« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月

今年の総括

▼2006年の総括。この数年(正確には3年連続)、転居というか異動と呼ぶのか、転職が続いてしまった。一人よがりな見方をすれば、すべての場で「良い経験をさせていただいた(経験させていただいている)」のは事実である。

 一方、否定的な見方をすれば、「すべて中途半端」あるいは「十分な力を発揮できぬまま」の異動となってしまったとも言える(※もっとも、「十分な力を発揮」する、というのはいかなる状態を指すのかは、よく分からない)。

 自分としては、どんな環境でもベストを尽くしているつもりであっても、その評価は、常に他者に委ねられている。自分が過ごした1年間が、組織にとってどんな意味を持っていたのか。あるいは、それが社会にとってどのように位置づけられるのか。そして、これらが自分にとってどのような影響を与えるのか。

 数年後、数十年後のことを視野に入れつつ、「考えすぎない」程度に考えながら、地に足をつけて生活していきたいものだ。

▼というわけで、今年、自分にとっての最大の出来事は大分に異動したこと&大分での生活(仕事も含む)を楽しんでいることになるのかしら。

 第二は、妻との遠距離結婚生活(専門用語的には、コミューター・マリッジと呼ぶのかしら)を終えて、同居生活に入ったこと(※正確には、第一と第二は、相互に関係しているかもしれないが)。でも、今後も香港にはときどきいきたいなぁ。

 第三は、海外出張時(ホノルル)に起きた「地震」「ほぼ1日停電」事件かなぁ。海外出張先で地震に見舞われるのも希有な出来事だが、停電にはしてやられた。高校生の時の、航空機緊急着陸(エンジン停止)&滑り台経験以来の事件だったかも。

 以上、個人的な総括でした。皆さまは、どんな1年でしたでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

今年の本

▼いつものことではあるが、気づいたらもう年末…というのが率直な今年の印象である。時間が経つのがはやくて困るなぁ…などと、これから死ぬまで同じようなことを言い続けてしまいそうな気もするが、以下、今年の総括を兼ねてオススメ本をまとめたい。

新書部門
 
今年の新書らしい書籍という意味では、『科学者という仕事』と『格差社会』が私的には出色。故 米原万里氏の『必笑小咄のテクニック』は、昨年末に出た本ではあるが、大いに笑わせていただいた。米原万里氏の著作は、私的には「必読本」の一つだったが、今後、新刊と出会えないかと思うと残念である。心よりご冥福をお祈りしたい。

一般書部門

 一般書に関しては、金井先生の『働くみんなのモティベーション論』には多いに刺激された。今後、「学ぶみんなのモティべーション論」的な考察を深めていくのを、課題としたいところである(←最近、身の回りでは皆、同じようなことを言っている気が)。

 社会学系では、『変化する社会の不平等』と、『多元化する「能力」と日本社会』のどちらをベストとするか迷うところ。岩波新書新書の『格差社会』と言い、今年は「格差社会」関連の本がまとまって出版された年でもあった気がする。

 経営学関係では、『MBAが会社を滅ぼす』と、『イノベーションの達人』は、両極的とも言える本で、これまたベストを選ぶのが迷うところ。何がイノベーション&持続的な発展につながるのか、という観点では(『イノベーションの達人』つながりでは、深澤直人氏の『デザインの輪郭』も棄てがたい)。

 本年、私にとって象的だった出来事の一つに、原油高があった。世界の「リソース」としての石油をいかに捉えていくか、また、来年以降、アメリカ経済がいかにソフトランディングし、世界秩序がいかに保たれるかも気になるところだ。

 その意味では、『石油の終焉』と『街場のアメリカ論』から得るものが多かった。

  • ポール・ロバーツ 久保恵美子 訳(2006). 石油の終焉. 光文社

科学書部門
 一般書と科学書の境界は微妙なところだが、科学書関係ではサイモン・シンの『ビッグバン宇宙論』(上・下)が格別だった。今年はYS-11の国内引退で、関連書も何冊か読んだが、どれか一つ選ぶなら、やっぱりサイモン・シンかなぁ…。

お仕事関係
 仕事関係ではあるが、最近の仕事と関連性が高い新書としては以下の2冊。

       一般書(専門書と言うほどの専門書ではないが)では、以下の2冊かしら。

       来年は、フィンランドにぜひ行ってみたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

帰省中…しかし、

▼大分から中部国際空港(セントレア)経由で、妻の実家に帰省。

 しようと思ったら、セントレアが雪のために滑走不能ということで、見事、欠航けだらけ猫まっしぐら(byペディグリー○ャム)。あかんなぁということで、名古屋から大阪に振り替えしたら…(正式には払い戻し後、再購入)、今度は機材遅れで1時間待ち。

 朝7時に起きて(この時間に起きるのは普通だけど)、8時過ぎに家を出て、10時の航空機に乗ろうとしたら14時20分に。これがさらに伸びて、15時20分に(予定)。

 しかも大阪空港(伊丹)→新大阪経由で、名古屋に移動せねばならぬし…。
 雪での欠航は、羽田→小松以来3度目。

 私の交通運の悪さは、知る人ぞ知るところであり、雪なんぞ序の口である。しかし、なんで名古屋が雪なん。どげーなっとるんじゃー、と軽く突っ込み。

      

追伸
 昔の大名さまは参勤交代等で、すさまじい苦労をしていたんだろうなぁと、どうでもいいところで感心してしまってみたり(注:『功名が辻』視聴効果か)。

 来年こそ、交通運がよくなるといいな(毎年の変わらない願い)。ちなみにこの願いには、原油価格安定=世界平和の願いも込められている。たぶん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

研究を行う学生に必要なスキルトレーニング(『大学力』)

▼お仕事的な単純なメモで恐縮だが、『大学力』にあった「研究を行う学生に必要なスキルトレーニング」というのが気になったので書き留めておく。

 イギリスのResearch CouncilとAHRBの基準らしいのだが、日本育英会には、こんな基準のようなものはなかったような気がする(もしかしたらあったのかもしれないが、少なくても私の記憶にはない)。
Research Council と AHRB(the Arts and Humanities Research Board)は、そこから基金を得ている博士課程の学生に対し、どのようなスキルを伸ばすべきかの指針を、声明として公開している。その目的は、博士課程の学生が有するべき研究スキルや研究経験に対し一般的な見解を述べることにあり、さらに、大学に対し、学生が研究に関する最良のスタンダードを確実に達成するためのメッセージを与えることにある。以下、項目名と具体例の一部をまとめておきたい。

1. 研究スキル-課題の内容を認識・確認する能力や仮説を組み立てて実験する能力を有すること
2. 研究環境-当該の研究が国内外でどのレベルで行われているかを理解していること
3. 研究管理-研究の最終目的や中間地点などに関し、適切な研究計画が立てられ、実行できること
4. 個人資質の様態-研究態度が独創的、革新的であること
5. 意思伝達スキル-研究の経過報告書や学位請求文章等に関し、明晰で目的にかなう文書が書けること
6. 人脈ネット・協同作業-当該機関内外の広い範囲で、指導教員、同僚とともに良好な研究関係を維持できること
7. 経歴管理-履歴書、面接等を通して、自分のスキル・経験や貢献できる内容についてアピールできること(p.59)(太字は引用者)
 研究に関する言及のみならず、「人脈ネット・協同作業」(訳が固いが、要するに社会的なつながりと、コラボレーションスキルということか)や、「経歴管理」などもリストの中に含まれているところに、日本との違いを感じてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(断片):『夜と霧』

▼クリスマスである。私の日記(ブログ)を長年、ご覧下さっている方にとっては「例年恒例」となるが、私にとってクリスマスには『夜と霧』を読み返しが含まれる。
  • E・フランクル, 池田 香代子 訳(2006). 夜と霧 新版. みすず書房
 『夜と霧』についてはご存じの方も多いかと思うが、心理学者フランクルが、ナチスドイツの強制収容所での実体験を描いた著作である。私には、絶望を感じずにいられない時は欠かせない愛読書であると同時に、ついつい浮かれてしまいそうになった時に、自制(あるいは自省)のために手に取る本の一つである。
 ※本来は何らかの目的を超えて(理由を問わずに)、読まれるべき本だと思うが。

 今回は、フランクルが強制収容所において、ささやかな(しかし深刻な)疑問を連鎖させている場面をご紹介しよう。私は仕事上で、「リフレクションの支援」とか「疑問の誘発」をテーマの一つとしていたりする(内省を促すとか、省察を活性化するとか、他にも言い換えることができると思われる)。しかし、フランクルのこの一文を読むと、一体、「疑問」とは何なのか、それ自体を問わなければならない気にかられる。
 わが身にてらせば、こんなことがあった。ぼろ靴につっこんだ傷だらけの足の痛みに泣かんばりになりながら、わたしは極寒のなか、水のような向かい風をついて、長い行列を作って収容所から作業現場までの数キロの道のりをよろめき歩いていた。わたしの心はこの惨めな収容生活にまつわる些細な懸念を、絶えずくよくよとなぞっていた。今日の夕食はなんだろうか。今日の「おまけ」はたぶんソーセージひと切れだろう。これは、パンと交換したほうがいいだろうか。二週間前に「褒状」とひきかえにもらった煙草は、最後の一本が残っているが、あれはスープ一杯と取り替えた方が得策だろうか。どうやって針金を見つけよう、靴紐の代わりにしていたやつが切れてしまった。今から行く現場では、勝手のわかった作業グループに入れるだろうか、それとも他グループに編入されて、怒りっぽい、人をいたぶることをなんとも思っていない監督のもとで殴られるのだろうか。あるいは、あのカポーに取り入るにはどうしたものか。彼となかよくなれば、まあ、ありそうまない僥倖だが、収容者労働者として収容所内に配属され、もうこんなぞっとする行列を毎日しなくてもすむのだが。 
 明日がどんな未来なのか、考えすぎる(考えざるを得ない状況に置かれる)のも不幸なことだが、考えすぎないのも不幸なことである(※もっとも、後者の場合、第三者による判断であって、本人には「不幸」という価値判断は成立していないが)。

 平時において、さまざまな選択肢を考えつつも、しかしそれを「考えすぎない」ためにはどうしたら良いののだろうな、などと考えてみたり。

▼もう一つ、対極的な話題を一つ紹介しておこう。疑問の連鎖に対して、疑問の喪失(あるいは防衛的無関心)とも言える状態である。
 新入りは、往々にして便所掃除や糞尿の取り組みを受け持つ作業グループに配属された。糞尿の汲み取りを受け持つ作業グループに配属された。糞尿は、でこぼこの地面を運んでいくとき、しょっちゅう顔にはね返るが、ぎょっとしたり拭こうとしたりすれば、かならずカポーの一撃が飛んできた。労働者が「上品ぶる」のが気にさわったのだ。
 こうして、正常な感情の動きはどんどん息の根を止められていった。被収容者は点呼整列させられ、ほかのグループの懲罰訓練を見させられると、はじめのうちは目を逸らした。サディスティックに痛められつけられる人間が、棍棒で殴られながら決められた歩調を強いられて何時間も糞尿のなか行ったり来たりする仲間が、まだ見るに耐えないのだ。数日あるいは数週間もたつと、被収容者はもう変わっていた。朝、まだ暗いうちに、作業グループとともにゲートの前で行列の出発を待っているとき、彼は叫び声を耳にする。そちらを見ると、仲間が何度も地べたに殴り倒されていた。立ち上がってはまた殴り倒される。(略)ながめる被収容者はすでに心理学で言う、反応の段階にはいっており、目を逸らしたりしない。無関心に、なにも感じずにながめていられる。心に小波ひとつたてずに。
 人間には(※人間に限らないが)、「学習」という能力がある。しかし、一歩間違えば、防衛的に、あるいは無気力から、学習の放棄に至ってしまうこともある。何を、どんな風に「学習」することが、人類にとっての「幸せ」(あるいは「平和」)につながるのか。

▼そんなことを考えられることに感謝しつつ、クリスマスの1日を過ごしてみたり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

花王 ピュオーラ

▼花王にはいつもしてやられているのだが(※気づいたら花王製品を買っていることが多い、という意味。我が家は、花王「健康エコナ」の愛用者である。マヨネーズも健康エコナ系。それ以外、キッチンからお風呂場まで、花王ブランドが占める割合が極めて高いらしい。すべて結果論なのだが…)、今回は歯磨き粉(オーラルケア)進出ということで、以前使っていたものが切れたことを機会に切り替えてみた。
  • 花王 ピュオーラ公式サイト
    http://www.kao.co.jp/pyuora/
 販売価格が大分では400円近いので、やや躊躇していたのだけれど…(※歯磨き粉は300円前後という固定観念があるようである)、これはなかなか。妻が紹介してくれたオランダかどこかの輸入品(日本で買うと1000円近い。ユーロ高だし)ほどではないが、確かにお口が「さらさら」になるし、歯垢が取れた感じもする。

 歯磨き粉の原価は聞くと恐ろしい(ほど安い)らしいのだが、うーん。一体、他メーカーの従来品とは何が違うんだろうなぁ。ぜひ、他メーカーにも追随していただきたいところである。できれば、もう一回りくらい安いとありがたいかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

胃が痛い

▼月曜日くらいから、胃がきりきり痛い(英語で言うならば、I have a stabbing pain in my stomach と表現するのか)。最近、思い当たることと言えば… 
  • (1)食べ過ぎ(日曜日はビッフェで、お腹いっぱい食べてしまった)
  • (2)飲み過ぎ(日曜日は、アルコール飲み放題プランで飲み過ぎてしまった)
  • (3)仕事のストレス(最近、朝から晩まで仕事をしても、まだ終わらない)
 などなど、思い当たること多数。ネットで検索してみると、どうやら神経性に由来する模様である。うーん。病院へ行こうか迷う今日この頃。病院行く時間が欲しいわな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

今月上旬の本

▼時間がない…と言いつつ(実際、仕事はあまり回っていないけど)、本だけは定期的に購入&通勤時間を利用して、さくっと目を通す。
 『統計学を拓いた異才たち』と、『経験からの学習』は時間をかけてじっくり読みたい。
 『経験からの学習』は、某所の書評で存在を知った本。私的には、かなりヒット作。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(断片):接続表現

▼接続表現の一覧を、受験参考書以外で探していたのだが、偶然、最近手にとった『心理学論文の書き方』で見つける。孫引きではあるが、メモをさせていただく。考えてみれば、論文の書き方の本を見れば載ってるよなぁ…
河野(2004)による接続表現(抜粋)(p.31)
接続関係 表現例
添加・列挙 「この他」「加えて」「さらに」「なお」「かつ」
選択 「…か、あるいは…」「…か、または…」
比較・対照 「と同様に」「と同じように」「逆に」「反対に」「それに対して」
目的 「…のために」
原因・結果 「なぜなら」「…ゆえに」「…によって」「その結果」「…の結果として」
帰結 「よって」「したがって」「それゆえ」「…に応じて」「このように」
例証 「例えば」「その例として」
要約・結果 「つまり」「要するに」「以上のように」「このように」「結果として」「結論すれば」「すなわち」
 ちなみに。心理学系の「論文の書き方」の類書は少なくないが、本書は、全体のバランスも優れており、初学者にとっては重要なテキストになるのではないかと思う。

 抜粋引用なので、『レポート・論文の書き方入門』を確認しようっと。

追伸
 『心理学論文の書き方』には、これ以外にも論文の「決まり文句」(フレーズ)が掲載されていて、参考になった。曰く、目的や結果については「検証する」「実証する」「確証する」「検討する」「分析する」「解析する」「明らかにする」「定義する」「理論化された」などを用いるとのこと。また、考察では「考察される」「推定する」「と考えられる」「と示唆された」「予測される」「予想される」「位置づけられよう」「解釈される」など。「これらの動詞をうまく組み合わせれば、無理のない論文表現になります」(p.30)とのことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

光のファンタジーウェディング

▼大分市中心部で行われているイルミネーションイベントへお出かけ。イルミネーション全体は「おおいたファンタジー2006」という企画名が付いており、本日のイベントは「光のひろば2006」という名が光のひろば2006ついているらしい(ちょっとインパクト弱かな。ついつい、私は地元仙台の「光のページェント」と言う名で呼びたくなってしまう)。

 大分の府内五番街ではフリーマーケットが行われたり、屋台も何件か出ていて、久々の盛り上がりだった。夜のメインイベントは、「光のファンタジーウェディング」。寒空の下(失礼)、イルミネーションの中でキリスト教式の結婚式が挙行されたのだった。公募企画で、今年で4年目?になる模様。

 寒い寒いと文句を言いながらも(注:東北育ちの人間にとっては、大分の寒さなど甘ちゃんなのだが)、祝福する人は多い方が良いだろう、ということで、ほぼ最初から最後まで、見学をさせていただく。

 牧師のありがたいお話も耳にして、クリスマス気分を盛り上げてみたり。

▼人の結婚式の写真を勝手に載せるのもいかがな気もするが、幸せを分けていただいたお礼に(口実)、スナップを掲載させていただく。どうぞ、お幸せに!

追伸
大分合同新聞に詳しい記事が掲載されていた。
http://kiji.i-bunbun.com/read/read.cgi?1166281200=116631603623785=1

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(ミニ):大佛次郎論壇賞

▼朝日新聞(12月13日大分版)で、大佛次郎論壇賞の受賞作の記事を読む。

 早速、入賞策である『北方領土問題』と『多元化する「能力」と日本社会』を購入してしまった。論壇賞とかその手の権威付けにはあまり好まないのだが、大佛次郎論壇賞は、比較的「ハズレ」が少ないような気がしているので、信用してみたのだった。
 実際、どちらも気にはなっていたのは事実。前者は、あまりお仕事的に関係ないなぁという理由で購入を延期。後者も、NTT出版のWebページで存在を知って購入しようと思っていたのだが、amazonのレビューが芳しくなかったので保留していたのだ。

 早速、目を通してみたが、『多元化する「能力」と日本社会』は、確かに荒い部分もあるものの、議論の契機としては参考になるところが大。『北方領土問題』については、国際情勢を知る良い機会となった。宮城県出身者としては、「拉致」の問題も確かに重要だと思うが、北方領土問題も重要な問題だと思っているし…(比較にならない、という気もしないでもないが、両者ともに重要な外交問題である)。

 まだファーストインプレッション的段階ではあるが、取り急ぎ購入メモ。

▼今年の春、大佛次郎(おさらぎじろう)の記念館に足を運んだことを思い出す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(断片):働くみんなのモティベーション論(金井壽宏)

▼金井先生の『働くみんなのモティべーション論』を通読後、一部を精読。私的には今年度、5本の指に入る名著である。やや話の内容に重複が見られたり、こなれていない部分があるものの、これは「あら探し」と言うべきだろう。モティべーション論のテキストとしても、数年(十数年かもしれない)は使わせていただけそうだ。
 以下の一文を読みながら、私自身がかつて「心理学」というものを学んでいた理由(おそらく、私にとっては自分自身の問題を解決したり、悩みに言葉を与える手段だったのかもしれない)と、現在の私にとっての心理学の意味合い(他者に対して言葉を提供し、知見を役立ててもらいたい)の違いについて考えさせられてしまった。

 これは「セルフ・セオリー」と「ワールドセオリー」の違いということになるらしい。
 長い引用となるが、味わい深い一文なのでお許しあれ。
 わたしは、大学での経営管理の講義で、学生にモティべーション論を学ぶことの大切さについて話す。若いときに、モティべーション論を学ぶときには、自分に成り立つセルフ・セオリーの話をみつけてきて、その内容を聞いて納得するだけでいい。自分のやる気を説明するのにふさわしい自分向きの理論をみつけ、その狭義のセルフ・セオリーをマスターし、その応用として、自分のやる気が落ち込んでいるときには、なぜそうなっているかを診断し、再びテンションを高めるのに、そのセルフ・セオリーが使えれば十分だ。たとえば、セリグマンの学習性無力感が、最近、恋愛に燃えない自分を説明できるなら、それを活用する。自分がすばらしい女性をみてもドキドキしないのは、ここ二年の間で、十五回も連続でふられたことによると診断するなら、それを(口説く気にもならない「学習性無力感)」と名づければいい。まずはそれが原因であることに気づくことが大切だ。少なくても、誘ったり、デートしたりする気がまったくないのはつないことだが、それでも、それが生まれつきではなく、いつもふられっぱなしだったことから学習した結果だ、だから、回復することが可能だと考えることができる。つまり、自分がわかったというレベルで十分なのである。やる気を自己調整できればいい。たとえば、好きなタイプを絞り込みすぎて、いたずらにふられることを繰り返すより、好きなタイプのストライクゾーンを広げて、まず、誘うこと、デートを楽しむことを優先することも一つだ。
(略)
 これらは、すべて、自分の問題だ。特に、若いときはそれでいい。しかし、三〇代、四〇代になると、自分が元気になるだけでなく、周りのひとを元気にしてあげることのできる元気印にならないといけない。特にリーダシップをとるつもりなら、ウェルチは、エナジー(=自分が元気であること)だけでなく、エナジャイズ(自分の周りのひとたちを元気にできること)も大事だと強調したものだ。(略)けっこうマイペースで「俺が、俺が」で生活していたひとでも、社会に出れば職場などの共同体の一員になる。さらに役職につけば、部下のモティべーションまで考えざるをえない。そのときに、この"ひととともにいる"が楽しめ、"ひととともに成し遂げる"がうまくできないと、困ることになる。ワールド・セオリーも抱くべきだという理由はここにある。
(太字は引用者による)(pp.250-251.)
 恋愛メタファーも用いながら説明し切るところが、さすが金井流である。人生における「節目」と、キャリアにおける「節目」について考えながら一日を終えてみたり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

年賀状作成

▼他にやるべきことも多々あったのだが、年賀状を作成する。例年ならば、12月も29日頃になって、「そろそろ年賀状を書かねばならぬなぁ」とか言っていたことを考えると、準備のタイミングとしては自己最速と言っても良いだろう。

 しかし、手際の悪さは例年通りであった。例年の年賀状作成プロセスは…

 (1)住所録のファイルが行方不明で、探すのに一苦労する。
 (2)年に一度しか使わない年賀状作成ソフトの使いにくいさにあきれる。
 (3)もっと他に良いソフトがないか検索&試用することに時間を割く。
 (4)しょーもないソフトを使うくらいなら、Word & Excel で妥協。
 (5)妥協する頃には疲れ果て、機嫌と集中力が悪い状況でスタート。
 (6)もうこんなことやってられねーぜ、と爆発。
 (7)しばらくして、冷静になって集中力を高めぼちぼちやり直す。

 という過程を経ることが多いのだが、今年は、(1)が改善しただけで(ファイル管理だけは、最近ちゃんとするようになっている)、その他は例年同様。

 関係各位に迷惑をかけてしまった。いっそのことWinで年賀状作りを辞めれば(Macで作れば)、問題の大半は解決するような気もしないでもないのだが…。

 来年の課題としたい(来年の抱負を今頃…という気もしないでもないが、私のモットーは「今日やることは明日やる。明日やることは明後日やる」なのでお許しアレ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

吹奏楽コンサート

▼理由はとくにないが(ついつい理由を考えてしまうのが人間の性であろうか)、近所で行われた職場関連の吹奏楽コンサートへ、妻とお出かけする。吹奏楽だし、18時半から1時間ちょいだろうと高をくくっていたら、予想外の展開。

 吹奏楽以外の「出し物」的な枠があって、よく分からない劇のようなものを見させられてしまった。面白かったと言えば、面白かったのだが、実施時間帯と趣旨がちょいズレていたかも。後半の演奏は素晴らしかったのですが…。

▼来月の上旬には管弦楽のコンサートにお出かけ予定なので、その前哨戦か。

追伸
 荒川仁さんは、略称「アラジン」と呼ばれているらしい。
 要するに、アニメ世代的な劇だったんだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

猫の置物

▼我が職場のアイドル「猫の置物※時々動きます」を紹介しよう。
 

















 どういう経緯で、いつから「この場所」に居座っているのか知らぬが、最近、我が職場の一角に猫が住みついているらしい(正確には、昼寝をしに来ている?)。

 さらに、どこの誰が置いたのか知らぬが、なぜかこの「特等席」近辺に、「猫の置物」というプレートが置かれている。「※時々動きます」と敢えて記されていることから推察されるように、居座っている間は<滅多に動かない>点がこいつの特徴である。。

 本日は、あいにくの雨天だったせいか、猫の置物ちゃんも滞在時間がいつもよりかなり長かった。記念撮影するモノ多数。で、私もついに撮ってしまったのであった。

▼猫を前にすると、つい「なめんなよー」というセリフが頭に浮かんでしまうあたり、私ももはやオジサンの域に達しつつある、といったところか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

インターコンチネンタル大分ANAホテルオアシスタワー(仮)

▼全日空ホテルグループ(全日空ホテルズ)が、インターコンチネンタルグループと…云々の正式なお知らせを全日空ホテルズからいただく。ニュースで見聞きしていたが、会員制度も変わるらしい。ふーん。まあ、会員カードが一枚になるから良いのかしら。

 大分県には、全日空ホテルがあって(注:副音声解説:私が育った宮城県仙台市にはないのに…というニュアンスが含まれる)、「大分全日空ホテルオアシスタワー」という長い名前が付けられている。今後は、これにインターコンチネンタルという冠が加わって、さらに長い名前になるのかしらん、と言うどうでもいい話でも盛り上がる。

▼最近の大分駅前(パルコ近辺)は、ビジネスホテル激戦区になりつつある。パルコ近辺だけでも、中規模以上のビジネスホテルが6件あったりする(もっとあるかも)。以下、東横イン以外は、いずれも楽天トラベルへのリンクなのでご了承を。
 ちなみに、大分全日空ホテルオアシスタワーは駅からちょっと離れた所にある。
 大分の夜景を楽しみたい方は、全日空インターコンチ系しか選択肢がないかも。

 ちなみに私事ではあるが、オアシスタワーで年に2回程度、ビッフェで食事をするか、バーで飲むことが、私のプチご褒美(死語)である。インターコンチグループ配下になっても、これらのサービスはぬかりなくご提供いただきたい。

追伸
 大分に遊びに来てくださる皆さま。1月末~2月中旬までは、来訪者ピークのため、週末の予定が埋まりつつあります。マイレージde旅行等を検討されている皆さま、お急ぎご連絡くださいませ。なお、来年度も大分におりますので、デマを流さないように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

読書メモ(断片):オーセンティシティ(『Google 最強のブランド戦略』)

▼オーセンティシティ(authenticity)という言葉がある。日本語にすると、「真正性」とか「真実性」と言った訳語が当てられる。もっと分かりやすく言えば、「本物らしさ」「本当らしさ」といったニュアンスに近いかも知れない。以前は、教育の文脈で使われる例が多かったが(例:社会で学ぶ内容が「本物」だとすると、学校教育は真正性に欠ける…など)、最近はマーケティング系の概念としても用いられているということを初めて知った。

 例えば、『Google 最強のブランド戦略』にはこんな一文があった。
○グーグルには真実性がある。
  グーグルが人間っぽさを打ち出せていることを認めるとすれば、それは、もっと大きな流れの一部だ。この流れは「オーセンティシティ」と呼ばれている。この言葉は、グーグルブランドのどこが違うかを説明するために私もこれまで何回か使ってきた。オーセンティシティとは、従来のスーパーブランドが提供する管理されたわざとらしい経験ではなく、より「本物」の経験のことだ。オーセンティシティの時代に成功するブランドは、グーグルのように、あまり作られた感じのしない、そしてもっと民主的なブランドである。(p.135)(太字は引用者による)
 以上のように述べた後、著者はデビッド・ボイルの『Authenticity: Brands, fakes, spin and the lust for real life』という著書から、オーセンティシティの定義を引いている。
 オーセンティシティとは、自然や美を意味することも、地理的あるいは道徳的に根ざしていることを意味することもあるが、要するに人間味である。人間というものの複雑性や、人間同士のふれ合いに対する欲求が認識され、人間の個性や個別性も認識されていることを意味する。
(p.137)(『Google 最強のブランド戦略』からの孫引き)
 うーん。マーケティングにおける「経験」(エキスペリエンス)の延長にある概念が、「オーセンティシティ」なのか、あるいはサービス業的な原点回帰なのかよく分からないような気がしないでもない。しばし、チェックした方が良い言葉かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

熊本出張

▼12月2日~3日にかけて1泊2日で熊本出張。
 またしても関係各位にお世話になった。ありがとうございます。

▼帰り道、途中、阿蘇の大観望にて、しばし休憩。もっともかなり寒く、しかも風も強くて、休憩どころの話ではなかったのだが…。

 もう少し気候の良い季節に、再度、来訪したいものだ。

▼写真は阿蘇の大観望(の一歩手前と言うか、熊本側)にて。ウィルコムのW-ZERO3 ESにて撮影。コントラストをちょっと変えてみたが、あまり写りは良くないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »