自分の言葉
▼本日記(ブログ)では、繰り返し取り上げているテーマではあるが、「自分の言葉」を持つことの重要性と困難性を改めて考えさせられる。自分の言いたいことは、本来的には「他者に通じることば」でなければならない。そうでなけば、自分自身を説得できないばかりか(自分を説得するというのは奇妙かもしれないが、ごまかしではなく、正統な価値判断をするためには、根拠が必要だ)、独りよがりで終わってしまう。
結局は、内田氏が言う所の自分自身の「檻」(あいは「壁」と言っても良いのかもしれない)を越えない限りは何も得られないのかもしれない。
結局は、内田氏が言う所の自分自身の「檻」(あいは「壁」と言っても良いのかもしれない)を越えない限りは何も得られないのかもしれない。
自分が何を言いたいのかを知るためには「他人にも通じることば」を語らなければならない。それが「語法の檻」ということである。そして、「他人にも通じることば」というのは、その定義からして、「誰かがすでに言ったことば」、「その意味がすでに知られていることば」を組み合わせることでしか作り出せないのである。▼自分の言葉というものは(あるいは独自性を追求するということは)、他者の肩に乗っかって始めて可能になるものである。それを忘れてはならないはずだ。自分自身への自警も含めて、再度確認しておきたい。
その「檻」の中で私たちができるほとんど唯一の創造的なことは、自分ができるほとんど唯一の創造的なことは、自分が何か斬新なことばを語っているつもりのときにすりきれた常套句と繰り返しているという「病識」を持つこと、その兆候を吟味することで「私たちを閉じこめているこの檻の構造と機能」について主題的に考究することである。私はそう思う。(pp.40) 下線は引用者による
- 内田樹(2006). 態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い. 角川書店
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