▼私の雑談ネタ定番、「わたしゃ、学生時代、ちーっとも大学の講義に出ていなかった」という話で盛り上がる。何せ私が、本気で大学の「講義」を受けようと思ったのは大学の3年になってから。大学3年までは授業のグループワーク等で一生懸命になることはあっても、講義なんぞ自分にとって意味があるとは思えなかったからな。
それよりも、グループワーク(グループ学習)で、人とディスカッションをしたり、本を読んだりする方が少なくても、当時の私にとっては楽しかった。そもそも、本気でやろうとすれば、少なくても当時の私は、一つ、二つの授業が限界だったと思う。
▼最近、楽勝科目をなくそうという動きがあるらしいが(
朝日新聞記事)、いわゆる楽勝科目がなければ、いわゆる「演習」や「実習」科目、あるいはグループ活動を伴うような授業は、なかなか成立しないような気がする。
ただでさえ出席管理が厳しく(講義に出なければならない)上に、すべての授業で演習や実習、またグループ活動が行われたら体が持たないではないか。
▼私の授業は、人によっては「鬼」らしいのだが、これがある程度成立するのも、他の授業の負荷が相対的に小さいからである(それでも負荷が大きい方だと思うが)。もしもっと他の授業で

課題が出されていなければ、私は、もっと負荷を課すだろう。
授業で課されたグループワークで朝まで話し込むとか、無意味に徹夜するとか、そういう経験が大学生活に絶対的に不可欠だとは確かに言いにくい。しかし、一部の業界(私が知る限りではコンサルティングや、放送業界や出版業界、あるいは一部のエンジニアなど)で求められるよな「えぐい」が、しかし「やりがいのある」経験を積む必要はあるはずだ。
もちろん、一つもそういう場(授業)がなければ、それはそれで問題だが、やろうと思えば、いくらでも奥深く学べるのが「大学」という場である。○×(教員名)のせいで「ほとんど寝てない!」という言葉を、ぜひ自慢げに人に言えるようになって欲しい(いずれ恥ずかしくて、そんなことを人前で言えなくなってくると思うが)。
授業の手を抜いてアルバイトに精を出すのも良い。しかし、その場合は、そこから何を「学んでいるのか」を、人に説明できるようになって欲しい。
▼私自身は「未来を創る」ことができているのかよく分からないが、少なくてもそういう人を育てたい、と思っている今日この頃。
というわけで、私の日記をご覧になっている顧客の皆さま。
日記を読むのは、あくまでも「気分転換」で、やるべきことをやってくださいませ。
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