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読書メモ(断片):ユビキタスでつくる情報社会基盤(坂村健)

▼『ユビキタスでつくる情報社会基盤』を読む。坂村健氏編集だし、正直を言うと、ユビキタス社会万歳というか、カタログ的な本かと斜に構えて手に取った。だが、技術中心的な話でもなく、制度的やセキュリティについての言及があったり、哲学的な考察もあったりして、情報社会論系の新たなテキストとして使えそうな印象である。
 ユビキタスとは捉え所のない概念だが、冒頭の坂村健氏の言葉を借りれば、「環境中に多くのコンピュータを組み込むことで、いつでも、どこでも、だれでもが、意識しないで、状況に応じた最適な情報の利用ができる情報システム」(p..2)が、ユビキタスコンピューティングの定義になる。ただし、本書では論者によって捉え方は若干、異なる。

▼個人的に興味深かったのは、吉見俊哉氏の「ユビキタスとエンサイクロペディア」の節だった。本書によれば、エンサイクロペディアは明治初年代に、西周によって「百学連環」と訳されていたらしい。また、語源とされるギリシア語の言葉は、「円環の」を意味する「クロノス」と、子どもや学びを意味する「パイドス」が結びついた合成語とのこと。さらに続けて、次のような位置づけを示している。
 つまり、「エンサイクロペディア」という言葉はもともと、「百科」の知識を編集・出版した大事典であるという以上に、まずは「百学」が環をなしながら学びを生んでいくような実践的なプロセスを指していたのである(p.235)
 語源をたどっていくと、発見があるものね。

▼さらに、続く論の中で、さらに次のように述べているのが興味深い。
 エンサイクロペディアというのは、大学のある種のメタファだから、この新しい百学連環の構想は、新しい大学への構想ということになる。ユビキタス技術との関係でいうならば、大学における書庫とか書物、教室はどういう形がありうるのか。すべてを体系的にまず制御して、一つの辞書、一つの百科全書をつくってしまうのではなく、無数の学びの連環が生成されていくような仕組みを大学の中で考えたい。大学そのものがユビキタス化するとして、そうした場の中で方法としての大学を考えていくために、エンサイクロペディアという概念はどんな発見的価値を持っているのか。
 私たちがこのようにエンサイクロペディアに注目しているのは、このメディアが、そもそも通常の書物以上に読者という契機を内蔵したものだからである。エンサイクロペディアの編集では、古典的な書物のように「作者」と「読者」が二項的に分かれてなく、むしろ編集委員、執筆者、コメンテーター、書き手の相互作用や読者からの質問など、何重にも書き手/読み手の応答が重層構造をなすなかで編集がなされていくのである。(pp.237-238)
(下線は引用者による)
 エンサイクロペディアを、双方向的な「学び」という観点から捉えるというのも楽しそうである。ある概念から、他の概念の見直しを図るというのは、まさにこういうことか。

▼追伸
 例によって、単なるメモとなってしまったが補足を一つ。情報社会論そのもののあり方を見直す本としては、↓が名著中の名著。私が、これまで影響を受けた本を10冊挙げよと言われたら、確実にその中に入る。
 『ユビキタスでつくる情報社会基盤』を10年後読み直した時…、古びていると予想される内容は、3分の1くらいかな。

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