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読書メモ(断片):世界をよくする現代思想入門

▼たまには形而上学的なことでも考えようと(もっとも、そうは言っても形而下の物事も「見えて」いなかったりするのだが)、『世界をよくする現代思想入門』を読む。ざっくり説明しすぎている嫌いもあるが、章ごとの展開がうまく、かつ適度に断片的なためか、一気に読んでしまった。ちなみに「入門」と言っても、中級以上であろう。
 「世界をよくする」という観点を入れるだけで、現代思想に対するイメージが若干、変わってくるような気がしないでもない。「実践」とか「共同体」については、未だ、私も消化不足ではあるが、中盤以降それが正面から扱われていたのも参考になった。もっとも「共同体」についても、断片的過ぎるというかやや偏りがある嫌いもある。

▼こうやって説明できるのね、という意味で参考になった一文。
 今、瀕死の重病患者を目の前にしているとしましょう。医師Aは「この患者を死に至らしめている原因が明確になるまで、処置はできない」と言います。それに対して医師Bは「原因はどうでもいい。病変部だと思われるところがいくつかあるから、そこを切除しよう」と言います。そしてこの二人の立場は、「どちらも正しい」と言えるでしょう。しかし医師Cは「とりあえず病変部を切除しよう。そしてその後の変化を見て、原因の追及も同時に行い、原因が推定できたら、そのための処置をしよう」と言います。

 より単純化するならば、「構造主義」は「対処療法」です。つまり「とりあえず現在問題となっているものを改変すればよい」という立場です。そして「ポスト構造主義」はそのような構造主義の立場に対して「根幹治療」の必要性を説きます。つまりそれは「原因をつきとめる必要があるのだ」ということです。

 前の例で言うところの医師Cの立場が「二十世紀末に登場した」現代思想であり、前述したブルデューの立場です。それは「実践して初めて問題を明らかにすることができる」という立場です(後略)。(pp.128-129)
 構造主義とポスト構造主義、そして、ブルデューのような実践性を重視する立場の違いを、非常に分かりやすく説明している喩えである(もちろん誤解も招きかねないが)。「構造主義」や「ポスト構造主義」という言葉を知らなくても、その考え方がどちらも大切で、この両極の間に「実践」を位置づけると良さそうだ、ということはこの説明で十分に伝わりそうだ。こういう比喩というか喩えって、やっぱり重要ねー。

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