読書メモ(断片):日本を滅ぼす教育論議
▼『日本を滅ぼす教育論議』を読む。各論(詳細)について言えば、同意しかねる部分も少なくないが、全体としては、大変にすぐれた議論である。苅谷氏の『なぜ教育論争は不毛なのか』や『教育改革の幻想』とはまた違った意味で、「教育」についての議論を進める上で、叩き台になりそうな本でもある。
こういう「当たり前」のことを考える上でも、本書は有意義かもしれない。
教育業界では「マーケット」というものの存在それ自体が、よく理解されていない(らしい)ということが分かっただけでも、私的には価値があった本である。
- 岡本 薫 (2006). 日本を滅ぼす教育論議. 講談社
- 苅谷 剛彦(2003).なぜ教育論争は不毛なのか―学力論争を超えて.中公新書ラクレ
- 苅谷 剛彦 (2001). 教育改革の幻想. ちくま新書
「サプライヤー・オリエンテッド」な発想▼全く、その通りである。上部と下部の引用では「サプライヤー」の定義が異なるが(前者では教員がサプライヤーに含まれているが、後者では、教員は消費者として見なされている)、言わんとしていることは同じである。両者とも、「顧客」を無視している。また、私が知る限りにおいても「ニーズ」を踏まえない議論が多いのが実情である。
こうした傾向のためか日本では、イデオロギーの左右を問わず、また、学力重視派か心重視派かといったことを問わず、教育に関する論議の多くがが、「学習者・保護者・雇用者」などの「教育サービスの消費者」側における需要から出発したものではなく、「教える側」(供給者=サプライヤー)の発想に立った、「サプライヤー・オリエンテッド」(供給者中心)のものになっている。
つまり、「子どもたち、親たち、雇用者は、何を欲しているのか?」ということではなく、「もっと○○を学ばせるべきだ」という議論がほとんどなのだ。要するに、「消費者のニーズ」が軽視され、それぞれバラバラの価値観を「正しいもの」として振りかざす人々によって、「べき」という議論が横行しているわけである。「世の中の人々のニーズに対応したら、教育は堕落する」といった非民主的で独善的なことを公言する学習・専門家も、いまだに少なくない。(pp.47-48)
(略)
マーケット内のニーズを直視しないという傾向は、しばしば「官僚の特性」として語られるが、教育の世界では民間企業も、皮肉なことに「教育の理想」なるものを真面目に(実は独善的に)追い求める企業ほど、「マーケットを見ない」という「サプライヤー・オリエンテッド」な発想に陥っている。例えば、学校教育の情報化が進み始めた時期には、教育用ソフトを開発していた企業の多くが、現場の教員や子どもたちのニーズを見ず、独善的な「使われるべきソフト」を作り続けていた。(略)
その結果、日本には「調べ学習用ソフト」は世界で最もたくさんあるが、教師や生徒の切実なニーズに対応した、各教科の日々の授業で使えるソフトは、皆無に近いという状況になっていたのだ。(pp.48-49)
注:著者は「詰め込み学習」に対する学習法としての「チャイルド・センタード・アプローチ」(いわゆる子ども中心)には批判的というか、「個々の子どもたち自身にとって必要な能力」(子どものニーズ)と、「国家にとって必要な能力」(国家のニーズ)を明確に区別するべきだと論じている(p.110)。これらは一見、上記引用と矛盾しているように思えるのだが、そもそもニーズが意識されていないのが日本の現状なのかもしれない。確かに、すべてのニーズを満たすのは容易ではない。万人にとって理想のスケジューラが存在しないように(例えば、月曜日始まりのカレンダーと、日曜日始まりのカレンダーは統一不可能だし、仕事重視の人と、アフター5重視の人ではかみ合わない)、教育の世界でも、多様なニーズを満たすのは困難である。しかし、もう少しユーザとサプライヤーの調整を図った方が良いはずだ。
こういう「当たり前」のことを考える上でも、本書は有意義かもしれない。
教育業界では「マーケット」というものの存在それ自体が、よく理解されていない(らしい)ということが分かっただけでも、私的には価値があった本である。
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