私語についての一考察
▼(以下、意図的に文脈レスな文章。想像力で補完すべし)
なんちゅーか、「私語」の多さにあきれる今日この頃である。
しかも、注意できる立場の人が、それを注意しない。
実に悩ましい。
▼私なんぞ、よからぬ想像力が駆けめぐりやすいタイプの人間なので、過剰な注意は確かにできない。「暗い夜道で後から刺されちゃうかも」とか、「不幸のメールが毎日山積みになってしまうかも…」などと、危惧してしまうからだ。
それ故、私の場合、注意するにしても、「私語が多いと、リンダ困っちゃうぅ(死語)」的なギャグで、一気に、聞き手の力を抜くか(脱力系)、「話を聞いてもらえないとねー、おれってそんなにつまらない人間なのかと疑問になってね、夜眠れなくなっちゃうんだよ」と、自らのメンタルヘルスに訴えかける(ため息系)場合が多い。
その他、「私語」に対して私がとりがちな対応は…
(あるいはその結果)、
「怒鳴る」というのも、選択肢としてはあるのかもしれない。
▼話題はそれるが、睡眠も問題である。
睡眠者に対しては(睡眠は、「人に迷惑をかけていないから、問題ないだろう」という人もいるが、私の場合、話を聞いていない人の存在は、結果として、聞いている人の不利益につながることが多いので却下)、以下の対応が考えられる。
結論を先取りすれば、このような涙ぐましい(!?)努力をしているのである。まあ、その前に「魅力ある内容」にせい、というツッコミが先かもしれないが…。
▼話を戻そう。私が疑問でならないのは、何の因子によるのかは知らぬが、超越的な「何か」によって、眼前の「私語」が気にしない人種の存在である。仏の領域と呼ぶべきなのか、もしかしたら防衛機制として「私語」が無意識下に抑圧されるのか、あるいは何かしらの諦念なのか(学習性無気力?)、詳細は定かではない。
上記のように書くと批判をしているように読めるかもしれないが、批判をしたいのではない。内容それ自体には、さまざまな創意工夫をされているのはよく存じているからだ。
問題はその伝達(方法)であり、コミュニケーションのスタイルである。私なんかは、共振というのか、相互に響かないと(そういえば、サントリーウイスキー「響」は今年で30周年らしい)、そもそも何かをやろうとするモチベーションが湧かないんだけどなぁ。疑問が湧き出て止まらないのだが、とりあえずは飲んで考えよう(逃げ)。
追伸
逆の立場からすれば、「つまらない」なりに「楽しむ」方法を見つける必要もあるような気がする。資料の誤字脱字を見つけるとか(私もよくやる)、関連分野の本を読むとか、時間の有効活用法はいろいろある。
有意義に使わない限り、時間は失われていく一方である。
現状は、自分で変えようとしない限り変わらないはずだ。
なんちゅーか、「私語」の多さにあきれる今日この頃である。
しかも、注意できる立場の人が、それを注意しない。
実に悩ましい。
▼私なんぞ、よからぬ想像力が駆けめぐりやすいタイプの人間なので、過剰な注意は確かにできない。「暗い夜道で後から刺されちゃうかも」とか、「不幸のメールが毎日山積みになってしまうかも…」などと、危惧してしまうからだ。
それ故、私の場合、注意するにしても、「私語が多いと、リンダ困っちゃうぅ(死語)」的なギャグで、一気に、聞き手の力を抜くか(脱力系)、「話を聞いてもらえないとねー、おれってそんなにつまらない人間なのかと疑問になってね、夜眠れなくなっちゃうんだよ」と、自らのメンタルヘルスに訴えかける(ため息系)場合が多い。
その他、「私語」に対して私がとりがちな対応は…
(あるいはその結果)、
- 私語を傾聴、もしくは会話に参加(コミット系)→嫌われる可能性大
- 私語がおさまるまで、自分の話を中断する(沈黙系)→ちょっとこわい
- 歌う(歌唱系)(注:ちなみにこの技は、代ゼミの土屋氏(古文)、西谷氏(英語)から伝授された技である。何を隠そう、私も奥の手で一回だけ「小鳥の歌」を歌ったことがあったりする♪小鳥はとっても歌が好き~)→場合によっては「アンコール」が要求or一気に空気が冷却し、修復不可能になる。
「怒鳴る」というのも、選択肢としてはあるのかもしれない。
▼話題はそれるが、睡眠も問題である。
睡眠者に対しては(睡眠は、「人に迷惑をかけていないから、問題ないだろう」という人もいるが、私の場合、話を聞いていない人の存在は、結果として、聞いている人の不利益につながることが多いので却下)、以下の対応が考えられる。
- 「よく寝てますねぇ。思わずスリたくなりますね」(小遊三師匠系)→小遊三師匠を知らないとネタにならない。なお、これに続くギャグは、「私は、フラれたことはあっても、スラれたことはありません。むろん、スったことはありません」である。
- 「僕も寝ちゃおうかなぁ」(共感系)→場合によっては、ハラスメントにつながるので、十分に気をつけて発言されたい。
- 「寝る子は育つとは言うけどねぇ、育たないよねぇ」(嫌み系)→嫌われる
結論を先取りすれば、このような涙ぐましい(!?)努力をしているのである。まあ、その前に「魅力ある内容」にせい、というツッコミが先かもしれないが…。
▼話を戻そう。私が疑問でならないのは、何の因子によるのかは知らぬが、超越的な「何か」によって、眼前の「私語」が気にしない人種の存在である。仏の領域と呼ぶべきなのか、もしかしたら防衛機制として「私語」が無意識下に抑圧されるのか、あるいは何かしらの諦念なのか(学習性無気力?)、詳細は定かではない。
上記のように書くと批判をしているように読めるかもしれないが、批判をしたいのではない。内容それ自体には、さまざまな創意工夫をされているのはよく存じているからだ。
問題はその伝達(方法)であり、コミュニケーションのスタイルである。私なんかは、共振というのか、相互に響かないと(そういえば、サントリーウイスキー「響」は今年で30周年らしい)、そもそも何かをやろうとするモチベーションが湧かないんだけどなぁ。疑問が湧き出て止まらないのだが、とりあえずは飲んで考えよう(逃げ)。
追伸
逆の立場からすれば、「つまらない」なりに「楽しむ」方法を見つける必要もあるような気がする。資料の誤字脱字を見つけるとか(私もよくやる)、関連分野の本を読むとか、時間の有効活用法はいろいろある。
有意義に使わない限り、時間は失われていく一方である。
現状は、自分で変えようとしない限り変わらないはずだ。
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