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読書メモ(断片):「考える」ための小論文

▼先月に引き続き小論文本を読み直す。「小論文(論文)の書き方」のような、ある種、基礎的=一般的=普遍的なスキルを、人に伝えるにあたって気をつけなければならないなと思うのは、「原典」(参照元)を忘れてしまうことである。

 私は、元来、自然科学の領域以外では「オリジナリティ」という言葉をあまり信用しない性格なのだが(オリジナルをたどっていくと、ギリシア時代以前にたどり着いてしまうことが少なくない)、先人に対する畏敬の念は、大切にしたいと思っている。

 しかしである。改めてさかのぼってみると、人の「ことば」をあたかも、自分の言葉のように話していることが少なくないことに驚かされる。論文の書き方について言えば、私がちょくちょく使っている図は、実は、『「考える」ための小論文』で紹介されている図とほとんど同じだった。時期を考えれば、どう考えても本書が先。
▼パクっていたという気もしないでもないが、概念を扱っている以上、同じ結論にたどり着くと考えたい所である。言うまでもないが、「具体」と「抽象」、「私(自己を含む)」と「世界(他者を含む)」という概念は、言葉と切り離せない訳だしな(言い訳か)。

 しかしながら、次回、触れる時には、本書を参照しておきたい(なお、本書のさらなる参照元を辿ろうとすると「哲学」の世界に踏み込むことになる。結局は、たどっていくとギリシア時代、あるいは人類学的な考察にたどり着くのかもしれない)。

 以下、メモ。
言葉はどのように紡がれるのか
(略) こういう図(注:下の2×2のマトリクスのこと)は学者の論文でもテレビのバラエティーでもよく使われるものだから見たことのある人も多いだろう。人間やものごとは基本的にこうした相反する要素を含んでおり、それらの絡み合いとしてものごとをつかまえ人間をつかまえるとき、こういうふうに整理することは、ある程度、有効だ。
具体的・現実的
世界 (2) (1)
(3) (4)
抽象的
 (1)の部分は、私たちが直接経験している、あるいは今まで今まで経験してきた自分の身体のまわりの具体的なできごとの世界。言い換えれば自分だけの現実世界。そして(2)の部分は、私たちからは遠い、世の中や世界の具体的なできごとの世界。私たちは、知識や情報としてそれを経験する。ここは、他者と共有している世界であるとも言える。(略)

 (3)の部分は、人間や世界にまつわる、抽象的な理念や概念の世界。神、真理、正義といった大きな理念だけでなく、精神の豊かさとか、まっとうさというような言い方もこの世界の言葉である。
(略)人は、(3)の世界を、いわば参照することによって(2)の世界を確かめることができる。この(3)の世界の言葉は、本来(2)の世界にもとづいてできているのだが、現に生きられている世界が絶え間なく変化し、人間の生の在り方も変化しているから、現実から浮いてしまい、言葉としての有効性を失う危険をつねに持つ。

 (4)の部分は、「私」なるものをめぐる、抽象的な概念の世界。「自己」とか「自己同一性」とか「身体」というような概念だけでなく、「元気」とか「頑張る」というような表現も、じつはここに属する。また、(1)と(4)との関係は、(2)と(3)との関係と同様なものとしてイメージできる。人はこの(4)の世界で成立した言葉を自己の内面に植えつけて信じたり、その言葉を自分の内面に照らし合わせて疑ったりする。つまり、(4)の世界のさまざまな言葉によって、人は「自分」をつかまえ直す。
(略)
 出発点がどこにあろうと、重要なのはこの四つの部分を動き回るように、ただし、静かに丹念に言葉をつないでいくことだ。論文というのは、(1)や(2)の部分を足場として、(4)や(3)の部分で「自分なりの言葉」を成立させようとする営みだが、(3)や(4)で、きちんと精密な思考をめぐらすことが、まず難しいことであるうえに、抽象的な言葉を使って思考するとき、(1)や(2)の具体性から浮き上がらないようにすることも、また難しい。
(pp.119-121より部分的に抜粋。なお、原著では、引用部(1)~(4)の部分は、Ⅰ~Ⅳの表記になっている。本引用では、機種依存文字のため数字に置き換えている。表の見かけは大幅に異なる)
 私は世界といかに関係づけられているのか、あるいは、世界にとって私はどのように位置づけられるのか。私にとっての・他者にとっての具体的な経験は果たして、何の意味があるのか。あるいは、具体的な経験はいかに他者と共有しうるのか。そもそも現実とは何なのか。抽象的概念に惹かれたり、あきれたりするのは何故か。

 そうやって、ぐるぐるぐるぐる考えているうちに(あるいは考えるのを放棄しているうちに)、眠りにつき、気づいたら明日になっている。

 たぶん、私にとっての人生というのはそんなものなのだろう。

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