読書メモ(断片):希望学
▼玄田有史氏の『希望学』を読む。二字の熟語+学関連の本としては、「安全学
」や「失敗学
」というキーワードと同じくらい私にとっては興味深い領域である。
▼本調査の主たる知見は、キャリア・職業選択において、必ずしも人は(小学生や中学生の時に抱いていた)希望をかなえられないこともあるが、しかし、希望をかなえることができなかったとしても、その希望に修正を加えていくことができれば「やりがいのある仕事」に出会うことができるかもしれないし、「幸福感」につながる可能性があるという指摘にある。玄田氏は「おわりに」で次のような要約をしている。
私自身、自分自身の「夢」や「希望」をリニアに(直線的に)実現させてきたわけではない。幼稚園の時は「大工」になりたかったらしいし、小学生の時は「宇宙飛行士」yや「天文学(者)」になりたいと本気で思っていた。そうでなくても宇宙関連の職業に就きたかった。これらが回り回って、今は教育関連で未来につなごうとしているらしい。
確かに、いくつかの逆境はあったし、現在のキャリアに関しても「一貫性がない」という指摘を受けることもある(私的には一貫しているつもりなのだが)。しかし、結果的は、「人生の修正プロセスを生み出すシーズ(根源)」としての希望を持ち続けることができたという意味では、運や偶然性も含めて私はとても恵まれていたのかもしれない。私としても、このような意味での「希望」の重要性は他者に伝えていきたいものだ。
- 玄田有史(2006). 希望学. 中央公論新社(中公新書ラクレ)
▼本調査の主たる知見は、キャリア・職業選択において、必ずしも人は(小学生や中学生の時に抱いていた)希望をかなえられないこともあるが、しかし、希望をかなえることができなかったとしても、その希望に修正を加えていくことができれば「やりがいのある仕事」に出会うことができるかもしれないし、「幸福感」につながる可能性があるという指摘にある。玄田氏は「おわりに」で次のような要約をしている。
なるほど。確かに、それを「希望」と呼ぶか呼ばないかは別として、何事も漸次的に「修正」を加えていく姿勢は重要だと思う。同じ希望を持ち続け、さらにはその希望を実現できる人は、才能や運に恵まれたごく一握りにすぎない。その意味で、多くの人にとって、真に効果的な希望についてのメッセージを送るとすれば、「希望は状況に合わせて修正していっていいんだよ、それが結果的にやりがいに出会う確率を高めるのだから」ということだ。
ただし、かつての希望が新しい希望に修正されるとき、そこには多かれ少なかれ、挫折を伴うことになる。挫折には何がしかの苦痛を伴う。しかし、そんな苦痛を乗り越えながら、自分が本当にやれること、そしてやるべきことを見つめなおし、軌道修正の行動をすることで、初めてやりがいに出会えるのだ。
希望とは、人生の修正プロセスを生み出すシーズ(根源)なのである。
(下線は引用者による)(pp.204-205)
私自身、自分自身の「夢」や「希望」をリニアに(直線的に)実現させてきたわけではない。幼稚園の時は「大工」になりたかったらしいし、小学生の時は「宇宙飛行士」yや「天文学(者)」になりたいと本気で思っていた。そうでなくても宇宙関連の職業に就きたかった。これらが回り回って、今は教育関連で未来につなごうとしているらしい。
確かに、いくつかの逆境はあったし、現在のキャリアに関しても「一貫性がない」という指摘を受けることもある(私的には一貫しているつもりなのだが)。しかし、結果的は、「人生の修正プロセスを生み出すシーズ(根源)」としての希望を持ち続けることができたという意味では、運や偶然性も含めて私はとても恵まれていたのかもしれない。私としても、このような意味での「希望」の重要性は他者に伝えていきたいものだ。
▼同様の問題はキャリアに限らないらしい。玄田氏は続けて次のように述べる。
何らかの挫折が、「修正」あるいは「希望」と関係しうる(金井先生風に言えば、「転機」につながるか)という指摘は、やはり傾聴に値する。ある程度の厳しい自己認識(逆境や挫折の原因は自分にあるのかもしれない、と思う気持ち)を前提として、それをポジティブな力(希望)に変えていくことは容易ではないが、重要なことだと思う。
ワンショットサーベイを元にした議論の荒さは目立つが、本書は、何かと考える契機となった本だった。
挫折や希望の修正を意味を持つのは仕事についてばかりではない。調査対象のうち、20歳代から40歳代の未婚者の過半数が、恋愛にも結婚にも希望を持っていなかった。そして恋愛や結婚を断念している男性の6割強が過去に失恋経験を持たなかったのである。データからは、失恋という挫折を経験していない人、「捨て身で恋をした」経験のない人は、恋愛や結婚にも希望を見いだせていない事実が浮かび上がる。ここに記されている「挫折」と「希望」と、「時間」に関する一文が身にしみた。
挫折と希望の間には、深い関係がある。挫折は、単に過去にした失敗という事実だけではなく、現在の自分から見てその過去の事実をどのように評価しているかという現在の言葉である。同じく希望とは、未来の目標であるだけでなく、現在の自分がその未来の実現をどのように評価するかという現在の言葉である。希望と挫折は、共に一定の時間軸のなかでの時運を表現する現在の言葉だ。挫折という過去の時間を語れる人が、未来の希望を表現する言葉を持つことができる。(下線は引用者)(p.205)
何らかの挫折が、「修正」あるいは「希望」と関係しうる(金井先生風に言えば、「転機」につながるか)という指摘は、やはり傾聴に値する。ある程度の厳しい自己認識(逆境や挫折の原因は自分にあるのかもしれない、と思う気持ち)を前提として、それをポジティブな力(希望)に変えていくことは容易ではないが、重要なことだと思う。
(注)ただし、上記の、恋愛に関する本研究の報告は、やや疑わしい部分がある(と思う)。恋愛経験があるならば(初恋の人との恋愛が継続していない限り)、必ずや「失恋」の経験を持つはずである。▼私流に言い換えれば、「失恋」にしても、相手が悪いと思っている限りにおいては、自身の成長はないはずである。自らの行動の結果(自発的行為の結果)、自らが失敗を引き起こしたという認識と、多少の時間的経過と、友人・知人など第三者のサポート。これが、健全な「希望」を生み出す原動力になるのかな、と思ってみたりする。
だとすれば、「失恋経験を持たない」は、「恋愛経験を持たない」に等しくなり、恋愛経験がない人が恋愛に希望を持てないのは、スキーを経験したことがない人が、スキー場での巡り会いを期待しないようなものではないか(違うか)。主体的挫折と失恋を重ねるならば、例えば「告白経験」の有無の方が適切だと思ってみたりする。
ワンショットサーベイを元にした議論の荒さは目立つが、本書は、何かと考える契機となった本だった。
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