▼移動中、東大教授の通信簿 を読む。
本書は、いわゆる授業評価をネタにしたもの(注:授業評価というのは、学生が

個々の授業を「評価」できるようにした制度のことである。多くは学期末に行われ、教員の声の聞き取りやすさ、板書や、難易度、内容面など項目は多岐にわたることが多い)。
著者の文体については、いくつか思うところはあるのだが、編集者に由来する部分も多そうなので、「敢えて述べない」とだけ書いておく。それを差し引いても、全体としては、なかなか有意味なネタが多かった。
ただし、最初にお断り。本書には、興味深いデータが多く紹介されているが、微妙に著者にとって都合の良いデータである可能性は注意しておいた方が良さそう。
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「研究業績」と「教育の上手下手」の関係
最も興味を引かれたのは、「
研究業績」と
「教育の上手下手」の関係である。
紹介されている結果は、東京大学全体を代表するものではなく、「広域科学専攻教員」の3年間の英文原著論文と、「学生による授業評価」」の総合評価平均得点との関係に限られているのだが、以下のような「予想に反する」結果になったらしい。
この結果は予想に反するもので、研究業績と教育の上手下手には相関がないか、あったとしても逆相関ではなく、正の相関らしい、というのです。つまり、研究を一生懸命やっている教員は、教育にも熱心だ、ということになります。この逆を考えると、恐ろしいことになります。(p.146)
著者は、この結果を意外に思っているようだが、私の経験としては、すぐれた研究者の多くは、すぐれた教育者である可能性が高いような気がしている(違う?)。
でも、こういうデータってあまりお目にかかることが少なかったのは事実。確かに、明確な相関は出にくいだろうし(研究業績というものをどう評価するかによっても異なる)、因果関係を探るのはもっと難しいが、こういう視点の研究は興味深そうだ。
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年齢と授業評価の関係
もう一つは、以前もネタにしたことがあるが、
年齢と
授業評価の結果の関係。
「理系」と「文系」で違いがあるらしい。
理系教員に限って言えば、
教員の年齢が上がっていくにしたがって、同じ内容を教えていても学生から見ると授業が難しくなっているらしいことがわかってきました。(p.107)
著者の考察によれば、「難しい言葉を使う」「ことさら難しい例を教える」「講義中、気を休める時間がない」「字体が旧字」「顔が難しい」などの理由がありそうだ。しかし、実際の所はよく分からない模様である(そこまでデータ取れないしな)。
熱意や、総合評価についても同様に年齢とともに評価が下がるらしい。
高度な内容を、レベルを落とさずに、分かりやすくする技術というのも重要だと思うがう(注:取っつきやすい具体例→抽象度を上げていくなど方法はありそうだ)とは思うが、これって、小中高校の先生方にとっては、古くからある問題のような…。
なお、文系の語学教員に限って言えば、「年とともに授業がやさしくなる」(p.109)という傾向があるらしい(注:文系の語学領域のデータしか出ていない)。
その他、年齢と授業の難易度については著者の考察はなかなか面白く、
若い教員の授業が難しすぎるのは、余裕を持って教えていないことに起因していると思いますが、一方、年寄りの教員の授業が難しすぎるのは、毎年内容をあまり変更しないで講義をしているために、特に社会科学では時代に合わなくなっていたり、使う言葉も古臭くなっていたりすることも一言付け加えておきましょう。(p.87)
これには、なるほど、と思わされたりした。もっとも「年寄りの教員」という表現はいかがなものかとも思うし、他にも要因は多々ありそうな気もするが。
ちなみに予備校での調査結果は、次の書籍に紹介されている。
改めて読み直してみると本書とのテイストの違いに驚かされるかも。
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良い授業を行うためのヒント
本書の読みどころは、まだまだある。
「良い授業を行うためのヒント」という節では
以下に書くことは(略)、どれくらい一般性があるのかわかりませんが、授業が上手な教員は、学生の顔を見て授業しており、間のとり方がうまい!のです。学生の意識を授業に集中させるために授業内容とは別の話題から入っていって、ハハハと笑っている間に本題に入る絶妙の間は、やはり授業回数(年季)に比例するようです。
というようなことも書かれている。上記は、授業評価から得られた知見ではなくて、著者の「授業観察」(注:大学によっては教員相互が授業を公開し、参観しあう制度があるらしい。東大でも一部でしか行われていない)を通して感じたことらしい。
上記も小中高校の先生から言わせれば、割と常識的(だが、実際にそれを体得するのは難しい)話題のような気がしないでもないが、業界的には新しいのかな。
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開講日や時間割と授業評価
これも以前から個人的に謎に思っていたのだが、開講日や時間によって、学生からの授業評価には偏りがあるのではないか?という点。著者によれば、
月曜一限の授業は他の授業より低く評価される、ということはありませんでした。(p.105)
ということである。確かにマクロデータで見れば、そういう事になるのかもしれないが、私について言えば、一限目の授業は、なかなかテンションが上がらず、トークが滑っていることが多々あるような気がする(気のせいだといいな)。
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男性教員と女性教員
最後に、男性教員と女性教員の授業評価の結果の差異について、触れられていたのも、興味深かった(個人的には、学生の性差もクロスして欲しかった!)。
総合評価(1~5で評価)の平均は、女性教員3.51、男性教員3.50とまったく互角でした。難易度(1~5点で評価)は、女性3.41で男性3.51、熱意(1~3点で評価)は女性2.40で男性2.29、授業への興味(1~3点で評価)は女性2.00で男性2.02でした。少なくとも、授業に対する学生からの評価には男女差がなかったのです。(p.178)
ということである。著者のジェンダー観について、ここで触れる余裕はないが(と、敢えて触れないことに触れているが)、ふーんという感じである。
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まとめ
授業評価の結果は、実際に、授業の改善に役立てられなければ何の意味もないし、データ単独では、So
what?になりかねない。
学生としても、単に一方的に評価したり、評価結果を閲覧するだけではなく、授業をより良く受講するための(時には、教員と共に改善に取り組む)リソースとして活用した方が良さそうである。そのためにもまずは定点観測、という段階なのかな。
最後に本書の雑感。編集者の力量の問題だと思うが、表やグラフを利用した方が読者にとっては分かりやすいし、著者の主張も通りやすいのではないかと思われる。
久々に長い読書メモになってしまったかも。
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