゆる人に同時に起こる場所」であり、「起こった瞬間にあらゆる人がそれを知り、それゆえそこに参加する」のです。マクルーハンは『グーテンベルクの銀河系』でも『メディア論』でも、同じことを語っています。(pp.119-120)

 こうしてみると、「地球村」の特徴は以下の三点に要約できます-
 (1)同時多発性(各地でさまざまなことが同時発生、即時の伝播、万人の参加・関与)
 (2)混迷の世界(現状認識・非予言性)
 (3)過渡期(未来への期待)。(p.124)
 「同時多発性」というフレーズが意味を持つに至ったのは、言うまでもなく911以降ではあるが、マクルーハンの先見的な主張は、確かに「同時多発性」という概念に要約できそうな気もしてくる。なるほど、まったくもってうまい説明である。

 メディアの発達によって、あらゆる情報は「同時」的に、伝播するようになったが、それがもたらす影響や意味については、現在もなお(現在進行形)、問うに値する難題(アポリア)である。だからこそ「メディア」に人は魅惑させられるのでしょう…か。

 著者のコンセプチュアルな問題提起が光る一冊だった。

▼メディア論やマクルーハンを知るなら以下の図書がお勧め。
  • マーシャル マクルーハン・エリック マクルーハン. 中沢 豊・高山 宏 (翻訳)(2002). メディアの法則. NTT出版
 マクルーハンの原著にチャレンジするなら、まずは『グーテンベルクの銀河系』でしょう。何言ってるかわからん!と思った時は、上記概説書に立ち戻って考えるのが無難です。ユングしかり、マクルーハンも「読める人には読める」本なんだと思います。  それだけ先見性がある、ということなんでしょうね。

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トスキー目撃&激写(大分)

▼知る人ぞ知るTOSテレビ大分(フジ系)のキャラクター「トスキー」を市街にて目撃。意外と小さいらしい。収録の合間(?)に写真を撮ろうとしたら、しっかりポーズを決めてくれた模様。
トスキー激写
 緑色なのはカボス(大分名産)色ゆえかしら。トスキーの部屋の情報によれば、「好きな飲み物」は「かぼすジュース」らしいので、遠からず近からずかもしれない。

 それにしても、笑顔が輝かしいキャラクターである。

▼ちなみに今年開催される大分国体のキャラクター「めじろん」も緑色。大分は緑色が似合う街ってことなのかしら。

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読書メモ(ミニ):『かわいそうなぞう』と『ぞうれっしゃがやってきた』

▼たまたまテレビにてフジテレビ系『アンビリバボー』を見る。第二次世界大戦時の動物園の悲劇と混乱を描いた『かわいそうなぞう』の話は絵本や映画で知っていたが、『ぞうれっしゃがやってきた』という話も存在していたらしい(無知!)。

 『かわいそうなぞう』の話は上野動物園だということはうっすら覚えていたが、『ぞうれっしゃがやってきた』は名古屋は東山動物園の物語とのこと。そんな実話があったのね…。

 幼き頃『かわいそうなぞう』に涙した私的には、今回のテレビ番組は思わず涙が出てきそうな展開だった。

▼昨日の『ドラえもん』ネタに重ねて言えば、ドラえもんには、戦時中のゾウの話をモチーフにした物語がある(「ぞうとおじさん」。文庫では「感動編」に入っている)、私はこれまでずっと『かわいそうなぞう』が元になっていたと思ってのだが、もしかしたら『ぞうれっしゃがやってきた』がモチーフだったのかな…と思い直してみたり。

 軽くググってみたが、詳細は不明。
 どなたかご存じの方おられませんか。

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ドラえもんマイリゾートチェア

▼以前もネタにしたことがあったが、私は『ドラえもん』好きで、仕事でもドラえもんのネタを連発し、顰蹙(ひんしゅく)を買うことが少なくない。恋愛メタファー(すべてを恋愛ネタで説明する)同様、ドラえもんメタファー(すべてをドラえもんネタで説明する)は、何かと便利だから…というのがネタにする理由である(安直!)。

 もっとも最近、必ずしもドラえもんネタが通用しなくなってきているのも事実である(ドラえもんの存在自体を知らない人はすくないが、あまり話に馴染みのない人の割合は増えているらしい)。我々の世代が、鉄腕アトムや天才バカボンを知らなかったり、鉄人28号メタファーが通じなかったりするのと同じような現象なのだろう。
 ドラえもん
 最近は、ドラえもんネタの前振りとして、ドラえもんはネコ型のロボットで、のび太はウィットにとんでいるがダメ男設定の小学4年生(テレビ版は5年生)。しずかちゃん(コミックでは静ちゃん)は紅一点論で言うところの紅一点で、ジャイアンはいじめっ子で、スネ夫はジャイアンの子分格で、お金持ちで嫌みな奴だ…などと説明するのは面倒ではあるが、これも時代の変化故、仕方あるまい。

▼などという前置きはさておき、そんな私が思わず一目惚れしてしまったのが以下の椅子。 Coleman(コールマン) ドラえもん マイリゾートチェア 170-5955BDなる代物である。コールマンって、意外とお茶目な会社だったのね…。

▼amazonでは2640円。ネタにしかならないかもしれないが、中途半端に実用的なところに物欲を喚起されてしまう。

 うーむ。アウトドア用に一つくらいあっても良いかしら。

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デザインと日常

▼通勤時間中、紺野 登 先生の『知識デザイン企業』に目を通す。山崎 正和 先生の『装飾とデザイン』と併せて読んでみても面白いかもしれないなぁなどと思いながら、ようやく本日、全体を把握できた。「デザイン」とか「エクスペリエンス(経験)」など、感性や体験に関わる言葉が再度、注目されつつあるのは、流行と言えば流行なのだろうが、それだけ「古くて新しい」概念でもあるのだろう。
 私的には「デザイン」という言葉にこだわりを感じ始めたのは90年後半の話。今後も継続的に「デザイン」に着目していきたい。

▼備忘録ではあるが、以下、典型的な私の一日をメモしておく。
  • 9時~10時半まで、一コマ分の支援とセットアップ
  • 11時~12時まで、業務拡大のための打ち合わせ
  • 12時~12時45分までメールの返信等雑務
  • 12時45分~1時15分まで昼休み
  • 13時15分~14時20分まで、評価的事務作業
  • 15時20分~16時まで、動画編集作業とセットアップ続き
  • 16時~18時過ぎまで断片的に打ち合わせ等(×3)
  • 21時過ぎてようやく自分の時間を確保
 相変わらず自分の時間がない日々。
 過労にならない程度に仕事を進めていきたい。

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読書メモ(ミニ):『質的データ分析法』(佐藤 郁哉 著)

▼佐藤郁哉先生の最新刊『質的データ分析法』を読む。

 かつて質問紙(アンケート)調査に代表される「量(的調査)」、観察やインタビューを中心を「質(的研究)」が対比的に捉えられていた時代があった(今でもそうかもしれないけど)。かつては前者に関する書籍ばかりで後者については、限られた書籍しかなかったが、近年、かなり充実してきた模様。
 私が10年近く前に、質(的データ)の分析法学ぼうとした際には、佐藤先生の本以外、洋書をあたるしかなかったが、良い時代になったものだ。と言っても、質的研究の「理論」は多々あっても、「実践」に役立つ本はあまり見あたらなかったのが実情。

 本書では、原理から実践まで、包括的に扱われていて、初心者以上上級者まで、幅広く使えそうな感じです。

▼手持ちにも膨大なデータが蓄積されつつあるので、そろそろ、系統的にまとめていきたいところである。

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のんびり充実の休日

▼久々の休日。これだけ伸びのびと休むことができたのは…昨年末のフィンランド出張中の中日(×ちゅうにち)と、正月中に味わった一日以来ではないかと思う程、久々だった。

 朝はのんびり過ごし、昼は3月29日以来となる花見第二段。例によって、バーベキューセットを持参し、炭火焼きの火を囲み春の余韻を楽しむ。昼過ぎは、まったりと大分市街をお買い物で掘り出し物を見つけてちと興奮。

 夕刻には、金井先生『やる気!攻略本 自分と周りの「物語」を知り、モチベーションとうまくつきあう』を味わい、ジョディー・フォスター主演の『フライトプラン』なる映画を観たりして。
 さらに深夜には、Youtubeでドラえもんの名作「『配役いれかえビデオ』で反省」や「のび太は独裁者」を発見し、感激してみたり(著作権的には微妙な話ですが、両者とも、私が探した時はDVD化されておらず、映像を使うのを断念した記憶あり)。

 伸びのびいう割には、活動的してますが、外部のしがらみを忘れ、まったりと過ごせたのが何よりの幸せなのでしょう。

▼以上、ただの備忘録的日記でした。

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居酒屋で靴が行方不明になる

▼いわゆる新歓コンパ兼追い出しコンパに参加。学生時代(大学院時代)、いわゆる合コンの場において、「コンパの語源は、英語ならばcompany、フランス語ならばcompagnieなんだよねー」などと、どうでも良いうんちくを語っていた頃が懐かしい(※注:真面目が学生だったので本当は合コンなど行ったことはありません)。

 私的には大分に来てから最大規模の飲み会で、つつがなく会は進んだが…、解散時になって人生2度目の出来事が起きてしまった。私の靴がないのである。どうやら、前の団体に履き間違えられてしまったらしい(あるいは盗難!?)。

 買ったばかりのおニュー(死語)の靴なのに…。

▼某今時、靴箱が共通なのは珍しいと思い、用心して、一番上の棚に置いたのが、逆に災いしてしまったのかもしれない。一番下にすれば良かったかな?などと思って後悔役に立たず。

 仕方なくスリッパを借りて、二次会も断って帰ることに。お値段の張る靴ではないものの、買ったばかりの靴っていうのが、痛いところです。また小遣いが減ってしまう…。

▼妻がその後、調べてくれたところでは、お店側が補償してくれる可能性もあるようですが、帰ってくることを願うばかりです。

追伸
 以前、靴がなくなったのは大学院時代の某所。パブリックなスペースだったし、もともとぼろい靴だったし…ということで、それほど気にもとめず終えましたが、今回はちとショック。

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チューリップフェスタ@大分パルコ

▼通勤途中のスナップショット。

 大分県は緒方町にて、「チューリップフェスタ」なるものが開催されているらしい。大分パルコとのコラボレーションで、パルコの一角がチューリップに囲まれており、なかなか美しい。昼間は昼間できれいだが、夜は夜で、ライトアップされているような感じで印象的。

 写真に撮ってみたが…、ノーフラッシュで撮影しようとすると、手ぶれに悩まされ、手ぶれしないように撮ろうとすると感度を上げざるを得ず、綺麗に撮れないらしい。

緒方町チューリップフェスタ

▼実物はもっと綺麗なのですけどねぇ。一度、本家の緒方町のチューリップフェスタに行ってみたいものです。はい。

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読書メモ(超ミニ):『NTTの自縛』

▼某NTTに光回線(マンションタイプ)を申し込み続けて、はや2年。ようやく我が賃貸マンションにも、光がやってきた。

 ADSL時代と比べて、快適と言えば快適。
 しかし、思ったよりも速度が出ず、不満と言えば不満。

▼実は、今日に至るまでは涙、涙の連続だった。

 私には理解しがたい世界ではあるのだが、NTTという会社は、かなり複雑な組織らしい。最初の問い合わせでは、前向きな返答をいただいたにもかかわらず、その後、ノーレスポンス。

 改め、大分支店に問い合わせせると、NTT西日本方針と(?)言われ、NTT西日本に問い合わせると大分支店の問題と言われてしまいループ突入。粘って、もう一度大分支店に電話すると、マンションの管理組合の問題と言われて、マンションの管理会社に問い合わせると、NTTの問題ではないかと一蹴。

 よくある話ではあるが、永遠のループと言うか、放置プレイ、あるいはMS-DOS語で言うところの、イグノア(I)が続いた。

▼で、半ば諦めていたら、光が入りました!というポスティングが迷い込んできた。NTTも知らぬ間にやるなと!見直したのもつかの間。プロバイダに申し込みをしたら、光は入っていないとの回答。あのポスティングは何だったのだろう…と、思わず自問。

 気を取り直して、NTTに問い合わせてみたらうち(誰?)経由じゃないと申し込めないとか、時間がかかるとか言われてしまって、仕方なくNTT経由で申し込みをしてみた。

 工事日も決まり一安心…と思ったら、ここからが再度難関。プロバイダを継続したはずが、なぜか新規申し込みになっていたのである。そりゃ、新規申し込みの方がリベートも高いのでしょうが…。でも、継続したかったので、再度問い合わせ。

 しかし、である。プロバイダに問い合わせたら、NTTに問い合わせるように言われ、NTTに問い合わせたらプロバイダの責任と、これまたループ状態。なんてこった…。

 いろいろ事情はあるのでしょうが、クレーマー扱いされていたら嫌だなぁと、逆に心配になってしまう日々が続いておりました。

▼最終的には、大分支店の方のご尽力で、事は丸く収まったのですが、改めて大きな組織って大変ねーと、いろんな意味で共感させられる出来事でした。私が所属する組織ですら、隣の部署は隣の部署ですから、実情は分からないでもないのですが…。

 妻に永遠と愚痴ったら、『NTTの自縛』という本を図書館から借りてきてくれました。これまた自爆的なタイトルですこと。

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読書メモ(ミニ):『ウチのシステムはなぜ使えない SEとユーザの失敗学』

▼先日の出張移動中に『ウチのシステムはなぜ使えない SEとユーザの失敗学』を読み終えた。良い意味でも、悪い意味でも光文社新書といった感じ。くっだらねーなー(失礼)と思わせる面もあるが、私が知る限りのSEの現状を、適切に描写している…かも。
 IT関連のシステム構築で業者に発注しようと思っている業界人的にも、SE関連に就職しようとしている学生さん的にも、多いに参考になりそうな本です。現在、SE的な業務にあたっている皆さまは…、息抜きというか、ガス抜きになりそうな内容ですね。

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読書メモ(ミニ):『英語学習7つの誤解』

▼新年度である。新年度の目標として、今年こそ英語を…と思う人は少なくあるまい(少なくても私はこの8年間くらい、毎年、同じことを思い続け、実現に至っていない)。

 と言うわけで反省の意味も含めて『英語学習7つの誤解』にざっくり目を通してみた。おおよそのところ、私は英語学習法について「誤解」していないことが判明して、ほっと一息。
 とは言え、いくつか誤解があった。私には(も)、「英語で考えられるように」という呪縛があって、英語で考えられるようになりたいなぁと思っていた。しかし、大津先生に言わせれば「英語で考える」という目標は、「わかりにくく」「不適切」(pp.124)であって、より適切に言えば、「英語を使うときに日本語を意識にのぼらせない」ということになるらしい。なるほど、これだったら目標にできそうだ。

 ということで、私の本年度の目標は、「英語を使うときに日本語を意識にのぼらせない」ということにしよう。と言っても私の英語は、典型的な日本語的英語らしいのだけれども。

 ちなみに、著者に言う7つの誤解は以下の通り。

(1) 英語学習に英文法は不要である
(2) 英語学習は早く始めるほどよい
(3) 留学すれば英語は確実に身につく
(4) 英語学習は母語を身につけるのと同じ手順で進めるの効果的である
(5) 英語はネイティブから習うのが効果的である
(6) 英語は外国語の中でもとくに習得しやすい言語である
(7) 英語学習には理想的な、万人に通用する科学的方法がある英語学習に英文法は不要である


▼何にせ英語学習について語れるくらい英語ができるようになりたいものだ(せめて作文が得意になりたい!)。

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3年目の大分

▼読書メモを更新したいと思いつつ、なかなか余裕のない日々が続いてしまっている。年度末の仕事がまだ残っている…など、口が裂けても言えないが、さすがに桜が咲いてしまったので、急ピッチで残業を続けるしかあるまい。

▼この桜を見るのもこれで3回目。
 そう長くもないが坂道を昇ったり、降ったりする毎日。
 大分に来てから、もう3年目に突入してしまったらしい。


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