9月総括
▼日記ネタとしては、今月は(も)貴重なコメントをいただくことができた。検索の
トラックバックは雑音(スパム)が多いので、これまた今後の課題である。コメントスパム対策は施したつもりではあるが、とりあえずは最新版にバージョンアップかな…。
▼その他、いまいち読書ネタが少なかったのと、メールのレスポンスが悪くなってしまったのが反省点。前者については「蓄積」が貯まってきたので、うまく活用したい所。後者については、土日を使って一生懸命メールしています。どうかお許しを。
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▼大阪出張。阪神優勝®の観察をしに行くため、ではなく単なるお仕事である。私は大阪の地理にかなり疎いのだが(注:東京の地理にも疎いし、そもそも私は方向音痴である)、今回も迷子になってしまった。
とくに見つけにくかったのはホテル。「8番出口」ってどこだよぉ…と地下鉄の中心で思わず叫びそうになったが、ぐるぐる回って何とか到着。東京(大手町付近)、名古屋(栄付近)に引き続き、地下道はトラウマになりそうだ。
▼都ホテルでディナーをごちそうになった。フォアグラ。ありがたいことである。
▼阪神は無事、勝ったらしいが、夜はテレビを見るまでもなく原稿書き。
治療中のことは思い返すのも嫌なので省略。だんだん医者がこわくなっていったのが印象的だった。助手に「もってこい」はないだろう。そもそも私の虫歯が進行していたのが難点だが。▼帰宅後は、麻酔が切れた後にビビリながら(だって脅かすんだもん)、珍しくアルコールを控え(当たり前か)、夕食も食べる気もせずに早めに寝た。後悔すべきことはたくさんあるが、夕食を食べてから歯科に行けば良かった。否、5年前、ちゃんと治療をしておけば良かったと思う今日この頃。ま、後悔役に立たずではあるが。
▼9月23日~25日の記録
所用で、徳島へ出張。日々、地味に生きることが私の人生のプチ目標でもあるので、今回も地味な出張になるように努めた。最後のご当地ラーメンと言われているらしい徳島ラーメンを食したり、うどんを食べたり、新鮮なお魚をいただいたりと水面下で楽しんだつもりである。関係各位にはお世話になったが、お詫びすることの方が多いかもしれない。懲りずによろしくお付き合いいただけると光栄です。
▼お仕事的関係で、「表現」だとか「図解」関連の本を何冊か物色する。この手の分野はD.A.ノーマンの『誰のためのデザイン?』や『人を賢くする道具』で事足りる気もしないでもないのだが、最近出ている本は具体例が豊富なのが良いかもしれない(具体例くらい自分で考えろ、という気もするけれど)。
言うまでもないが、「表」の重要性を指摘するにも、実際、「表」を示しながら例示するか否かで、説得力は全く違う。あるいは、文章を書く際にも、図的表現を使うか否かでは、かなり効果は違ってくる。しかし、このような「当たり前のこと」を、自分で実行するのは意外と難しい時もある。特に文章を書く際など、「自分」中心になりがちだしな。
さらにいえば、「当たり前のこと」をきちんと実行している人(や組織)を、いかに「評価」するかも難しい問題である。通常、例えばコンセプトが分かりにくい商品は、市場で淘汰されるはずだが、必ずしも淘汰されにくい領域があるからなぁ(意図的に難解に示す、ということが効果を持っている場合もあるのは事実だが)。
▼と、前置きが長くなったが、見た限り、藤沢晃治氏の3部作が、内容としても値段としても人に紹介するのには良いかな、という気がする。とくに、「違反例」と「改善例」が具体的に明示されている『「分かりやすい表現」の技術』は、チェックリストも充実しており入門書としても良さそう。
私が、『「分かりやすい表現」の技術』の中で、これは使えそうだな、と思った例は以下の2つである(これら以外にも、独自の例示が多く、参考になる)。
違反例:電話帳機能と親子間通話機能は、すべての機種SX-05、SX-50、SX-550に装備されています。SX-50とSX-550はさらにナンバー・ディスプレイ機能にも対応しています。最高級モデルのSX-550には、盗聴がほぼ不可能といわれているデジタル子機、また電話番号を2つ使えるダイヤルイン機能にも対応しています。
改善例:違いが分かる表示
SX-05 SX-50 SX-550 電話帳機能 ○ ○ ○ 親子間通話 ○ ○ ○ ナンバー・ディスプレイ対応 × ○ ○ ダイヤルイン対応 × × ○ デジタル子機 × × ○
この事例は日常的に目にしているだろうカタログが例になっていて、「表」を用いることの重要性も分かりやすく伝わりそうである。あるいは、「説明」の際の表記の違いが、「理解」とも密接に関係していることを伝えるには以下の例も良さそうだ。
違反例:"neither"で二つの単語を結ぶ場合、接続詞は"or"ではなく"nor"を使う。したがって、"Neither you or I am responsible for it."は誤り。また、動詞は、"nor"で結ばれた二つの主語のうち後者に一致させる。したがって、"Neither you nor he have seen her lately." は誤り。
改善例:
誤:Neither you or I am responsible for it.
正:Neither you nor I am responsible for it.
(Neitherには、接続詞norを使う。)誤:Neither you nor he have seen her lately.
正:Neither you nor he has seen her lately.
(動詞は直前の主語に一致させる。)
一つひとつを見れば当たり前のことだが、表現の重要性を意識していないと「違反例」を量産してしまうことになるんだろうな。
その他の本で、良さそうなものがあればまた取り上げたいところだ。
▼人に統計を学ぶ重要性を伝える時、私は河合隼雄氏が言うところの「エゴ・ストレングス」(一見、役に立たないように見えるが臨床家としての自我の成長に役立つ)を例に出すことが多い。しかしながら、その前提となる数学の重要性については、「論理的思考力」が身に付くといった文脈でしか語ってこなかった。
しかしである。最近、たまたま手にした『テレビゲーム時代の子育て』を読んで、「あいまいさに耐える力」というのも確かに、数学を学ぶ一つのメリットなのかな、と思うに至った。印象に残った一文を、引用してみよう。
(略)子どもがわからない文章問題があった場合、その問題を、いくつかに分けたり、レベルダウンしたりして、子どものできる問題にして再提示します。(略)その計算の途中で、子どもが「ここまで合っている?」と聞いてきたとしても「終わりまでやってから見るね」とやんわり断ります。子どもは計算しながら途中で正しいかどうか不安なのです。もし、途中で聞かれたとき「正しいよ」と答えて安心させると『その不安に耐える力』がつきません。
そのようにして、算数の学習の中でも、解き方が正しいかどうかわからないけれど、先に進めていく力、すなわち『あいまいさに耐える力』をつけていけるのです。このような指導を受けていくと、子どもたちは、いくつかの解き方を試み、しかも、その過程をノートに残しながら試行錯誤するようになっていきます。(略)(pp.54-55)
なるほど。「あいまいさに耐える力」とは、確かにその通りかもしれない。これも河合隼雄氏の言葉だが、「葛藤保持力」に近い考え方かもしれない。葛藤保持力の場合は、何らかの悩みに対して早急に結論を出さないという点に力点が置かれていたと思うが、数学のような問題解決にも同じようなことが言えるというのは、プチ発見だった。
常識的なことかもしれないが、私的には、意外と「盲点」だったのかも。
なお、著者は上記のような指導法を「カウンセリング的学習指導」と呼んでいる。

ポポー:ポーポーとも。北米南東部原産のバンレイシ科の落下中高木。自生地では下線の低湿地などにはえる。日本には明治時代に渡来したが、家庭用果樹にとどまった。(略)果実はアケビに似た形で秋に収穫。果肉は柔らかくて甘く、特有の強いかおりがある。とのことである。ふーん。「特有の強いかおり」というのは、確かにその通りなのだが、「特有」過ぎて、他に例えようがないのも難点である。
一九八〇年代後半に松下電器が家庭用自動パン焼き器を開発したときの大きな問題は、熟練パン職人が持つ本来的に暗黙知であるパン生地を練るプロセスをどう機械に乗せるかであった。熟練職人の練ったパン生地と機械で練ったパン生地をX線にかけて比較したが、有意義なヒントはなに一つ得ら上の引用には、若干の説明が必要かもしれない。「暗黙知」とは、言葉にしがたい知識、あるいは身体的な知識のことである。私たちは《語ることができるより、より多くのことを知っている》と言われる(マイケル・ポランニーの概念である)。例えば、自転車の乗り方、泳ぎ方、口笛のふき方などが典型だろう。れなかった。たまたま、ソフトウェア開発主任の田中郁子が、大阪コクサイホテル(原文ママ)のパンは地域でいちばんおいしいことを知っていた。そこで、練りの技能という暗黙知を手に入れるために、彼女と数人のエンジニアが自ら同ホテルのチーフ・ベーカーに弟子入りした。チーフ・ベーカーのと同じくらいおいしいパンを作るのは容易ではなかった。だれもその理由を説明できなかった。しかし、ある日彼女は、チーフ・ベーカーがパン生地をただ引っ張るだけでなく「ひねり」も加えているのに気がついた。それが、おいしいパンの秘訣だったのである。こうして彼女は、チーフ・ベーカーの暗黙知を、観察、模倣、訓練によって共同化した。(p.94)
- 野中 郁次郎・竹内 弘高(著)梅本 勝博 (翻訳)(1996)
知識創造企業. 東洋経済新報社
頭がよくて、そうして、自分を頭がいいと思い利口だと思う人は先生にはなれても科学者にはなれない。人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者にはなれるのである。しかしそれだけでは科学者にはなれない事ももちろんである。やはり観察と分析と推理の正確周到を必要とするのは言うまでもないことである。頭の悪さに関しては一流なのだが、観察と分析と推理に難があるのが難だ。
つまり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならないのである。
この事実に対する認識の不足が、科学の正常なる進歩を阻害する場合がしばしばある。これは科学にたずさわるほどの人々の慎重な省察を要することと思われる。
注1:余裕があれば、出張ついでに飲みに行ったり、観光へ行くこともあろうが、「ついで」が多いと、目的が逆転しているようにしか見えないものである。しかし、私が日常会話や日記でネタにしうるのは常に「ついで」方だだ。それ故、「ついで」しか語らない私は、よからぬ誤解を受けることが多いらしい。誤解はコミュニケーションにつきものだが、私は「税金の無駄遣い」に口やかましいので、誤解は可能な限り避けたいのだった。言い換えれば、出張へ行ったこと自体を「ネタ」にしたい気分なのである。しかし、だ。すべてを「ネタ」にすれば済むような情勢ではないようだ。私にとっては、何らかの出来事を「ネタ」にすることは(話題を、第三者に語ったり日記にまとめることは)、自分自身を冷静に吟味したり、他者の視点に立って否定と肯定を裏返すための手段なのだが、世の中的には、そうとも言えないような状況になっているらしいからだ。
(略)代わって登場するのは(注:現代な消費に代わって)、「ネタ消費」とでも呼べる事態だろう。誰かが良いと言うからではなく、そうしたコミュニケーションも含めて、自分にとって「ネタ」になるかどうか、再帰的な自己モデルを維持するに足る材料となりうるかどうかが、消費の鍵となる。「再帰」的というのは、「私は私」であるという主張を、他者をよりどころとすることなく規定しようとする試み、あるいは、私は「他者にとっての私」の集合に過ぎないという考え方のことである。「振り返る」の用法が、私と著者で異なるが、著者の場合、出来事は自分自身を他者に呈示するための(示すための)手段に過ぎないと思われる。
たとえば大学生などに対して携帯電話の利用行動を調査すると、カメラ付きケータイで撮影した画像は、誰かに添付してメッセージを伝えるというよりも、今の自分の状態が「ネタになるから」メールに添付して送るとか、一人の時に眺めながら過去の自分を振り返るために利用されていることが多い。こうした行動が、前章までに説明してきた自己モデル、つまり「反省」ではなく「再帰」的な運動によって駆動されていることは、言うまでもない。そこに存在するのは、データベースからのネタの引き出しによって自足するというコミュニケーションの様式なのである。(p.157)(下線は引用者による)
- 鈴木 謙介 (2005). カーニヴァル化する社会. 講談社
人材マネジメントの世界では、人材を求めるにあたっての必要な情報開示を、Realistic
Job Preview(RJP)あるいはRealistic Organization Preview(ROP)と呼ぶらしい。この分野の入門書である守島先生の『人材マネジメント入門』によればRJPやROPの基本的な考え方は、仕事(JOB)や組織(Organzation)について、「いいことも、悪いことも、丸ごと伝える」ということになります。言い換えれば、情報を白黒あわせてすべて伝える、ということです。(p.47)と説明されている。「いいことも、悪いことも」や「白黒あわせて」、という点が重要だろう。これは確かに、見逃されがちな視点である。
- 守島 基博 (2004). 人材マネジメント入門. 日経文庫
(1) 入社後の役割や仕事内容が、明確化され、過剰期待を軽減し、入社後の幻滅を取り除く(ワクチン効果)確かに、過剰な幻想を抱かせなければ、「こんなはずじゃなかった!」感も生じないし、幻想を抱く人は他に流れる。しかし、「悪いこと」を、単にネガティブな情報としてではなく、適切に人に伝えるのは容易ではなさそうだ。
(2) より主体的な意思決定を促し、入った組織のコミットメントを高める(コミットメント効果)
(3) 応募にあたって自己選択を行い、自分にフィットした仕事だけに応募する(スクリーニング効果)
Webページなんかも、こういう視点で見直してみるといいのかも。神戸大学の社会人大学院の講義で経営管理論や組織論を担当するとき、わたしは、初期のセッションで、自社の会社案内のクリティーク(批判)をおこないつ つ、自己紹介と自社紹介をやってもらうことがある。そのときのチェックポイントは、(1)間違ったこと、嘘は書かれていないか、(2)大事なことで述べら れていないことはないか、(3)もっとリアルに会社の姿を学生に示すには、どのようにパンフレットを作りなおしたいと思うか、の三点である(思わぬ発見が あるから、読者もぜひ、ひとりだけではなく職場の仲間を巻き込んで、チェックしてみてほしい。(p.172)
- 金井 壽宏 (2002). 働くひとのためのキャリア・デザイン. PHP新書
(注)金井壽宏先 生曰く「偽ったことを語るという文字通りの嘘を「黒い嘘」というのに対して、大切なことを故意に語らないことを「白い嘘」(M・スコット・ペックの造語だ と思われる)」というらしい。パンフレットのようなものには本当の嘘は書かれていなくても、「白い嘘」はあるかもしれない。白い嘘をつかないように気をつけなくっちゃね。

この転用は、強引な気がしないでもないが、なんとなくそう思えるのも、神話のパターンの奥の深さを物語っているのだろう(「普遍的」とはまたニュアンスが違う)。
- (1)故郷を離れて旅に出る=日常生活から離れて、論述を「面白く、ためになる」もにするため。
- (2)仲間が加わる=主張を補強するため。
- (3)敵が現れる=主張したい概念の性格を明確化するため。
- (4)敵との間で最終戦争が行われる=主張と反対論のどちらが正しいかを示すため。
- (5)故郷へ帰還する=一般理論を現実に応用するため。
- 野口悠紀夫(2002). 「超」文章法. 中央公論新社
p.82の内容に編集を加えた。
(注1)自律訓練法とは、緊張やストレスなどによる身体症状を緩和し、心身共にリラックスを図るための手法のことだ。リラックスした姿勢になってから、「気持ちが落ち着いている」「右腕が重たい…」「右腕が温かい…」「心臓が規則正しく…」「お腹が温かい…」といった基本公式を唱えていく、いわば自己催眠術。間違っても、「心臓がかゆい」とか「お腹がたるんでいる」などといった邪念を浮かべてはいけない。私にとっては、自律訓練法は睡眠訓練の場だったなんてことは口が裂けても言えない。▼「将来、何が役に立つか分からない」と言う指摘は、将来はもちろん「今、何をやったら良いか分からない」という人に対して、意味のあるメッセージではないかもしれない。しかし、「分からなさ」を力に変えたいところだ
(注2)私が行っていた大学の体育では、毎回の授業内容がすべて選択可能だった。私が良く選択していたのは、「自律訓練法」「卓球」「ゴルフ」「気功」。妙な科目名が多いが、総じてのび太系科目、すなわち運動量が少ないのが特徴だ。これに、「あやとり」があれば完璧だった。
(注3)だって、お金が欲しかったんだもん友人から頼まれたから断れない性格だからな。ちなみに成績は良(B)だったらしい。
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