めぞん一刻
▼本日記でも何度か話題にしたことがあるが、私は高校生時代から高橋留美子のマンガ『めぞん一刻』を愛読している(ちなみに養老先生も、なぜか本書を推薦図書に挙げている名著である)。あえて記すほどではないが、たぶんこれまでの私の人生の中で、最も読み込んだ本と言っても過言ではない。
お話をご存じの方には、余計な説明は不用かと思うが、本書は典型的なラブ&ビルディングストーリーである。以下の3人が主たる登場人物。
- 夫に先立たれアパートの管理人として住み込んでいるヒロイン(響子さん)
- アパートの住民で当初は浪人生だった五代君(時の経過とともに大学生、就職浪人、就職…に至る。優柔不断で甲斐性なしの貧乏人というキャラ)
- 五代君の恋敵として登場する三鷹さん(テニスのコーチをしており、資産持ちという設定。言うまでもなく五代君とは正反対の性格である)
三者が繰り広げる恋愛的ドタバタ劇は、私にとっては「恋愛の教科書」とも言える内容で、何度読んでも味わいがある物語だった。
マンガを「教科書」扱いするな、というツッコミもいただきそうだが、私にとっては夏目漱石の『こころ』のようなものだ、と言えばちょっとはカッコが付くかな(あんまり変わらないか。でも実際『めぞん一刻』は『こころ』を内包していたりもする)。
多くの読書論で繰り返し指摘されていることではあるが、本の「読み方」や読み込みの「深度」は、読み手が置かれた状況や経験によって異なる。
最初に本書を読んだ時は、予備校や大学生活の雰囲気だとか、恋愛的トライアングル(五代君VS三鷹さん)や、ヒロインと五代君の「いったりきたりすれ違い♪」具合(byあみん「待つわ」)を楽しんでいたものだ。

しかし、学部卒業後は、「対象喪失」的な視点だとか(先に書いたようにヒロインは未亡人だったりする)、キャリア論的な観点からも「読める」ようになった。お話の中では五代君は就職に失敗してから、キャバレー勤務を経由して、保育士を目指しているが、このあたり男性の生き方としても、何かと考えさせられるところ大だったし。
▼自分自身と重ねて「読む」のも読書の醍醐味というか、私の読み方の癖ではあるが、『めぞん一刻』と私のこれまでは重ねられるところが多い。
しょーもない話だが、私が浪人しようと思ったのも、不器用ながらも毎日の生活を楽しむことを大切にしているのも、多少は苦労をしても好きな仕事に就こうと思ったのも、ささやかな幸せを願うのも、五代君を少なからず意識している…と言っても過言ではあるまい(いや、過言だわな。実際は、半分以上は後付だし、物語から都合の良い部分を切り出しているだけかもしれない)。
この延長で言えば、今年の私は、ようやく卒業(修了)して、就職して、それから…と、本書で描かれていた「3つの願い」のいくつかをようやくかたちにできた年であったとも言えなくはない(と言っても、「優柔不断で、甲斐性なしの貧乏人…」というくだりは、あまり重なりたくないけども)。
オススメしすぎると逆に「引かれる」可能性もなくはないが(「深く」というより「濃く」読めなくもないし)、自分自身の「物語」を築いていく上で『めぞん一刻』は、重要な一部を含んでいたんだな、と改めて感じる今日この頃。この物語を「卒業」後、私自身がどんな物語を紡いでいけるか、楽しみなところである。
▼ちなみに『めぞん一刻』には英語版があって、これは「英語の勉強」の口実としてはもってこいかも(評判が分かれるらしいが、ニュアンスなど参考になるところも多かった)。
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