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あれあれ詐欺とあるある詐欺

▼この歳になってくると、明らかな記憶力の減退を感じずにはいられない。

 かつて子ども心的には(私も以前は子どもだった)、夫婦の会話(=両親の会話)には、何故に「あれ」という指示語が多く含まれるのか、疑問でならなかった。「最近の事件、あれねー」とか、「○×さんは、選挙であれして」とか、形容詞でも動詞でも、「あれ」で会話が通じるのを聞く度に、「あーはなるまい」と心に誓っていた…はずだった。

 しかし最近、私も、かなりの頻度で「あれ」という言葉を使ってしまっているらしい。もはや「あれだよ、あれ」の連呼で、記憶ねつ造詐欺が成立するのではないかと思う程だ。

 シャクターが「あれ」について書いた本なんだっけ、と思っても出てこなかったしな。
 いずれ、「あるある」とか言う番組(私も、「菌の粒」とかいうネタで、日記に書いてしまった)も、「納豆で詐欺したアレさ~」と代名詞的に呼ばれることになるのだろうか。

▼追伸
 以前もネタにしたことがあるが、指示語というのは謎の多い世界である。
 2002年12月の日記に、似たようなネタを書いていたので引用しておく。
 銀行ATMで忘れ物をした「おばさん」に対して、間違って「おねーさん、忘れ物」と呼びかけてしまった。どう考えても40近い。おばさんである。

 しかしながら、その「おばさん」はにこやかに忘れ物を取りに向かい、私に礼をしてくれたのであった。実に謎である。なぜだろう。何故に「おねーさん」という指示語で、彼女は自己認識をすることができたのであろうか。

 考えてみれば、なぜ言葉が「それ」を示しうるのかは、永遠の謎である。子どもに言葉を教える時を考えてみよう。子どもに「あれはネコちゃんですよ」と話しかけたとする。なぜ子どもは「あれ」=「ネコ」と理解できるのか

 もしかしたら「ネコ」という言葉がネコの部分(しっぽ)を示しているかもしれないし、色を示しているかもしれないし、大きさを示しているかもしれない。しかし、それらの可能性を排して「あれ=ネコちゃん」と伝わるのである。

 これらは認知心理学的には「事物全体制約」、「類似制約」「相互排他性」などという言葉で説明されているらしい(Markmanなど,1988)。
 くだらないことをネタにしているが、この手の事柄は哲学的にはクワイン。
 概説書としては、『人が学ぶということ』が最適か。
 さて、記憶力を良くするために魚でも食べようかしら。

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