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2006年7月

暗黙知と無知

▼言葉や概念というものは、日々、その意味が揺れたり、変化してゆく宿命にある。しかし、最近、ちょくちょく耳にする「暗黙知」概念の誤用(もしくは、暗黙知の概念の超拡張)は、少々気になるところだ。

▼私が理解する限り、マイケル・ポランニーによる「暗黙知」は、言語化ができない知識のことを指す。身体的な知識であり、直観や勘のようなものも含まれる。
  • マイケル ポランニー, 高橋 勇夫(2003). 暗黙知の次元 (文庫). 筑摩書房
▼この概念を経営学(組織論)に拡張したのが、野中郁次郎先生らで、いわゆる「野中理論」では、暗黙知は形式知(言語化することができる知識)の対義語となる。暗黙知のとらえ方はポランニーの延長にあるが、暗黙知をブラックボックス化するのではなく、その一部は形式知に変換できる、とした点が異なる。
  • 野中 郁次郎・竹内 弘高 著
    梅本 勝博 訳 (1996). 知識創造企業.東洋経済新報社
 しかし、すべての暗黙知を、形式知に変えられるとは言っていない。
 もし暗黙知がすべて言語化できるのならば、
  • 暗黙知→暗黙知(共同化)(Socialization)
  • 暗黙知→形式知(表出化)(Externalization)
  • 形式知→形式知(連結化)(Combination)
  • 形式知→暗黙知(内面化)(Internalization)
 私 というモデルの価値がなくなってしまう(SECIモデル)。
 (注:SECIを、SETIと表記している例を見る。SETIは、SETI@homeで知られるように、地球外知的生命体の探査プロジェクトを意味する。ちょっと(かなり)違う)。

▼最近よく見かけるのは、暗黙知を「自分が知らない知識」と解釈する例である。 このような定義は、メノンのパラドックスとも関わってくるし、認識論的にも興味深い議論だとは思う。しかし、「自分が知らない知識」を知ろうとすることの重要性を指摘したいならば、まず知るべきなのは、自分の「無知」ではないかと思ってみたりする。

 お金をかけて、人を使って調査をした結果、得られた知識(暗黙知?)が、自分たちの「無知」だったら悲しいような気がしないでもない。

▼追伸
 ポランニーにおける「暗黙知」と、ユングにおける「無意識」と、ソクラテス的な「無知」の関係について、あなたの見解を1600字以内で述べよ。

 私が哲学を教えることになったら(無意味な仮定)、課題はこれかなぁ。

▼関連リンク
 過去に紹介した読書メモ

別府 夏の宵まつり

▼花火を観に、「別府夏の宵まつり」へお出かけ。今期は、念願の浴衣を…と思っていたのだが、購入が結局間に合わなかったので、今回は断念。
 毎年、浴衣を断念するのが私流の夏の迎え方(送り方?)なのかもしれない。

▼電車&徒歩で移動できるという情報を得ていたので、とりあえず電車で移動。昨年も同時期に別府に寄り道していたのだが、転居してから初めての別府上陸である。

 別府には駅前にヤマダ電機があることを、昨年の出張時に確認していたので、到着後、とりあえずそこでひやかし涼む。相変わらずの行動パターンである。

▼気を取り直して、いざ出陣。と思ったが、駅から降りて比較的近くに100円でたこ焼きとネギ焼きを売っているお店があって、そこで早速、寄り道してしまう。ビールも買ったのだが、公園にたどり着く前に飲み終えてしまったらしい。

▼という前置きはさておき、別府の花火は想像以上に良かった。天気にも恵まれ、適度に風もあって、しかも陣取ったロケーションも芳しかったし…。香港では何度か花火を見ていたが、日本で見るのは、実は久々だったのかもしれない。
  • http://www.beppu-navi.jp/natsuyoi/2006/index.html
  • http://www.beppu-navi.jp/
 来年も楽しみにしたい(別府に気軽に行けるのは贅沢だなぁ、と我ながら思う)。

▼帰り道、「あっ」と驚くものを発見してしまったのだが、その話はまたいずれ。

蕎麦を食す(永楽庵)

▼ちょっと前の週末の話。大分市街中心部からほど近い「永楽庵」にお出かけ。先達に教えていただいたお店で、先日から行きたいと思っていた。しかし、方向音痴が災いし、探すのに時間がかかってしまったらしい。

 一度、覚えてしまえばたいしたことはない場所だったが、何故に発見が遅れたのか。方向音痴にも度があるよなぁ…。

▼そんなことはさておき。永楽庵は、大分市街付近では珍しい(たぶん)、「行列の出来る店」の一つ。私が行った時間(土曜日のお昼)は、店内に入れるか入れないかギリギリの具合だった。昼食時は、いつもなのかな。

 待ち時間は20分くらいだったと思うが、他のお客さんの注文を見たり、お店の活気を味わっているうちに(より正確に言えば、何を注文するか考えているうちに)、席に着いていた感じ。手際は悪くないし、活気があって良い。

 お味の程は、なかなかぐっとだった。
 だしとそばのお味ももマッチしていたし。

 500円前後で食べれるし、これから定期的に通うことにしたい。

都内出張(今期何度目だろう)

▼都内出張。この時期、航空券をふつうに買うと、あまりに値段が高いので(28日以上前に予約する「旅割」の類はあるが、直前に予定が決まりがちな出張には使えないのが難点である)、今回は初めてパック旅行(ツアー)を利用してのお出かけ。

 10日~12日前に予約すれば間に合うらしく、ホテル付き。以前も、何度か使ったことはあったが、今回のお得度は、これまでで一番高かったかも。時期によっては、旅割の類で28日前に予約し、ホテルを別に取った方が安かったりするので(しかも、ホテルの自由が効くし)、注意が必要だが、今後は要チェックだな。

▼久々に東京湾沿岸に泊まる。

カイエ・ソバージュシリーズを再読

▼お仕事的関係で、中沢新一氏のカイエ・ソバージュシリーズを読み直す。読みやすい本なので、逆に、不十分な理解のままとどまっている箇所が多くなってしまっている気がする。夏の時間があるうちに、新規分野を開拓しておきたいものだ。
 この夏の目標は、「贈与」「交換」の概念を、人に語れるようになることかな。

永久機関

▼妻と「永久機関」の話題で盛り上がる。物理学の話題というよりは、どちらかというと経済の話題だったような気もしないでもないが、詳細は割愛。

▼ そういえば、先日の読書メモでも少し触れた『大学の使命』でも、アインシュタインの言葉を引いて「永久機関」のたとえが用いられていた。

 「もしわれわれが永久機関をもっているなら、物理学はないであろう」

 私が言っても、あまり説得力がないが、これがアインシュタインの言葉と聞くと、やはり意味合いが変わってきそうだ。
  • オルテガ・イ・ガセット 井上正 訳(1996). 大学の使命. 玉川大学出版部
    (初版は1968年)
 繰り返していうが、事柄はあきれるほど単純である。しかし否定されない事実である。希少性が経済活動の原理なのである。それゆえ、スエーデン人、カッセルは、何年か前、希少性の原理(el principio de la escasez)を出発点として経済学を新たに構想した。また、「もしわれわれが永久機関をもっているなら、物理学はないであろう」とは、アインシュタインのしばしば語った言葉である。同様に、極楽には経済活動はない、したがって経済学も存しない、といってよかろう。

 さて私は、教育に関しても、類似したことがみられると思う。いったい、何ゆえに教授活動なるものがあるのか。何ゆえに、教育学は職務であり、人間の大事な仕事なのであるか。
 (略)

 人が教育に従事し、教授を大事な仕事としているのは、実は味気ないほど単純な、哀れなほど平凡な理由によってなのである-すなわち、確実に、快適に、非難の余地なく生きてゆくためには、非常に多くの知識を必要とするが、青少年は限られた学習能力しかもっていない、というただこれだけの理由によってである。
(引用者改行)
もし少年期や青年期が、それぞれそれぞれ百年も続くものであるなら、またもし彼らが実際に記憶力、理解力、注意力を無制限にもっているなら、教授活動なるものはなんら存しないであろう。(pp.36-37)
太字は引用者による。
 永久機関が存在しないという認識。あるいは希少性。内田樹氏の言葉を借りるならば「埋めがたい欠落感」。何かに「欠いている」という感覚は、過剰に持ちすぎても白々しいが、それを持たない状態(いわゆる「欠如の欠如」)もまた危険なのだろう。

▼もともとは永久機関の話だったのに、話題がそれてしまった。
 本日記は、脈絡のなさではA級である(オチなし)。

読書メモ(ミニ):現代経済学の誕生

▼朝日新聞の書評で紹介されていた『現代経済学の誕生』が興味深そうだったので、購入。ケインズ以前の経済学の歴史をまとめた本である。実は、ケインズ以前に「冷静な頭脳と温かい心情」という言葉で知られるマーシャルという研究者がいたらしい(私も、この言葉は知っていたが、誰の言葉かは知らなかった)。
 購入のきっかけとなった朝日新聞の書評を引用しておこう。
 マーシャルの名は知らなくても彼がケンブリッジ大学教授就任の講演で語った「冷静な頭脳と温かい心情(cool head but warm heart)」を知る人は多いはずだ。ロンドンの貧民街で暮らす人々の悲惨な姿に心を打たれ、数学者から経済学者に転じたマーシャルは、20世紀の経済学に革命を起こすケインズを生んだケンブリッジ学派の始祖でもある。
http://book.asahi.com/review/TKY200606270380.html
▼ちなみに昨日、引用した「冷静なる情熱」のヘーゲルはドイツ。ヘーゲルを引いて「冷静なる論理(クール・ロジック)」と「冷厳なる意志(アイアン・ウィル)」(&冷静な情熱)の重要性を指摘したオルテガはスペイン。マーシャルからケインズに至る経済学の創始者は、ケンブリッジ学派と呼ばれる流派とのこと(言うまでもなくイギリス)。

 世の中の賢人の発する言葉は、どこか深層で共通しているのが興味深い。

▼さらにちなみに、江國香織と辻仁成の小説『冷静と情熱のあいだ』の舞台となったのは、ミラノである(言うまでもなくイタリア)。

 個人的には、「粋な頭脳と萌える情熱」あたりに関心がある。

 読書メモを書こうと思っていたのに、話がずれてしまった。
 最近読んだ新書の中では、読み応えがあってよろしいかと

読書メモ(断片):大学の使命

▼大学論では古典中の古典、オルテガの『大学の使命』を久々に読み直す。

 記憶が確かならば、私が本書を初めて読んだのは、大学2年生の頃だった。訳語が難解で(訳者には失礼だが、当時の私には、とても日本語とは思えなかった)、何を言わんとしているのか読み取るのに時間がかかった記憶がある。

 しかし、「冷静なる論理(クール・ロジック)」と、「冷厳なる意志(アイアン・ウィル)」について述べた箇所は、強く印象に残っていて、それ以降、「情熱」の重要性について話をする際に、少なからずこの2つを意識するようになった。

 いつも引用をしようとして、ページ数等を忘れてしまうので、とりあえずメモ。
  • オルテガ・イ・ガセット 井上正 訳(1996). 大学の使命. 玉川大学出版部
    (初版は1968年)
(略)ヘーゲルはその『世界史の哲学』の中で、歴史において意義深き事業を遂行せしめているものは、疑いもなく情熱であると明言しています。しかし彼は条件づけています-冷静なる情熱であると。情熱が単に凶暴な感情の逆上にすぎないなら、それは何の役にも立ちますまい。そんなふうにならだれでも激情的になれるでしょう。
(引用者改行)

しかし、批判的であると同時に創造的であるという情熱、あるいは、この世で最も冷たい二つのもの-冷静なる論理(クール・ロジック)と冷厳なる意志(アイアン・ウィル)とを、その中に投げ込んでも、なおかつ冷やされはしないほどの熱エネルギーを供給する白熱、このものを維持することはけっして容易なことではありません。
(引用者改行)

世に異なる、誤った、無気力な情熱は、反省的思考に近づくのを恐れて尻込みします。なぜなら、そういう思考にひえびえと接していると、凍死しはしないかとおびえるからです。それゆえ、真に高い創造的情熱の徴候は、その種の情熱が冷静な諸力と結合し、みずからを完全にしようと努め、その創造的エネルギーを失うことなく、反省的思考を容れてゆくところに認められるといわねばなりません。明晰な判断と平静な意志との節操に支えられた情熱は、まさにそこにあります。(pp.80-81)
(上記引用時の下線は、翻訳書では点線)
▼情熱もなければ、ロジックもない。意志もない。
 そういう「ない」「ない」「ない」的な状況をいかに打破するかが課題なのだろう。

 いないいないばー、とふざけてみたくなる今日この頃。

読書メモ(ミニ):新小論文ノート

▼毎年、この時期になると話題にしている記憶もあるが、好例の代々木ゼミナール(代々木ライブラリー)の『新小論文ノート(2007年度版)』を購入する。

 この本を読むと、前年度の小論文の入試傾向を把握できるのはもちろんのこと、「業界」のトレンドと言うか、「はやり」(すたり)を知ることができるのが最大のメリットである。

 評論入門としても、時事用語の解説集としても、あるいは高大連携を視野に入れる際にも、何かと役に立つ。

 受験生時代も含めれば、もう10年来の付き合いになるかな。

▼意外と知られていない、と言うか、あまり表向きには論じられない点ではあるが、ある大学のセンスというのは、入学試験問題(とくに小論文)に現れることが多い。

 確かに、受験生にとって「入学試験問題」は解答するものであって、論じる対象ではないし、解けなければ「意味がない」のは事実であろう。しかし、入学試験問題(のセンス)も、志望校選びの「基準」であって欲しいと思う今日この頃。

TSUBAME

▼出勤後、ほぼ毎日、定点観測しているツバメの巣がある。資生堂の新型シャンプー&コンディショナー「TSUBAKI」では、ゴージャスなモデルを取り揃えて一大キャンペーンを展開しているが、私的にはTSUBAKIよりも、TSUBAMEである。

 「日本のツバメは美しい」

 と、TSUBAKIのコピーをパクった後に、気づいたこと。

 実は、私は海外でツバメを目撃したことがないらしい。

 香港では、「ツバメの巣」(中華料理)を、よく見かけてはいた。しかし、ツバメの実体を見たことがなければ、日本と海外の比較ができないではないか。

 と、ここまで書いてさらに思ったのだが、そもそもツバメって、相当な距離を移動するのではなかったっけ…。

 と思って適当にぐぐってみたら、やはりそうだった。典型的な渡り鳥である。

▼中沢新一氏の『人類最古の哲学―カイエ・ソバージュ<1>.』を読んだことのある人ならば(あるいは、人類学に興味を持っておられる人ならば)、よくご存じかと思うが、ツバメは大変にシンボリックな生き物である。

 例えば(すべて中沢氏が引いている話だが)、日本が誇る神話『竹取物語』では、燕が海から陸にもってきた貝が、出産を軽くする効用があるとされている(かぐや姫が中納言石上磨足に対して望んだ貝のこと。「子安貝(こやすがい)」)。また、海外の民話では、燕が海から運んできた石は、眼の病気を治す力があると言われているらしい。

 その他、燕の巣にある貝もしくは、石についての神話・民話は多く、諸々を総合すると「燕の運んできた石には、女性のお腹に入っているものや、(子供)雛鳥の眼に入って病気をおこしているものを、外に連れ出す働きがある」(p.55)とのことだ。

▼ふむふむ。もしかしたら、「内」と「外」の境界を越えさせる(「子」や「子孫」は言うまでもなく)力がツバメにはあるのかもしれない。

追伸
 ツバメの巣(中華料理)を、どうやって量産しているかについてもついでに検索。
 ちと、かわいそうになってきた。

パークプレイス大分

▼連日の記録的猛暑の最中、大分市内では最大規模(?)のショッピングモール「パークプレイス大分」に、妻とお出かけ。車を持っていないので、当然、移動手段はバスである。大分トリニータ(サッカー)の本拠地となる九州石油ドーム(旧:ビックアイ)に隣接していて、大分市街から片道350円。ちょっとした遠足気分かもしれない。
  • http://shop.parkplace-oita.com/
何があるのかはネットでおおよそ下調べしていたつもりだったが、実際見て見みて、まあ、ごくごく普通のイオン(ジャスコ)系大型モールかな。

 中心部分には噴水や緑あふれる空間があって、ややアメリカ的なモールの雰囲気を演出しているかもしれない(私の言う「アメリカ」は西海岸をイメージしている。でも、ちょっと違うかもしれぬ)。

これと言って欲しいものはなかったのだが、お茶したり、日用品関連と、サンダルを買ったり、ビンゴゲームに参加したり(!?)と、まったりと一日を過ごして終了。

▼たまに来てもいいかな。今度は、サッカーでも見に来たいところである。

電子マネー

▼お仕事的関係で、電子マネーについて資料を集めようと調べ物。

 しかし、意外と、本としてまとまっていないらしい。電子マネーのマーケティング的活用(あるいは電子マネーの匿名性について)や、ポイント囲い込みについて、本格的に論じられても良さそうなのになぁ…。もしかしたら書籍ではなく、雑誌や論文を探さなくてはならないのかな。

  • 西垣 通・NTTデータシステム科学研究所 編(1999). 電子貨幣論. NTT出版
 東洋経済のバックナンバーを探してみるのも手かしら。

学習視点

▼先日、とあるお客さんとお話をしている時に、ふと、コンビニを例にした話が頭に浮かんだ。我ながら、いい喩えだなぁと自画自賛していたのだが(弊社比)、実は、出典は先日読んだ『キャリアデザイン入門Ⅰ』に含まれていた模様である。無自覚的模倣というのは、こういうことを指すのだろうな、と反省しつつ、驚いてみたり。
 学習視点というのは、同じ環境の中にいても、そこから何かを学び取ろうというスタンスを持つということであり、学習視点を持った人は、そうでない人と比べて吸収するものが大きく異なる。

 たとえば、コンビニエンス・ストアでアルバイトをしているとしよう。ある人は「商品を段ボールから出して棚に並べる力仕事」と認識しているかもしれない。しかし別の人は「商品の陳列を変えることでどのように売り上げが変化するのかをマーケティングの最前線で学習している」と思うかもしれない。同じ作業をしていても、この二人で吸収するものに格差が生まれることは容易に想像できるだろう。

 学習視点を持つということは、物事を前向きに捉えて、機会を活かして自己の変革につなげる究極の状態で、学習視点を維持している人はそれによってこれからの成長を約束されていると言ってもいいだろう。それほど身につけておきたい力なのである。(pp.133-134)
▼要は、日々学習する=学習視点を持つことが重要である、ということだ。何かから「学んでやろう」という、良い意味での下心(「野心」の方が適切なコトバかしら)がなければ、人は簡単に学ぶことなどできない。アルバイトをしていても、どんな仕事であっても、「その先にある何か」を視野に入れていなければ、ただの労働になってしまう。

 問題は、「その先ある何か」をいかに示すかだと思うのだが、なかなか、これを納得していただくのは容易ではないようである。

▼それにしても、『キャリアデザイン入門Ⅰ』『キャリアデザイン入門Ⅱ』はよくできた入門書である。これをテキストに、何か新しいことをやってみたいな。

身体論関係

▼先日、「視覚」に関して少し気になることがあって、身体論関係、とくに、メルロ=ポンティ関連の本をいくつかあさってみる。ついでに関連の新刊も発掘。
▼そういえば、前々からチェックしようと思っていた↓の存在を思い出す。  最近、あまり分野外の本を読めていなかったので、キャッチアップしたい。

掛け時計

▼職場に掛け時計がなくて、少々不便している。以前は、I.D.E.Ainternationalのカラフルな掛け時計を使っていたのだが、新しい職場の雰囲気にはあまり合わないので、自宅用にしてしまっていたのだった。

 今さら自宅にかけたものを職場に持って行く気にならないので、いくつか物色。うーん。迷うところである。やっぱり、もう一つ同じものを買おうかな…。と、私によくありがちだが、迷ったあげく、話が元に戻りそうな予感。

 無印良品の時計というのも芸がないし、かと言って、ふつーの時計では、面白くないし。

 要するに、私は迷うのが好き、ということらしい。

地産地消

▼そういえば、7月1日にエアコンを導入したことを備忘録的に書き記しておくのを失念していた。地産地消(電気製品の場合は、「地元で買って、地元で使う」の意味になるのか)を心がけているつもりなのだが、価格的魅力に負けてヨドバシカメラにて購入してしまったのだった。

 まあ、どこで買ってもエアコンの場合、設置業者は同じらしいし、この手の電気製品は Made in China がほとんどなので、良しとしよう(言い訳)。

▼野菜や魚介類、肉類に関しては、徹底して地産地消を心がけたいな。

テンピュール

▼京都へ出張(また出張ネタかというツッコミはなしね)。今回は出張先で、たまたまテンピュールのマットレスを経験する機会があった。実際使ってみると、かなり心地よい。私は、よほどのことがない限り、すぐ眠ってしまうタイプなのだが(相変わらずお気楽極楽である)、今回はいつにも増して、ぐっすり眠ってしまった。

 調べてみたら、置いてあったのは「オーバーレイ」タイプ(厚さ7センチ)。これだったら既存のマットも活かせるし、お値段も手が届かない値段ではない。ラディソン都ホテルのシーリー社のマットレス(知る人ぞ知る?)も、お気に入りなのだが、こちらは凡人に手が出せる値段ではなかった記憶がある。うーん。

 思い切ってなけなしのボーナスを投入するかな。

▼ちなみに、私は広義の「インタフェースデバイス」にはお金をかける傾向があって、パソコンのキーボードやマウス、モニタには、「これ」という定番品がある。文房具の類も結構、こだわる方らしい(試行錯誤の結果、棄てられたものも多数)。

 いい意味で洗練されたデバイス(あるいはデザイン)と日々、接していると、自分もいい「デザイン」ができる錯覚に陥りそうになるが、「錯覚」は錯覚に過ぎない。

アルコール摂取量半減

▼先月は上旬までストレスフル(?)な生活を送ってしまっていたためか、アルコール摂取量が日に日に増していたのだが、最近になってだいぶ落ち着いた。空き缶の量を見ても、家計に占めるアルコール係数(×エンゲル)を見ても、ほぼ半減以下である。これでスポーツを定期的にできるようになったら、より健康的なんだけどなぁ。

▼アンケートのお仕事に引き続き、統計の仕事が入ってしまったので、久々に入門書を物色。前から気になっていた『よくわかる心理統計』その他を購入。  先月は英語の文献を探す仕事があったのだが、同じような仕事が続くな。

市街散策

▼久々に落ち着いた日曜日だったので(今までは何だったのか、と問いたくもなるが、実際、何かしら忙しかったらしい)、妻と大分市街を散策。「あら、こんな所に、こんな店が」という発見もあった反面、お目当てのお店を探し当てることができず、方向音痴のひどさにあきれるばかりだった。もしかして、相乗効果というやつか!?

 妻から話は聞いていたのだが、UNITED ARROWSが路地に店舗を出しているとか(ストア内の出店ならともかくとして)、大分地元密着型(?)のカフェの数が意外と多いとか、その他もろもろ。美容室の数の多さも、聞いてはいたが、かなりのものだった。

 しかも、「ない」と思い込んでいたafternoon teaも、実はあったりして。
  • http://www.united-arrows.co.jp/
  • http://www.afternoon-tea.net/
 お店側の視点に立つと、実店舗を見た後に、該当サイト(Webページ)を見るっていうのも難ではあるが…。「転居先に店舗があるか否か」を自分で探そうと思わせる(ほどのブランドを確立する)のは容易ではないのかもしれない。

「へぇー」と「アハ」と「イヒ」

問題:トリビアの泉における「へぇー」と、茂木健一郎氏における「アハ!」(体験)と、一昔前の旭化成のコピーである「イヒ!」の類似点と相違点について考察せよ。

解答:「アハ!」と「イヒ!」は、ほぼ同概念。広告代理的的「ひらめき」という意味では、ほとんど同じである。調べてみたら、旭化成のイヒ!には、「Breakthrough」=「異質なものが一緒になると、もっとすごいことが起こる」 という思想が含まれているらしい。これを読んで、「へー」と思うのが、「へー」的な発想法である。以上、約150字。
 個人的には、「アハ」よりは、旭化成の「イヒ!」の方が好きだな。

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