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2004年11月

名古屋出張

 所用で名古屋出張。早朝、東海道新幹線ホームできしめんを食べる。これは私が受験生だった頃以降、名古屋駅に訪れた際には習わしにしている行為の一つである。私は、当時の仙台人としては希少だったこともあってか(今も率は少ないか)、大学を名古屋まで受験しに行ったことで知られているをネタにすることが多い。

 きしめんといい、みそかつといい、名古屋の朝の喫茶店といい(無知だったので、朝食で何故にコーヒーにトーストとサラダと卵が付いてくるのか理解できなかったのである)、当時に私としては名古屋はよほど記憶に残る要素が多かったのだろう。逆に、その記憶が鮮明過ぎて、気をつけていないとあの頃、何をしに、名古屋に行ったのかを忘れてしまいそうである。数学一発勝負で、あっと言う間の90分だったからそれも仕方がないかな…と、言い訳。

 今回も、何故に名古屋に行ったのか忘れてしまいそう…と言いたいところだが、記憶に残る一日だった。

読書メモ(ミニ):人類の地平から

▼一日、事務仕事で追われていたような気がしないでもないが、深夜に川田順造『人類の地平から―生きること死ぬこと』を読む。

 私は、レヴィ=ストロースの訳書から川田氏に出会ったような気がするが、初読ではいまいちその価値が分からなかった著者の一人である。

 人類学のような分野に触れるには、それ相当の経験だとか広義の「異文化」経験があった方がとっかかりが良いのだろうな、と思ってみたり。しばし読み込みたいところだ。

久々の運転

▼かなり久々の休日。と言っても、必要物品の買い物に出かけたり、事務仕事をしていたのであまり休日っぽくなかったが。

▼久々に車の運転。ほぼ半年ぶりの運転であった。さすがに運転のような技能は「体が覚えている」ものだから、普通の道については、これといって問題はなかったのだが、相変わらず車庫入れだけは苦手な状態が続いているらしい。
 結局、縦列も車庫入れも避けたまま、今日の運転は終わってしまった。

▼次回、運転できそうなのはいつだろうなぁ。

不器用貧乏暇なし

▼午前中~お昼までは事務仕事とプログラミング。

 このところ出張続きだが、午後は今日も出張だった。電車の中で読んだのは…と書きたいところだが、電車の中でもノートPCを広げてお仕事。

 毎週月曜日定番のAERAに目を通して、新聞のスクラップに目を通して終了。

▼某メーリングリストで話題になっていた『アクセスログ解析の教科書』は、確かになかなか良くまとめっていて参考になりそう。ログ解析も、最近やってないからなぁ。少し、このあたりの技術もキャッチアップしないと取り残されそう。

▼12月には久々にフラッシュの講習も受ける予定(らしい)。自分でも何をやってるかいまいち分からなくなっている不器用貧乏なわたくし。

自転車操業

▼11月18日(金)~21日(日)日記更新お休み。21日(日)にはギリギリ論文を出して、一休み…と行きたいところだが、22日の発表用資料を作って終了。完全に自転車操業化しているような気もしないでもない。

 ところで、自転車操業の語源って何だろう?

▼と思って、辞書を調べてみたら「《自転車は走るのをやめれば倒れてしまうところから》資金の借り入れと返済を繰り返しながらかろうじて操業を続けること。また、そのような経営状態。」とのこと。要するに走り続けなくちゃいけない定めのことね。

 英訳すると、precarious day-to-day managementとのこと。分かるようで分からない英語である。まあ、precarious な状態はあまり好ましくないのは事実だろうけど。

▼以上、単なるメモ。そういえば、最近チャリにも乗ってないなぁ…。

自転車操業

▼11月18日(金)~21日(日)日記更新お休み。21日(日)にはギリギリ論文を出して、一休み…と行きたいところだが、22日の発表用資料を作って終了。完全に自転車操業化しているような気もしないでもない。

 ところで、自転車操業の語源って何だろう?

▼と思って、辞書を調べてみたら「《自転車は走るのをやめれば倒れてしまうところから》資金の借り入れと返済を繰り返しながらかろうじて操業を続けること。また、そのような経営状態。」とのこと。要するに走り続けなくちゃいけない定めのことね。

 英訳すると、precarious day-to-day managementとのこと。分かるようで分からない英語である。まあ、precarious な状態はあまり好ましくないのは事実だろうけど。

▼以上、単なるメモ。そういえば、最近チャリにも乗ってないなぁ…。

牛タンを食して、航空公園近辺へ

▼すっかり日記更新にごぶさたしてしまいました。以下、後日書いた単なる備忘録。

▼せっかく仙台に来たのだから…、ということで、朝からやってる牛タン屋をググって訪問。朝食から牛タン定食とは、これまたコテコテやな…と思いつつ、ご飯までお代わりしてしまったらしい。初めて行った店だったけど、少し塩辛かったかな?

 帰り際、店員に「出張ですか?」と聞かれ、「どうしても牛タンが食べたかったんです」と、率直に答えてしまう。やはり朝から牛タン定食食べる人は少ないのか?

▼ちなみに私の高校時代からの定番の牛タン店は…、ここでは教えてあげません(笑)。以前も書いたことがありますた私が高校生だった頃は、牛タン=飲屋街にある安い定食屋という印象だったので、近年の牛タンブームには驚くばかりです。

▼再び、別件の打ち合わせ&視察のため、今度は本拠地所沢に移動。こちらのお仕事は、一応、今月末で区切りが付く予定。すっかり馴染みになったのに残念だな。

 帰り道、雨に降られたのが災いしたらしく、深夜、体調を崩してしまった。

▼移動中に、齋藤孝『座右の諭吉』を読む。AERAの連載はアレだし、齋藤孝氏に印税を儲からせるのは難だと思いつつ(どう考えてみても彼の本の出し方は尋常じゃないような気が…)、福沢諭吉ネタにつられて買ってしまった。

 確かに、福沢諭吉の本(とくに『福翁自伝』なんかは)は読み物としても面白いし、教訓になるとは思うのだけど、one of them にされてしまうのは…と、批判的に読んでみたが、私も知らないことだらけで、結構、面白かった。

 個人的には(余裕があれば)丸山眞男の『文明論之概略を読む』をお勧めしたいところではある。『文明論之概略を読む 上 』『文明論之概略を読む 中 』『文明論之概略を読む 下 』と、新書なのに3分冊になっていたり、日本史の素養がないと読みにくいのが難点といえば難点ではある。
(高校生の時に歴史(日本史)を学んでおけば良かった…と、思い始めて早10年近くなるが、いまいちあの頃の時代背景が分かっていない私)。

仙台出張(しかし、のんびりする暇なし)

▼すっかり日記更新をごぶさたしてしまいました。以下、後日書いた単なる備忘録。

▼朝は少しのんびりして、午前中は打ち合わせ。予定より時間がかかってしまったので(正確に言えば、予定を甘く見ていたか?)、必要な打ち合わせを一つスキップ。昼過ぎには、再び、別件の打ち合わせ出るため、半年ぶりに仙台に移動(注:私の実家です)。しかし、まったりする余裕もなく、翌日に備えて夜はホテル泊。

 久々に美味しいお寿司をごちそうになったが(いつもながらお世話になりっぱなしである)、ちょっと酔っぱらいすぎだったかもしれない。

▼本当は、ボジョレ祭に行きたかったのだが、完全にお休みモードだった。

 移動中も珍しく、読書ではなく、お仕事。やっぱり軽いノートPCが欲しいわな。

食堂デビュー

▼すっかり日記更新がごぶさたしてしまいました。以下、後日書いた単なる備忘録。

▼朝早くからお仕事。この日は目覚めも良かったせいか(&朝ごはんをしっかり作って食べたせいか)、午前中のお仕事は快調だった記憶がある。

▼午後、事務仕事×4。結局、あちこち走り回るはめに。

 そういえば、わたくし、僭越ながら先日、はじめてを食堂デビューをさせていただいたのだが、今日お仕事的に接した食堂のおばちゃんはなかなか良さそうな感じの人だった(注:私の職場には、「松屋」と、いわゆる普通の食堂があるのですが、松屋で数回食事をしただけなのです。しかも、同僚にお誘いをいただいた時のみ。普通の食堂は、油っこい感じもしてどうしても足が向かわなかったのでした)。

 味もまずまずだったから今度はちゃんと普通のメニューを注文してみようかな、と思ってみたり(デビューしたと言っても、先日食したのは特製のお弁当だからな)。

▼夕方、兼ねてからお食事会をお誘いいただいていたがタイミングが合わず、お断りすることに…。ごめんなさい。予定より1時間遅れで移動。明日からの出張に備える。

 某所での夕食。今回は久々に、おいしいと思える食事だったかも(!)。

▼出張先に向かう途中で読んだAERA(11月22日号)の「齋藤孝のサイトー変換」で『ゲノム敗北』が紹介されていた。
 ヒトゲノム解読プロジェクトで「後世に残る惜しい失敗をしでかした」という話は、かねてからちらほら聞いたことがあったが、興味深そうな内容だったのでとりあえず発注。氏によれば、ゲノム知識+知財ネタで一粒で二度美味しいらしい。

 「マガジン百名山」で『ゼクシィ』がネタにされていたのに思わず笑ってしまった。

問い続けること

▼先週末のお仕事の話。接したほとんどの皆さんは、これまで私がほとんど出会ったことのない業界の方だったので、わたくし、プチ質問魔になってしまった気がする。

 金属の加工の話から、チタニウムやバナジウムといった金属の特性についての話題だとか(アサヒ飲料が「富士山のバナジウム天然水」という天然水を売り出していてバナジウムの存在を知ったのだが、何かと話題な金属らしい)、小学生中学年のほとんどは「銀色に光る金属=鉄」と考えているという話だとか、放送用機材におけるパナソニックVSソニーという業界ネタなどなど、かなり充実したトークだった。

▼自身も、改めて「おざわさんの専門は何ですか」と聞かれて、相変わらず答えるのに窮してしまったが(注:私は、基本的に何でも屋さんである。敢えて言えば、プロフェッショナルになるための過程についての専門家…という意味不明な説明をしてしまいそうになるが、プロフェッショナルやジェネラリストが何たるかはよく分かっていない)、何にせよ、お互いに質問をし合う関係というのは、大変に愉快である。

▼何度も日記上でネタにしていることだが、同じような業界、分野に無自覚に居続けてしまうと、お互いにお互いのことを「問う」ことがどうしても少なくなりがちである。お互いに質問し合うことが自然な関係をどう築いていくかは、やはり課題だな…。

 そういえばD.A.ノーマン(この人こそ「初心者のプロフェッショナル(中のプロ)」かもしれない)が、航空業界における「CRM=クルー・リソース・マネジメント」について、以下のような説明をしていて、なるほど!と思ったのでメモをしておく。
 民間航空の業界では、この傾向(引用者注:「何かのチェックに、より多くの人が関われば関わるほど、一人ひとりがそのタスクに払う注意の程度は減少する」こと)に対抗するため「CRM(クルー・リソース・マネージメント)」と呼ぶプログラムを開発し、すばらしい成果を上げている。現代の民間航空機にはすべてパイロットが二人いる(略)。
(引用者改行)
CRMの要点は、操縦していない方のパイロットが積極的な評価者になり、絶えずチェックを行い、操縦しているパイロットの行動に質問をし続けることである。操縦中のパイロットは、質問が不必要だったり、間違っていたとしても、質問する相手に感謝しなければならない。
(引用者改行)
明らかに、このプロセスを定着させるのは難しいことだった。文化を変えなければならないからであり、とくに一方のパイロットが若いときはなおさらである。(略)質問をすることが信用の欠如ではなく敬意の印であることを航空業界が学ぶまでに時間がかかった。

D.A.ノーマン(著) 岡本・伊賀・安村・上野(翻訳)(2004). エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために. 新曜社 pp.194-195.

下線は引用者による
 CRMというと、私のような人間は、カスタマー・リレーションシップ・マーケティングのことを思い返してしまうのだが(顧客との親密な信頼関係を築くためのマーケティング手法のことを指すと思われる)、クルー&カスタマーのどちらも「信頼関係をいかに築いていくか」「他者との関係を通して自分をどう問うていくか」が課題になるのかな。

 相変わらず強引な喩えではありますが、少なくてもクルー・リソース・マネジメントの話は、質問しあうことがいかに重要かっていう例として使えそうな気がする。

なんとなく物欲

▼午前中は、たまっていた事務作業。午後は、例によって(昨日までの日記参照)、とあるコンテンツ作成のお仕事。白衣を着るのも慣れてきたかな。

 実験室のお掃除も終えて、撮影作業は終わりました。残りは12月中旬とのこと。

▼某コンテンツ作成の出来事については、また改めてメモを書くことにします。

▼この数日、メールが完全に遅れておりますが、明日から業務再開します。

▼今後のスケジュールですが、16日~18日は出張。19日は打ち合わせ&半日お休み。20日~21日は出張。22日は打ち合わせ…ということで今月は激務続きかも。

▼これだけ移動&出張が続くと、軽いモバイルノートが欲しくなってくるな…。狙うは、Let's note LIGHT R3 かな…。1キロを切って、しかもバッテリー9時間は魅力的。

 1キロ以下ってPDA+α並としか思えないかも。

too tired

▼昨日同様、午前中は都内某所でお仕事。5時起き。午後は、とあるコンテンツ作成の仕事。夜23時に帰宅。連日、こんな仕事をしてたら、確実にハゲるわな。

▼現場の先生に、コンテンツ作成にあたって指導をいただく。実感的には、半日ものお時間をいただいた感じでした。やはり現場でのキャリアの有無は大きいなぁ…と実感させられるばかりで個人的にも勉強になりました。

 また改めてお礼に伺わなくっちゃ。

▼今日はさすがに疲れていたせいか、行きの移動中は熟睡。帰りは、日経WOMANとニューズウィークに適当に目を通しただけで、読書は何も出来ず。

▼今日も、朝から晩まですべて外食。自炊派を自称する私としては、簡単なサンドイッチやおにぎりくらい作って出かけたいのだが、too tired 。

おはようからおやすみまでお仕事

▼午前中は、またしても都内某所で会議。お昼に職場に戻って、打ち合わせ。ミーティング終了後は、とあるコンテンツ作成のお仕事で、深夜12時近くまで仕事。必殺!仕事人間としか思えない働きぶり(自画自賛)。

 出張の行き帰りの時間に、出たばかりの『科学技術はなぜ失敗するのか』(中野不二男氏)と、『組織も戦略も自分に従う!』(米倉誠一郎氏)を読む。

 前者は、読み物としては面白い。失敗をいかに活かすかは、永遠の課題かも。

 キャリア本は、最近よく見かけるが、やはりキャリア論を専門しているか否かで、本の出来具合は分かれるかな…。ちなみに『組織も戦略も自分に従う!』のタイトルは、チャンドラーの名著、『組織は戦略に従う』のパクリ。
 固持的には、組織も戦略も、「従う」とか「従わない」とった問題じゃないような気がするが気のせいか。

▼昨日に引き続き、おはようからおやすみまでお仕事の一日。

ポッキーの日

▼早朝~午前9時までは、職場で忘れ物を取りに行って、さくっと事務仕事。これだけ朝早くから、職場に出かけたのは初めてのような気がします。

▼お昼前後は、移動&都内某所で会議。今日はポッキーの日ということで(夫婦の日の前日などと寝ぼけたことを書いてしまってすいません>関係者各位)、ポッキーを二箱ばかり買って会議にお出かけしました。
 細かい演出大好き&ポッキー・プリッツ好きのわたくしです。

▼会議終了後は、取り急ぎ移動して、某所にて研修会に参加。お昼に会議が入ってしまったのため後半の一部しか参加できなかったのですが、わたくし、初めて自分が所属する組織のお偉いさん(社長相当?)を生で目撃しました。

 私のような、末端も末端の人間には、経営的なことは良く分からないのですが、利潤をあげるのって大変なんだな…と思わされたりして。

▼さらに会議終了後、職場に戻って、残りのお仕事。以上、おはようからおやすみまで仕事を支える(&自分自身の勉強もさりげなく行う)社会人1年生でした。

 美人薄命、末端薄給(意味不明)で、経営に貢献するのが我がモットーです。

▼考えてみると、今日は社会人初。朝から晩まで、外食でした。お弁当(といっても、せいぜいおにぎりくらいしか作らないけど)を作る時間もなかったらしい。

何か分からないもの

▼今朝方、大長編だよドラえもんも真っ青(?)な、大長編の夢を見た。
 昨日はほぼ徹夜状態だったからかな…。

▼ユング派の人はユング派っぽい夢を、ラカン派の人はラカン派っぽい夢を見るという説があるが、私は「フロントかユングか、ラカンか」言われれば、やはりユングの世界に近いような気がしないでもない(もっともユングのこともよく分からんが)。

 しかし、どう記憶を辿ってみても、「何だかよく分からない」夢だった。まあ、こういう時は、それはそれとして、記憶のどこかに留めておくのがよさそうだ。

▼内田樹(2004)氏曰く、
 ラカンが言おうとしているのは、人間とは「それが何を意味するのか分からないシニフィアン」(引用者注:シニフィアン=対象を指し示す言葉のこと)受信し、解釈しながら、「それが何を意味するのか分からない」という事実を受け容れることのできる生きものだということである。ほとんどそれだけが人間をそれ以外の動物と分け隔てている。

 ラカンの比喩を借りると、こういうことだ。私が船に乗っているとする。夜の闇の海上に何か揺れるものが見えた。それは何か気になる規則的な動きをしている。機械であれば、それを何かを既知のものに同定するだろう。「何だか分からないもの」が何であるか(鯨である、難破船である、月の反射である…)とりあえず決定する。というより機械には「決定しない」ということができない。
(引用者改行)

しかし、人間は何かを見たけれど、それが何かを「決定しない」ということができる。「何時何分、経度何度、緯度何度、しかじかの物を確認す」とだけ航海日記に書き記すことができる。「それが何を意味するのか分からないものが、ある」ということを受け容れられるのは人間の知性だけである。それこそが機械と人間の差なのだとラカンは言う。

内田樹(2004). 他者と死. 海鳥社 (p.125)
カノン 夜寝る前、パッヘルベルのカノンのCDを延々と聞いていたのが原因かも知れないな…(と、思わず原因を探ってしまいそうになる平凡な日本のわたし)。

▼ちなみにこのCDはすごいぞ。8曲すべてカノン。

 これからクリスマスにかけて山下達郎氏の曲を、街で「嫌!」というほど耳にすることになると思うが、あの曲も実はカノン(コード)そのまんま。だから、繰り返し耳にしても、「嫌み」にはならないのかもしれない。それに引き換え、♪恋人がサンタクロース…は(以下略)。

▼今日は夕方までプチオフ。今晩から日曜日までハゲしくお仕事です。

「は」と「が」

▼ちなみに「は」と「が」の用法を説明する際、「恋人サンタクロース」と「恋人サンタクロース」は、格好の例文である。「オレ彼女の恋人!」と主張する場合と、「オレ彼女の恋人」と述べるのは、似ているようで全く異なる。

 前者はまさに、
「愛は勝つ」と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう by俵万智
 状態。これに対しては、「勝ち負けの問題じゃない」と言いたいところだが、
「勝ち負けの問題じゃない」と諭されぬ 問題じゃないなら勝たせてほしい by俵万智 (どちらも『チョコレート革命』より)
 といった主張もあり得る。

 何事も、「は」の方が無難だが、歌にはならないといった所か。以前も一度ネタにしているが、前後を逆転させて「サンタクロース恋人」と「サンタクロース恋人」にしてみると、これまた意味が微妙に違うところが日本語の難しいところだ。

 「お口の恋人 ロッテ」というコピーも、「お口の恋人ロッテ」という意か、「お口の恋人ロッテ」では意味が異なる。
 微妙な間合いの方が、「は」や「が」よりもさらに表現力があるらしい。

まわるまわるまわる

▼私のモットーの一つに、「禿げない程度に仕事をまわす」がある(注:遺伝か否かは知らぬが、ソフトバンクの社長さんのような風貌には…以下略)。しかし、最近、完全に焦げ付いており、睡眠時間が激減気味である。結果として、入浴時、髪の毛が「いつもより多く浮かんでおります」状態が続いている気がしないでもない。

 少なくても、仕事よりも目が廻っているのは間違いない。

 あまりの目の廻り具合に、「♪まわるまわるよ地球はまわる」と思わず歌いたくなってしまいそうだが(正式には「めぐる」である。by中島みゆき嬢)、面白くないので却下。

 何にせよ、週末はたっぷり休みたいところだ。

▼今日は移動コスト削減ということで、私が参加させていただいているチームで初めて全員が遠隔というテレビ会議をさせていただいたkaigiのだが(写真左)、移動の時間分、調整に時間がかかっているような気が。

 もちろん、そうはいっても移動に伴う労力がなくなるから、それだけでも大変ありがたいのだけれど…。

 ちなみに写真は必要な場所は意図的にぼかしを入れてます。でも、拡大すると、誰か分かってしまうかな…。皆さん、すいません。

▼あまりに忙しいので、今日は久々に卵料理=オムレツを作る。手を抜いたらスクランブルエッグのようになってしまって、それはそれで憂鬱である。
 ちなみに抜け毛は単なるネタです。ホントにそうだったら書けないって。

間宮兄弟

▼ちょっと前に書いたメモ。今日は日記を書く暇がないので、それとないメモをup。

▼深夜、眠りが浅かったので江國香織の新刊『間宮兄弟』をようやく読み終える(前にも読んだようなことを書いていたかもしれないが、読みが浅かったのだ)。
mamiya
 考えてみると、姉妹モノの小説(三姉妹、四姉妹モノはとくに多い)の小説は、それなりに読んだことがあるが、男兄弟モノは初めて…かもしれない(読んだことがあっても、覚えていないだけかもしれない。男に興味ない記憶力悪いからな)。

 私は、幸いか不幸か同性のきょうだいはいないので、兄貴や弟の存在を想定しにくいのだが…、うーん、エクニさんは、相変わらず設定がうまいなぁ。男心が何たるかは、男よりも、女性の方が「わかっている」のだろうな。

 もっと、残念なことに、その逆はなさそうなのだけれど。

▼以前もネタにしたし、勝手に分類するのは失礼かと思うが、四姉妹モノといえば『若草物語』が代表格。谷崎潤一郎ならば『細雪』、最近では2003年度後期の朝ドラ『てるてる家族』(原作『てるてる坊主の照子さん』などが挙げられよう。

 関係ないが、ポッキーも四姉妹系が好きらしく、最近のCMで流れている通称「新・四姉妹」は、石原さとみ、柴咲コウ、仲間由紀恵、松浦亜弥 の4氏。芸能界に疎い私だが、さすがにこの人たちは顔と名前が一致するかな(柴咲コウはよく知らないけど)。

 ちなみに元祖ポッキー四姉妹は(赤川次郎が原案で、ビデオになっている)、清水美砂、牧瀬里穂、中江有里、今村雅美の4氏だそうだ。私は古い人間なせいか、こちらの4氏の方がしっくり来るかもしれない(今村雅美はあまり印象にないけど)。

 しかしながら、当時(1993年)から私は岡村孝子ファンを自称していたので、この手のタレントにはあんまり興味がなかったという噂もある(芸能界疎い歴10年を超える)。要するに、時代の中で消費されるような事象は好きじゃないってことなんだろうな。

▼と、どうでもいい話題はさておき、三姉妹モノといえば、たとえば幸田文の『きもの』や、江國香織の一つ前の作品『思いわずらうことなく愉しく生きよ』も三姉妹。マンガならが天才柳沢教授。『やっぱり猫が好き』も三姉妹シチュエーションだ。

 他にも、いろいろあるらしいけど、私の教養はこの程度なのでお許しを。
 ネタの使い回しって感じですが、まあ、そんなところで。

日帰り出張

▼昨日。久々に飛行機に乗って某所に出張。朝5時に家を出て、夜12時ちょっと前に戻ってくるという強行日程だったのだが(そうでもないか?)、一番遠く感じたのは、やはり埼玉県某所から羽田空港までだった。意外と時間がかかる。

 所沢には「東京航空交通管制部」関連の重要な施設(Webページによれば、日本の空域の7割の管制を行っている模様)があるんだが、どうせなら空港も作ってくれれば良かったのに…などと思ってみたり(自己中心的!)。

▼交通管制部の存在は知られていないようだが、所沢は国防上重要な地域でもある。近隣には自衛隊の大きな基地もあるし(私のアパートの頭上は、しょっちゅう自衛隊機が行き来している)、何せ西武ライオンズの本拠地もあったりする(関係ないか)。

 またしても球団の売却話で盛りあがっているらしいが、個人的にはライオン(銀座ライオンではなく、おはようからおやすみまで暮らしを見つめてくれる会社)にライオンズを買収してもらいたいところである。ライオンライオンズ。かっこいいでしょ?

▼ちなみに所沢は、日本で最初の飛行場が作られたせいか「所沢航空発祥記念館」なる記念館(博物館)もある。Webページを見ていたら…、YS-11機も格納庫入りしてしまっているらしい(ん?ってことは、ここまで飛んできたのか?)。

 一度行ってみたいと思いつつ(月1回以上、すぐ近くに行っているのも関わらず)、じっくり時間を取って見に行っていない。一度行きたいなぁ。

▼こうやって気分転換のために日記を書いている間にも、我がアパートの頭上に2機以上の航空機が飛び交い、時間は刻々と過ぎてゆく。ムーチョ仕事山積み状態。

追伸
 「ライオンライオンズ」ネタは既に、いろいろなところで話題になっているらしい。
 まあ、誰でも思いつく話だよな。

自動車教習所ネタ

▼先日、バスに乗っている時、自動車教習所に通っている学生さん同士の会話が大変に面白かった(注:盗み聞きしているのではなく、勝手に聞こえて来たのよ)。

 曰く、その教習所のインストラクター(最近は「教官」と呼ばない?)は、「とりあえずやらせて、うまくいかないと叱る。でも、うまくいくと褒める」の繰り返しとのこと。さらに曰く、「最初はとくに教えてくれないから困るんだよなぁ」とのこと。
 ありきたりな会話のように思われるが、とりわけ「叱られるだけだと嫌だけど、たまに褒められるからにくめないんだよなぁ」という最後の一言が興味深かった。

 車庫入れが苦手、という彼らの会話に私が共感を覚えただけかも知れないが(注:わたくし小型車ならともかく中型車以上になると、かなり下手です)、彼らの会話には、何かを「学ぶ」ということの本質が凝縮されていたような気がしないでもない。

 すなわち、最初に観察させて(インストラクターのやり方を見て学習する)、次に経験させて(実際に運転させる)、何らかのフィードバックを与えて(最初はうまくいく訳がないからネガティブなフィードバックが多いが、徐々に「褒められる」事になる)、一人前のドライバーにしていく、という過程のことである。
 とりわけ、「観察」と「経験」ということ。また、ポジティブなフィードバックがネガティブなフィードバックと組み合わせられることに意味があるらしい。

▼私は、物事を大雑把にまとめすぎる嫌いがあるとは思うがが、これってたとえばリーダシップ・スキルの育成の文脈でも同じようなことが言えなくもないらしい。
 リーダシップ・スキルは、主に経験から学ぶべきものであり、教室で学習できることはほとんどない。「人を育てる」ということは、経験からどのように学ぶのか、どのような教訓を授かるのか、経験をどのように効果的に利用するのか、そして何よりも、会社をリードしていくような能力が高い人材に何を学ばせるのかということを、事業戦略と結びつけて考えていくことを意味するのだ(p.21)。

 多くのリーダシップ・スキルは新しい困難な状況に置かれることによって習得される。そのため、リーダシップ開発システムの目的はこのような重大な人事異動(引用者注:昇進)を効果的にマネジメントすることである。目的は有能な人物を育成して、ときには保護することであり、彼らを破滅させることではない。「弱点」を露呈させるような環境に有能な人を配置するのは、当人と組織がその状況に対してどのように対処するかによって、開発的にも致命的にもなる。(p.77)
 個人的には、教室で学習できることにもそれなりの意味があると思っているが(ここで批判されているのは、教室そのものではなくいわゆる単なる知識の教授か)、「経験」というものをどう捉えていくかは、やはり重大な課題だわな。

 以上、いつものように重大な課題に「アンダーラインを引く」(by内田樹)だけで終わってしまいそうだが、「困難な状況」(ひとの「『弱点』を露呈させるような環境)にいかに関わりながら、そこでの成功や失敗をひっくるめて語れるような関係をいかに構築していくかは重要な問題だろう。

 自動車教習所ネタは、ありふれたネタだが、結構使えるかもしれない。

▼内田樹氏といえば、『東京ファイティングキッズ』『死と身体―コミュニケーションの磁場』『他者と死者―ラカンによるレヴィナス』は、いずれも刺激的。『東京ファイティングキッズ』には、内田流の大学論も多く含まれていて参考になる。『死と身体』を読んで革新的(核心的?)なことを思いついたのだが、これはライフワークだな。

コロッケ

▼お恥ずかしい話だが、わたくし「自炊派」を自称しているにも関わらず、これまで長い間、「コロッケ」というものを作ったことがなかった。

 年齢がばれるが、ちょっと前にテレビで放映されていた「キテレツ大百科」と言うアニメの中で、コロッケの歌(と言うのかな?)が流れていたことがあった。そのせいもあって、おおよそコロッケを作る際の段取りは知っていたつもりだが(歌というのは、ふとした瞬間に記憶から蘇るらしい)、独り暮らしで油を使う料理は、どうしてもコストパフォーマンスが悪いため、手つかずだったらしい。

 ジョージ・ブッシュの好物がコロッケだったらどうしよう?などと、どうでもいいことを危惧しながら作ってみたら…(キテレツ大百科に出てくる「コロ助」は、コロッケが好物だった記憶がある。よくよく考えると、コロッケの「コロ」に助が付いてるのね)、意外と簡単だった。油が少量でも、工夫次第でちゃんとできるのね。

 ついでに取り合わせは芳しくないが、以前、北海道出身のS氏に教わった、「ふかしジャガイモ+塩辛」の組み合わせを主食として、ビールで乾杯。焼酎が飲みたくなってきたが、ひとりで飲むのは基本的にチューハイかビールと決めているので、ちょっと我慢。

▼ちなみに、キャベツはあまりにも高いので、今回は却下。今、スーパーで安く買えるのは、それこそジャガイモとかタマネギくらいしかないよなぁ…。
 今日はジャガイモの特売日だったらしく1キロ100円。あまりに安いので3キロ購入。

お金を語るのは難しい

▼何らかの理由で人の関心を惹きたいと思う時、もっとも安易、かつ最も困難な話のネタに、「お金の話題」がある。たとえば、○×はお金になるとかならないとか、△□をやっておくと稼げるとか…、まあ、その手の類の話題である。

 これは例えば「仕事」の文脈では、確かに人の気を惹くのは間違いない。しかし友達同士の茶飲み話ならさておいても、話し方によっては大変「はしたない」話になる。

 少なくても私は、いきなりこの手の話をする人とは仲良くなれないと思うのだが、安易な故に、自分も時々「お金になる…」的なことを口にしてしまうことがなくもない。今日も、少し口にしたし。

▼以下は、あくまで一つの考え方だが、本来的には、「お金になる」(稼げる)ということは、その「何か」の希少価値が高い、ということを意味しているだけで、それ以上の意味は含まれないはずである。

 「希少性に価値がある」という考えも、実際、希少性を「完全に」証明するものはないのだから(実際はあり得ないかもしれないが、太平洋のどこかに巨大な金鉱がひそんでいるかもしれない。そうしたら、金の相場は今よりは下がるはずである)、「皆がそう思っているから、そうなっている」面も少なくない。

 その程度の概念なのだからこそ、敢えて重み付けしたり、絶対視するような発言は大変に危険だし、物事をその観点でしか捉えられなくなったらこわいな、と思う。
(もちろん、これも程度問題で、○×に関わればあなたの将来の「自己実現」がはかれるとか、△□をやるとハッピーになれる…という、さらに危険な誘惑よりかはマシ、という説もなくはないが、どっちもどっちといったところか)

 結局のところ、たとえば「仕事」(働くということ)の意味をどう語るかについて、まだ私の中で適切なことばが見いだされていないってことになるのだろうな。

▼作家の重松清氏は、インタビュー集『教育とはなんだ』の中で、玄田有史氏と対談しているのだが、その中の一説がふと思い返されたのでメモしておきたい。
玄田 子どもたちに対して、お金についてリアリティーを持って語りかけるというのは、ものすごく難しい問題です。経済学はまだ二百年ぐらいの歴史しかない若い学問ですが、その歴史の中で、最も重要な課題なのにいまだ答えが出ていない問いは、「お金とはなんだろうか」なんです。

重松(引用者注) リアリティを持って、というのは?

玄田 たんに銭勘定の話ではなく、言語と同じように、ある種のコミュニケーションの手段としてとらえる。同時に、お金のもろさやはかなさ、いかがわしさのようなものもゆるやかに保ちながら語っていくことができれば…と思うんです。
(略)

玄田 じつは、都立高校で生徒たちに話をしたとき、「大学の先生って給料いくらもらえるの?」と訊かれて、答えられなかったんです。そのときすぐに答えられなかったことが自分でも情けなくて…。給料が安いからとかではなくて、給料の話をすること自体に衒いがあったんですよね。
(引用者改行)
「僕の月給は四十三万円だ」でも「年収が一億二千万円ある」でも、自慢でも自己卑下でもなく、ある種淡々とした自然な語り口で、ささやかな誇りを持って語れるひとが一割でもいれば、社会の雰囲気って全然変わってくると思う。「お金を稼ぐとはこういうことだ」と言えることが大事なんです。でも、そういう文脈については、僕らはまだ未熟かもしれない。これがアメリカのような寄付社会なら、寄付という行為はひじょうに高い自己プレゼンテーションとしてあるんですが。(p.290-291)
 確かに、収入のことを自然に口にするのっていうのも難しいよな…。
 でも、氏が指摘していることはもっともなことかもしれない。

▼玄田氏の『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』は、最近の若者のニート化(Not in Education , Employment, or Training=職に就かず、学校にも所属せず、就労に向けた具体的な動きをしていない」の問題を指摘していて、何かと話題だ。

 「ニート」は、先の『仕事の中の曖昧な不安―揺れる若年の現在』に比べると、概念だけが一人歩きしている面が否めなくもないが、一般論として「働くということ」、そして、そこから得られる収入やささやかな誇り(自分と社会との関係のあり方)について、それを他者にどう語っていけば良いかは、相変わらず問題である。

 というわけで、お金の問題っていうのも、結局は、「関係性」というか、ある種「コミュニケーション」の問題なのだ、ということを再確認して今日のところはおしまい。

 このあたりは『小僧の神様』や『賢者の贈り物』から学ぶべき事の方が大きいのかもしれません、ね。ちなみに『教育とはなんだ』も大変良い本です。

対比構造

▼ちょっと前の話。シアトルへ出張へ出かけた際、お世話になった方に「おまえはイチローと松井のどっちが好きか」と聞かれて大変困ったことがあった。

 あややに「セクシーなの、キュートなのどっちが好きなの?」と聞かれれば「どっちも興味ねーよ」と即答できるが(注:言葉が美しくないが気にしないでください)、まさかシアトルでヤンキースの松井が好きとは言えないし、かといって、イチローについては「好き」と言えるほど、彼のことを知らないしな。

 そういえば、シアトルっ子の一人は、夏の時点で大魔神ササキが榎本加奈子と付き合っているという情報に詳しかった(「エノモト」って最初誰のことかと思ったよ)。
 日本でこのニュースが大々的にリリースされたのは10月だったがと思うが、さすがご当地。情報が早い。

 議論の際、榎本加奈子についても聞かれたが、実際は、彼(女)らの方が遙かに、この女性についての情報に詳しかった。野球のファンとは恐ろしい限りである。

▼ちなみに「ジョージ・ブッシュとケリーどっちが好きよ?」という話題は、たいがい家の前に「いかす、ブッシュ!」とか、「ケリー最高!」(注:わたくしの超訳)といった類の立て看板がされているので、敢えてネタにするまでもなかった。

 英語力があれば、ブッシュが手にしているPresidency for Dummies の内容について語りたかったところなのだが、そのためにはEnglish for Dummies で基礎力を付けなければならないのが難点である。

 政治の話題を英語で話すというのは難しいらしい。っていうか私には無理。

▼ライブドアと楽天は…、アメリカ人は知らぬ世界であろう。アマゾンとかYahoo!とか一部の業界人くらいか。「仙台」も「東北」も、アメリカにとっちゃ「極東」だからな。

▼ちなみに、Presidency for Dummies はイメージ検索すると出てくる有名な写真。

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