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読書メモ(断片):働く過剰

▼先日の読書メモ(ミニ)の続き。『働く過剰 大人のための若者読本』を再度読み返す。何度読んでも、大変に説得力のある本である。全体的に実証的データに基づいている点が説得力につながっているのだろう。よく読むと、一部、飛躍した記述も含まれるが、ある程度「飛躍」していた方が、「読本」としては効果的なのかもしれない。

▼マーカーや線を引いた箇所は少なくないが、とくに私が印象に残ったのは「あとがきにかえて」にある以下の記述だった。私もかねてから、新卒に「即戦力」を期待するというのは、過剰な期待に過ぎないのではないか?という懸念を抱いていたが、玄田氏が指摘する限りにおいては、これは「真実」らしい。少なくても本来必要な「即戦力」とは、一般に思われているような意味合いではないようだ。
 はっきりといっておきたい。まともな企業は大学を卒業したばかりの学生に即戦力など、まったく期待していない。不況下でも伸びてきた中小企業では、人材育成を重視するという共通した特徴が観察される。不況で「人を育てる余裕なんてない、これからは即戦力だ」などと口にする企業には、きまってその後に衰退が待っている。「即戦力がいる、けれどもお金は払えない」という企業に良い人材が集まるわけがない。

 中小企業だけではない。不況下でも過去最高の利益を上げ続けている大企業の人事担当者と話をしても、即戦力志向など、まともに取り合わない。変化の激しい時代には、たった四年やそこらで身につけた知識などあっという間に過去のものとなることを、まともな会社や人事はよく知っている。早く取っておけば一生安心なんていう資格など、どこにもない。
(略)
就職し、働き出すと、ほとんど毎日が「わけのわからないこと」だらけである。上司からの指示、顧客からのクレーム、会社の方針、商品やサービスの意味、それから自分が働いている意味…。そんなわけのわからない毎日に対して、「わからないから、やっていけない」と、途中で断念してしまうことが、個人にとっても、会社にとっても、最も避けたい状況なのだ。そんな「わからん」経験のなかで、自分なりに工夫し、パニックにならず、良い意味でウロウロできること。そんな「わからない」ということに対するタフネス(たくましさ)こそ、今も昔も変わらない、働くなかで最も必要とされる能力なのである。(pp.268-270より一部抜粋)
 私がとくに納得したのは、「そんな『わからん』経験のなかで、自分なりに工夫し、パニックにならず、良い意味でウロウロできること。そんな『わからない』ということに対するタフネス(たくましさ)こそ、今も昔も変わらない、働くなかで最も必要とされる能力なのである。」(p.270)という一節である。うーん。ガッテンである。

▼もしかしたら、自分に都合の良い箇所を引用、あるいは援用しているだけに過ぎないかもしれないが、私も、「分からなさ」に対する耐性、あるいは、「分からない」問題を前に、試行錯誤する力を身につけることほど重要なことはないと、最近、改めて実感するようになった(実際、働いてみると「わからん」ことだらけだからな)。最近、この意味をうまく言葉にできない状態が続いていたのだが、本書は非常に参考になった。

▼「即戦力」、あるいは「分からない」ことに対する耐性(試行錯誤の重要性)を身につけていくことの意味合いを、なんとかうまく他者に伝えていきたいところである。

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コメント

こんばんは。今日は、玄田有史先生の『働く過剰 大人のための若者読本』(NTT出版、2005年)を読んで、私が考えたことを書きたいと思います。
 玄田先生は、現在の若者を取り巻く状況について、過剰に即戦力を求める傾向、過剰に長時間働く傾向、過剰に働くことに絶望する傾向といった、様々な働くことに関する「過剰」があることを論じます。このような働く「過剰」に対して、どのように対抗していけば良いのか、玄田先生は論じていきます。

 私は『働く過剰』のポイントは、「働く若者を育成する自信」「希望」「ニート」の三つだと考えます。

 第一に「働く若者を育成する自信」について玄田先生は、まず、「「失われた10年」は若者を育てるということに社会を失っていった10年だった」(5ページ)と述べます。しかし、現在成長している企業は、人材育成に手を抜いておらず、ベテラン・中堅・若手がバランス良く構成され、その人らしさが尊重されることが、強く安定した組織をつくることにつながると論じます。次に、働く希望・自信を失っている若者に対して、放っておかず、適切な関与をしていく必要があることを論じます。

 第二に「希望」については、自分の希望をもち続け、状況に応じて、自分の希望を修正していくことができれば、やりがいのある仕事に出会うことができることが論じられます。そして、低所得階層の若者がやりがいや、希望を持てる仕事につけるための方策を模索していく必要があると言われます。

 第三に「ニート」については、働くことに希望を失った若者としてのニートは、仕事の意味を真面目に考えすぎたり、過剰に働くことで心身にダメージを負ってしまったりして、働くための希望や自信を失ってしまった若者たちであることが論じられます。
 そして、ニートを支援するために、働くためのリズムや、「ちゃんといいがげんに生きる」ことの重要性を、大人も若者も学んでいく必要があることが述べられます。

 この本での玄田先生の議論を踏まえて、私が考えたことを書きたいと思います。まず、玄田先生は、大人が若者を育てる自信を失っていったことを論じていますが、私は、学んでいこうとする若者も自信を失っているのではないかと思います。学んでいこうとする若者が自信を取り戻していくために、失敗体験や成功体験の積み重ねから学び、教師や先輩に引かれるだけではなく、自分の足で、自分の仕事道を進んでいこうとする意思を持っていく必要があると考えます。

 次に、若者が希望を持てる社会にしていくために、社会・組織の風通しを良くしていく必要があると思います。そのために、ベテランや若手、中堅がそれぞれの意見を出し合い、社会や組織の問題をひとつ一つ改善していくことが大切でしょう。

 そして、「ちゃんといいかげんに生きる」ことの重要性がもっと認識された方が良いと考えます。精神科医・作家のなだいなだ氏は、著書『教育問答』(中公新書、1977年)で、「ぼくは、極端を好まない。人間的な現実というものは、体温と同じで、中庸のところで安定するべきものだと思っている。高くなりすぎるのも苦しいことだし、低すぎても生きていけぬ。お前はなまぬるいとよく学生の運動家に非難されるが、そもそも人間の肌は、なまぬるいものなんだ」(98ページ)と論じていますが、自分の考えや立場を明確にしながら、人間が共生していける社会をつくっていくためにも、中途半端や曖昧とは区別された人間的で中庸な社会をつくっていくべきだと考えます。

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