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読書メモ(断片):哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する!(入不二基義)

▼日中、少しだけ自分の時間があったので入不二基義先生の『哲学の誤読』を読む。
 かなり昔にも、Web日記(ブログ)で話題にしたことがあったが、入不二先生(駿台風に言えば「入不二師」)の名著と言うか、既に伝説と化している『 〈思考する〉英文読解 』には、受験生時代からお世話になっていて(※)、その後も、一目置いていた。
※私が、大学時代の当初、小難しい、抽象的な議論を振り回していたのも、受験生(予備校時代)の「小論文対策」の名残で、哲学的な議論を好んでいたからである。「人工知能」とか、その手の領域にかつて関心を持っていたのもそのせいだ。
 予備校時代、代ゼミに所属していた私は、駿台生(当時、仙台に駿台はなかったけども)からは、代ゼミのくせに生意気だ(?)とかと指摘されたこともあったが(予備校にも「派閥」のようなものがあったらしい)、私は、自分が有用だと思った参考書を使うタイプで、著者等にはこだわりのない人間だったらしい。
▼「哲学の誤読」とか、「入試現代文で哲学する」とは、これまた挑戦的なタイトルだが、さすが入不二節。

 野矢茂樹永井均中島義道大森荘蔵とそうそうたる哲学者が出典となっている入試問題(出題は北海道大学、東京大学、早稲田大学、名古屋大学)を、鮮やかに切ってみせていた。

 入試問題について論じた論考としては、石原千秋先生の著作があまりに有名だが、こちらはどちらかというと文学、あるいは広義の政治・経済的視点が主であった(あるいは、「作者」と「読者」「出題者」の関係についての考察と言っても良いだろう)。


▼一方、『哲学の誤読』は、同じ入試問題でも議論の中心は哲学。私的には、哲学者と呼ばれる人が、他の哲学者と呼ばれる人の文章をどう読み進めているのか、という他者の「読み」というか「視点」について知ることがだけでも大変意義ある本だった。

 哲学における「他者の心」(本書では野矢茂樹の文章を元にした入試問題)の謎同様、他者が「同じ文章」をどう「読んでいるのか」というのは興味深いものである。本書では、いわゆる業者の「解答」と、著者なりの「解答」のズレと共通性や、出題者の「誤読」の相互関係も、著者ならではの言及があって刺激的。

 読み手を選びそうな本ではありますが、哲学の入門書を一読された方でかつ、「時間論」に関心がある方にはお勧め。

追伸
 高校生が読むにはちょっと(かなり)難しいですね。
 私は、この手(?)の業務には一切関わっておりません。
 リンク先は全てamazon.co.jpです。

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