読書メモ(断片):経営戦略を問い直す
しかも、私の言い回しは、戦略不在と戦略不全を混合している面もあるようだ。確かに、戦略がないわけではなく、何ら機能していないことが問題だったりする訳だし。では、いかに戦略を機能させたら良いのか、と問いたくなってしまうが、以下を読む限りでは、従来の「戦略」というものの考え方にとらわれない方が良いらしい。
- 三品 和広(2006). 経営戦略を問いなおす. 筑摩書房
戦略は人に宿るすべては状況と人に依存する。常識的と言えば常識的ではあるが、これを突き詰めていけば、結局のところ、状況をいかに捉え、判断し、行動に変えていくかという意思決定の積み重ねを大切にしていくしかないのだろうな。
さらに言えば、「戦略をつくる」という発想自体が、そもそも間違っています。戦略をつくろうと思えば、経済の状況や自社の状況、あるいは競合の状況や技術の状況について、様々な「想定」を置くことになります。向こう数年の経済成長率はこうで、そこに開発中のあれが来るはず、競合は気がついていないし、我が社の秘密兵器に対抗する技術は…といった具合です。その手の「想定」が外れた瞬間に無効となるのでは、何の訳にも立たないでしょう。
経営者の近くに身を置くと痛いほどわかりますが、戦略とは「本質的に不確定」な未来に立ち向かうための方策です。戦略には「能動的に」というイメージが付きまといますが、実際には、次々と想定が崩れていき、思わぬ方向から、そしてありとあらゆる方向からタマが飛んできます。飛んできたら、受けないわけにはいきません。それが、現実です。
(略)
予想外の新しい展開にリアルタイムでどう対処するのか、それが結果として戦略になる。これが私の暫定的な結論です。従来の能動的戦略観と呼ぶのが妥当かもしれません。ここで言いたいことは、一つの案件にどう対処するのかという次元を超えています。経営者は、一見したところ何のつながりもない幾多の案件に判断を下していきますが、判断自体には何らかの傾向、またはバイアスがついて回ります。その傾向が、事後的に一つのパターンとして浮かび上がり、立地、構え、均衡、すなわち戦略を形作るのです。事前に漠とした方向感を持つことの重要性を否定するわけではありませんが、それだけで立地、構え、均衡が定まると考えるのは早計でしょう。
飛んでくるタマを受けとめて、判断を下すのは、あくまでも経営者です。タマの受けとめ方、判断の下し方、これは人次第で大きく変わります。タマがどこから飛んでくるのか事前にはわからないのだから、マニュアルを用意するわけにもいきません。立派なビジョンも役に立ちません。だから、戦略は人に宿るのです。(太線は引用者による)(pp.133-134)
というわけで、↓の読み残しを読み進める。
- 三品 和広(2006). 戦略不全の論理―慢性的な低収益の病からどう抜け出すか. 東洋経済新報社















(1) 中身をくりぬく。
(2) 丸ごと煮込む。
(3) 美味しくいただく。



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