▼この2日間は、センター試験がらみの業務があって休日出勤。しかも昨日(初

日)は、サーバ不調のため深夜に職場に向かうハメに…。
このあたりの与太話はまた改めて書くとして(書いていいのけ?)、センター試験「公民」の倫理の試験問題に興味深い問題が載っていたのでメモ。
公民の選択科目である「現代社会」や「倫理」「政治・経済」は、一般教養度(?)を測る上でも、なかなか興味深い科目の一つだと私は思っているのだが、とりわけ「倫理」は妙な問題が多いという点で、一読の価値がある(マイナー科目は新聞に掲載されない場合が多いが、
代ゼミだとか
朝日新聞のWebページで閲覧ができる)。
▼文部科学省的、というか、「倫理」という科目として、あるいはセンター試験的に「恋愛」を語らせると、次のような問題に形を変えて現れるらしい。
「恋愛は人生の秘鑰(* 秘密を解く鍵、の意)なり」。明治時代の詩人、北村透谷の言葉である。憧れ、喜び、悲しみ、痛み、あるいは献身や嫉妬など、恋愛は様々な陰影を人の生に与える。そうした男女の関わりについて、人々はどのように考えてきただろうか。
「
そうした男女の関わりについて、人々はどのように考えてきただろうか」という問い方はニュートラルだが、本問、全体の調子がやや後ろ向きである。
たとえば、上の文章には次のような問題文が続いている。
男女の関わりは、生に大きな喜びを与えるとともに、時として深い苦悩をもたらさずにはおかない。人はそこで、最も親密でありたいと願う他者と出逢い、さらにはその関わりを通じて、様々な形で二人を囲む人々や社会とも向き合うことが求められる。
(引用者改行)
私たちもまた、(e)人とともに生きる自らの生の姿を、身近な男女の関わりの中に深く見つめていく必要があると言えるだろう。
センター試験2005年「倫理」pp.54-55より。太字は引用者。
いかにも「教科書」的な文章ではあるが(正直言ってつまらないわな)、「
時として深い苦悩をもたらさずにはおかない」などという表記をするあたり、なかなか出題者の
恨み辛み想いがこめられているような気がしないでもない。ちなみに「生」は「性」の誤植ではない…なんてことは、お下品なので思っても書いてはいけない)。
▼個人的には、下線eに介して和辻哲郎が次のようなことを言っていたというのは勉強になった(和辻が言いそうなことではあるが)。これまた、「
不信」だとか「
裏切り」が出てくるあたり…、出題者の心情を察するばかり…か。
問7 下線部eに関連して、人間を「間柄的存在」と捉えた思想家に和辻哲郎がいる。彼の考えを説明した記述として最も適当なものを、次の(1)~(4)のうちから一つ選べ。
正解選択肢(4) 対なる男女は、それぞれが独立した個人でありながら、また一つの共同存在でもある。その共同体は、不信や裏切りという個の背反の可能性を孕みながら、個がそうした己を否定して自他の合一を目指すところに成立する。(同
p.58。同注)
▼さらに、問6は森鴎外の「
諦念」について問うていたりもして。
問6 下線部dに関して、森鴎外が自らの立場とした「諦念」について説明した記述として最も適当なものを、次の(1)~(4)のうちから一つ選べ。
正解選択肢(1) 自我と社会の矛盾に遭遇したとき、あくまで自己を貫くのではなく、自らの社会的な立場を冷静に引き受けながらも、なおそこに自己を埋没させまいとする立場。(同
p.57。同注)
何というか、ホープに溢れる話題ではないが、日々是諦念で今日も終了。
▼話は変わるが、書店で見かけたので『試験にでる心理学』を揃えて買ってみた。「公務員試験対策・記述問題のトレーニング」のための本らしいのだが心理学っていうのは、ここまでメジャーな「科目」になっていたのね…。と一瞬驚愕。
どこかのamazonのレビューにも似たようなことが書いてあったが、4冊揃えるお金があるならば+αで、『
ヒルガードの心理学』を買った方が後々お得かな。
(もちろん「試験対策」と考えると、上記4冊は役に立つのだろうが)
▼ちなみに私は「しけたん」(でるたん)は使ったことはない。
Z会派である。
▼後日談、引用箇所は実は難問だったらしい。森鴎外の「諦念」ってメジャーな概念じゃじゃなかったのね(教科書に載っている=主流とは限らないのだけれど)。
思想分野では,主に標準的事項が出題されている反面,ソクラテスの「産婆術」,和辻哲郎の思想などについて教科書的な説明を超えた内容や教養が問われており,高得点のためには従来どおり学習の広がりや深化が求められた。特に森鴎外の「諦念」という盲点的事項は難問であっただろう。(代々木ゼミナール2005年大学入試センター試験速報より)
松平健の「サンバ術」という本を、齋藤孝氏あたりが出してくれると面白いのに(謎)。
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