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読書メモ(断片):教育研究のメソドロジー

▼『教育研究のメソドロジー』を読む。専門書かな、という気もしないでもないが、なかなか意義深い本だったのでメモをしておく。
 引用部分は、志水宏吉氏による「エスノグラフィー」の解説(4章)。「どうすれば、明確な問題意識、適切なリサーチ・クエッションをもつことができるのか。」について、参考になりそうな一文である。「こだわり」と「先行研究」を見よ、と言うサジェスチョンは、言い換えれば「自己」と「他者」の両者に目を向けよ、と言ったような意味なのかもしれない(歴史性とも、継承性とも、コンテキストとも言い換えられそうだ)。
 こうした自らの経験を振り返ったとき、「問い」(=リサーチ・クエスチョン)というものの決定的な重要性に気づかされる。すなわち「何のためにフィールドに入るのか?」、「どういう問いに答えるためにエスノをやるのか?」ということが、はっきりしていなければならないのである。逆に、明確な問題意識があるなら、極端にいえば、そのフィールドワークの成功は、半分は約束されたようなものである。

 では、どうすれば、明確な問題意識、適切なリサーチ・クエッションをもつことができるのか。差しあたり指摘することができるのは、以下の2点である。第一に、自分自身の「こだわり」に気づくこと。第二に、できるかぎり広い範囲の先行研究にあたること。

自分自身の「こだわり」に気づくこと(見出しは引用者)
 自分自身のこだわりに気づくこと。教育研究を志す人の多くは、個人的な教育体験をベースにして自己の問題関心を育んでいる。というか、個人的な経験に根ざさないような問題関心は、果たして長続きするのだろうかという疑問が私にはある。人には「こだわり」があるからこそ、調査研究に着手できるし、長期にわたるフィールドワークを継続することができる。別に何の「こだわり」もないという人は、フィールドワークに入るべきではない。「しんどい」だけだからである(略)。

広い範囲の先行研究にあたること(見出しは引用者)
 先行研究にあたることは、自分の「こだわり」を、学問上の明確な問題意識や適切なリサーチ・クエスチョンに彫琢(注:ちょうたく)していくうえで、大きな役割を果たす。先行研究のレビューは、学問の世界において、何が、どのように問題とされてきたかを、はっきりと解きあかしてくれる。本や論文を読むことで、人は、自分自身の経験や「こだわり」に、コンテクストを付与することができる。「ああ、私の経験は、こういう意味をもっていたのか、こんなふうに解釈することができるのか。」このような思いを抱いたことがある人は多いのではないだろうか。

 いま一度いうなら、「納得できる問い」をもつこと。それができない人は、エスノグラフィーをすべきではない。また、したとしても、決して満足のいく成果を得ることはできないだろう。(pp.145-146) 太字部分は引用者による。
 この解説は、いわゆるエスノグラフィー(エスノとは、著者曰く、「『異文化』を、自らの属する文化を共有する人びと(=読者)に理解可能なかたちで提示しようとする営為」(p.140)のことを指す)のみならず、どんな方法論にも該当すると思いたい。

 こだわりがあっても先行研究の検討に欠いていれば、逆に、先行研究をよくまとめていたとしても、自分自身の思い(あるいは「想い」)に欠いていれば、それは読み手にとって価値あるものになる可能性は低い。このバランスの重要性をいかに第三者に伝えつつ、自分自身、いかにこのありようを保っていくかは、難しい問題だ。

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