▼祖父の夢を見る。祖父が他界してから、もう何年だろう。
以前も、日記にも書いたことがあったが、私は小さな時からマセガキ(自称)だった。たとえば、任天堂のファミコン(初代)が流行っていた時も、ファミコンそのものよりも、任天堂の株に興味を持つような妙な傾向があった。もしかしたら任天堂という会社自体に興味があったのかもしれないが、ファミコンはどうでもよかった。
これもそれも、祖父の家に遊びに行くと、いつも夕方になって聞こえてくるのが株価のニュースに影響されていたに違いない。般若心経よりも、あるいは能楽よりも、遙かにインパクトがあったし。
▼おそらく、当時の私の頭の中には
- 友達は皆ファミコンを持っている
- その他の皆が買えば任天堂は儲かる
- 儲かれば任天堂は利益を上げる
- 利益を上げれば、株価が上がる
- 株で儲かったら自分ファミコンを買ってもらえる
という発想があった…かどうかは今となっては思い出せないが、私が確実に記憶しているのは、任天堂の株の話をしても、祖父には褒められもせず、むしろ怒られた記憶である。
その甲斐あって村上ファンドの某氏のように道を誤ることはなかった(そんな能力もないが)。また、当時から、ファミコンで単に遊ぶよりは、自分で何かを作ったりする方が高尚だと思っていた私は、MSX(パソコン)を買ってもらい、それ以降、結局、パソコン(通信、インターネット)と縁のある生活を送ることになった。
- あの頃、任天堂の株を買っていたら。
- あの頃、MSXではなく、ファミコンを買ってもらっていたら。
- MSXを通して、パソコン通信に出会っていなかったら。
- 「環境情報」とかいう奇妙な学部に入学していなかったら。
- 大学時代、インターネットに接していなかったら…。
などと、意味もない仮定を繰り広げてみたり。
If I were a bird, I could fly to you.
※これって某外国語学校の広告にも使われていたんだっけ。
▼よしもとばなな的展開ではあるが、「おじいちゃん」や「おばあちゃん」の存在のありがたさを、改めて感じてみたり。
株価なんぞ気にすること自体、不毛ってことかしらん。
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