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読書メモ(断片):街場のアメリカ論

▼内田樹氏の『街場のアメリカ論』を読み直す。「アメリカ論」の本質から外れるが、スローフード運動についての言及を思い返したので、忘れないようにメモをしておく。

▼本日記でも、何度かネタにしているが、「食」を語るのは容易なことではない。食には、その人の個人史や生活し、家庭環境、地域性、あるいは文化性が、期せずして反映されることが多く、しかも、それに気づくことは簡単なようで難しい。

 例えば、スローフードも、それを運動として見ると、ナショナリズム的な考え方に近づいていくというのが、内田樹氏の主張である。第二次世界大戦以前のイタリアやドイツに、今で言うスローフード的な動きがあったとはなぁ…歴史から学ぶことは多い。
 スローフード運動はファシズムと北部同盟が生まれたのと同じ土地から発祥しているということ、これは偶然の一致と見過ごすことのできないことです。

 というのは、「伝統的食文化の固持」というスローガンは、一九二〇年代にヨーロッパの別の場所でも声高に唱えられたことがあるからです。精白しない「玄米パン」を食べ、都市的・近代的な加工食品を拒否し、自然の中で大地と共感しようという運動が、イタリアよりもう少し北の国で一斉を風靡しました。

 ドイツです。

 汚らわしい都会の食物を食べるのをやめて、美しいドイツ固有の伝統的食品に帰ろうという「ドイツの伝統的食文化を守る」という運動はそのうち「ユダヤ的都市文化からゲルマン的自然へ」を呼号するヒットラー・ユーゲントの自然回帰運動に流れ込みました。

 あまり知られていないことですけれど、どこの国でも、「食品」にかかわる運動は強い政治性を帯電します。「自然食」運動は例外なしに反近代、反都市、反資本主義、反至上主義的なメンタリティーを惹きつけ、ある種の「大地信仰」に結びつきます。その土地に生きる人間は、その土地で生育された固有の食物を、固有のレシピで食べるべきである。なぜなら、その土地に生きる人間が必要とするすべてのものは、その土地の自然な食物のうちに含まれているから…というものです。(p.66-67)
 ファーストフードにせよ、スローフードにしても、どちらかの両端に行きすぎることなく、その背景にある「力」というものに多少なりとも自覚的でありたいものだ。

追伸
 『バナナと日本人』でも『エビと日本人』も久々に読み直してみよう。

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