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2004年7月

今月の本

▼今月は、結果的には、それなりの数を読んだつもりだったが、あまり頭に残っていない。やはりメモを取りながら、熟読する機会も必要だな。

 新書は沼上先生の『組織デザイン』が、組織論の教科書としても出色だったと思われる。ジャンルは違うが広義の「デザイン」つながりでは、後藤ほか『デザインの生態学』と出会えたのは良かった。
 「デザイン」は最近、何かと流行言葉的に使われることも多い(そういえば紺野先生の『創造経営の戦略』でも、デザインはキーワードだった)。私自身は、デザインという言葉を、状況や文脈と切り離された「計画」「設計」ではなく、状況性も含んだ概念として捉えていきたいのだが、そのためにはもうちょっと「デザイン」について、突っ込んで考えなくてはならないかも。

 広義の組織論つながりでは、もの造り系の以下の2冊が、違った意味でそれぞれ興味深い。自動車はトヨタ、日産、ホンダをはじめとして日本メーカーは健闘しているが、宇宙・航空機分野ではさっぱりである。  藤本先生の本は、宇宙・航空機産業について言及していないが、日本はどうも「巨大プロジェクト」を得意としていない面があるのかもしれない。組織デザインの観点からも興味深い視点かもしれない。

▼その他、現代日本の諸問題を考えるにあたっては以下の3冊と出会えたのが、今月の収穫だったかもしれない。いずれも読み込めていないので、また改めてコメントを書きたいところです。はい。
▼小説はこれといって手に取れなかった。エクニさんの新刊は、いわゆる「三姉妹モノ」。勝手に分類するのは失礼かと思うが、四姉妹モノといえば『若草物語』、谷崎潤一郎ならば『細雪』、記憶に新しいところでは2003年度後期の朝ドラ『てるてる家族』などが挙げられよう。

 三姉妹モノは…、あれ、考えてみれば思い浮かばない。ぱっと思い浮かんだのは、幸田文の『きもの』が確かそうだったはず。マンガならが天才柳沢教授の娘たちも三姉妹だったはず。amazonで検索してみたら、そうそう。『やっぱり猫が好き』も三姉妹シチュエーションでした(!)。  登場人物が4人か、3人かで、物語のプロットは変わってくると思うし、共通の違いがあると思ったりもするのだが、具体的に挙げるは難しい。誰かこういうマニアックな研究(でもないか?)をしている人はいかいのかな。

 もう一冊。
  • 恩田陸(2004). Q&A. 幻冬舎
 これは、正直言って「してやられた」感じ。いろんなインスピレーションが沸き上がるが、一言では言い尽くせない感じ(←コメントになってない)。

肝試し

▼あんまりにも暑いので、こわーい話を想像しながら、一人肝試しにチャレンジすることにしたい(肝試しにチャレンジ…は同語反復かも)。

 最もこわーい話といえば、自分の30年~40年後のキャリアであろう。

 知る人ぞ知る国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」によれば、日本の人口は2006年にピークを迎え(1億2700万)、以降は減少。2050年には最大時の約3割減の9200万人になる見込みである。

 高齢者が増えて年金がもらえなくなるとか、それもまあ、大変なことではあるが、これだけでは寒い話にはならない(期待してないし)。

▼問題は、私自身のお仕事に直結している(と思われる)18歳人口が、今後、ますます減っていくという紛れもない事実である。いわゆる少子化だ。

 驚くなかれ。18歳人口は既に1992年にピークを迎えており(約205万)、2012年までの20年間で約4割減少(約120万)する見込みである。2050年には、約80万にまで減る見込み(出生率次第ではさらに下がる)。

 社会人入学者など、大学院や学部の再入学者数は今後も増加するだろうから単純なことは言えないが、少なくても18歳人口の入学者に限ってみれば、最大時の4割5割引は当たり前!の世界になるのである(注)

 あるいは、そもそも定価があるようでないマックシェイク(ロッテリアならシェーキーか)の販売価格みたいな状況とも重ねられよう。

 ほらだんだん寒くなってきた。でしょ。
(注)もちろんあくまで平均の話。竹中平蔵が良く言うようにこの手の世界は「winner-take-all」の力学が働く。いい大学には全国(全世界)から人が集まってくるし、地域でも地元に根付いた活動を行っている所は強い。
 もっとも、冷静に考えればバブル経済の最中、1989年の12月には株価が3万8915円の最高値を付けたのが、最安値で7607円。それに比べれば、学生数が縮小したところで、たいした問題ではなかろう(次元が違うか)。

▼多くの人が語るところだが、これほどの規模の人口減は、人類(日本)史上誰も経験したことがない未曾有な事態である。
 経営的には、諸経費を5割減らすか、学費を5割上げれば何とかなるわけではあるが、相当な経営センスとビジョンが求められるのは間違いない。

 もちろん私には秘策はあるけど、ここに書いてしまうと秘策は秘策ではなくなってしまうので、教えてあげないよー。じゃん(byポリンキー)

 寒くなったところで、失礼。

Realistic Job Preview(RJP)

▼企業も大学も、得てして似たようなところはあるが、「入ってみないと分からない」ことが少なくない世界である。入社後、入学後に「こんなはずじゃなかった!」と、ココロの中心で叫んでいる人は少なくあるまい。

 おおよそ公式パンフレット(Webページも含む)は、自社アピールのために、これでもか!というほどのイメージ戦略(バラ色化)を試みようとする(注)ものである。もちろんOGやOB訪問、あるいはキャンパス説明会などで、現役社員や学生から直接、情報を得られることも少なくないが、限界もある。

 ここが就職(入学)の難しいところだが、会社(大学)側にとって「合う」ことが必要条件、その上で、自分自身にとって「合う」か否かを検討しなければならないのが難点だろう(もしくは「合わせられる」「変えていける」かも)。

▼人材マネジメントの世界では、人材を求めるにあたっての必要な情報開示を、Realistic Job Preview(RJP)あるいはRealistic Organization Preview(ROP)と呼ぶらしい。

 手短な入門書『人材マネジメント入門』によれば
 RJPやROPの基本的な考え方は、仕事(JOB)や組織(Organzation)について、「いいことも、悪いことも、丸ごと伝える」ということになります。言い換えれば、情報を白黒あわせてすべて伝える、ということです。(p.47)
 と説明されている。「いいことも、悪いことも」や「白黒あわせて」、という点が重要だろう。これは確かに、見逃されがちな視点である。

 RJPの主な効果として、以下の3点が挙げられている。
(1) 入社後の役割や仕事内容が、明確化され、過剰期待を軽減し、入社後の幻滅を取り除く(ワクチン効果)
(2) より主体的な意思決定を促し、入った組織のコミットメントを高める(コミットメント効果)
(3) 応募にあたって自己選択を行い、自分にフィットした仕事だけに応募する(スクリーニング効果)
 確かに、過剰な幻想を抱かせなければ、「こんなはずじゃなかった!」感も生じないし、幻想を抱く人は他に流れる。しかし、「悪いこと」を、単にネガティブな情報としてではなく、適切に人に伝えるのは容易ではなさそうだ。

 「やってみないとみないと分からない」「入ってみないと分からない」「大人になれば分かる」という用法を、いかに越えるか。結局は、共有経験の組み合わせと、直観に頼るしかないのかな、とは思うが重要な課題かも。

▼金井先生の『働くひとのためのキャリア・デザイン』のpp.168-198.にもRJPについて書かれていて、野村総研の例などは参考になる。↓のような一文を読むと金井先生の授業って、一度受けてみたくなるな。
  神戸大学の社会人大学院の講義で経営管理論や組織論を担当するとき、わたしは、初期のセッションで、自社の会社案内のクリティーク(批判)をおこないつ つ、自己紹介と自社紹介をやってもらうことがある。そのときのチェックポイントは、(1)間違ったこと、嘘は書かれていないか、(2)大事なことで述べら れていないことはないか、(3)もっとリアルに会社の姿を学生に示すには、どのようにパンフレットを作りなおしたいと思うか、の三点である(思わぬ発見が あるから、読者もぜひ、ひとりだけではなく職場の仲間を巻き込んで、チェックしてみてほしい。(p.172)
 Webページなんかも、こういう視点で見直してみるといいのかも。
金井壽宏先 生曰く「偽ったことを語るという文字通りの嘘を「黒い嘘」というのに対して、大切なことを故意に語らないことを「白い嘘」(M・スコット・ペックの造語だ と思われる)」というらしい。パンフレットのようなものには本当の嘘は書かれていなくても、「白い嘘」はあるかもしれない。
 白い嘘をつかないように気をつけなくっちゃね。 

徹夜確実

急きょ、ピンチヒッター的仕事をすることになり(最近、そんなのばっかり)、2日ほど、強行日程が続きそうである。
 その後は、出張が決まっている(が、まだちょっと不確定)。
 いろんな意味で今後の仕事を左右する一週間…といったところか。

 この試練に対して、日頃ひそかに鍛えている腹筋(最近、サボリ気味だが)が、どこまで役に立つのか?興味深いところである。←関係ないって。

▼思わず、処方箋のいらない睡眠改善薬として知られる「ドリエル」と、抗睡眠剤(ねむけ予防剤)である「エスタロンモカ」を同時服用した場合、どちらに効き目があるのか試してみたくなったが(人体実験?)、前者が効いてしまった場合、言い訳のしようがないので、今回は涙をのんで見送り。
 # 間違ってもお子さまは真似しないように。私も真似する気はないけど。

▼ちなみに両者ともに、エスエス製薬の製品である。世の中には、相反する需用、というのが併存しているらしい。

 http://www.ssp.co.jp/products/apf/c4/drw/prod.html ドリエル
 http://www.ssp.co.jp/products/apf/c4/estm/prod.html エスタロンモカ

 コストパフォーマンスでは、前者は6錠(1回2錠)で1050円、一方、エスタロンモカ内服液は2本(1回1本)で924円。錠剤は、24錠(1回1錠)で420円。錠剤で比較すると、エスタロンモカのパフォーマンスが高い。So what? 

 というわけで、今週は日記の更新お休みするかもしれません。

発見の発見

▼なぜ昨日はやる気レスだったか考えていた。ついでに、いったい何故に私は、そういう無意味な思考に情熱を注いでしまうのか?も。

 ぼんやり、考えを広げつつ無印のピーチアプリコット(私の好きなお茶の一つ)を飲もうとした瞬間、深澤直人氏(デザイナー:無印良品の換気扇型のCDプレイヤーや、AUの携帯が有名か)の文章が頭によぎった。

 ふむふむ。一見、感覚(直感)的なデザインでも、その思考の経路を分析することで、結果として「人間の発見」につながる面があるらしい。
 私はデザインを直感的に行っている。しかし、それが生み出されたあとにその思考や行動の経路がどのようなものであったかをたどることが好きである。分析は趣味である。決して分析によってものを生みだそうとはしない。分析への興味は人間の発見にあると思う。結局人間は自分がどのようにものを見、感じ、世界を捉えているのかがわかってはいない。あるいは自分の捉え方に疑問など持たないかもしれない。私はその捉え方の事実を発見することが楽しいのである。(p.281)

後藤 武・佐々木 正人・深澤 直人(2004). デザインの生態学―新しいデザインの教科書.東京書籍(太字は引用者)
 「人間の発見」は一見大げさだが、捉え方の発見という点が重要だろう。

▼最近、つとに思うのだが、他者の発見は、私にとっても発見である。これは二者間のコミュニケーションにおいて、とりわけあてはまる。

 一つの発見が、さらなる発見を生み、それがまた新たな発見を誘発する…というスパイラルは、良いことにも悪いことにも生じうることだが(前者の好例はさまざまだが、後者は不倫発覚?が典型か)、願わくば未来に開かれたという意味で発見を前向き(ポジティブ)に捉えてみたいものである。

▼ちなみに本書は、デザイナーのモノの考え方が分かるという点において、大変優れた本である。
 かゆいところに手が届く感じ。最近の本ではとくにお勧めの一冊。

▼で、考察の結果。後付け的理由だが、9日(金)にふとしたことがきっかけで、大変に良い(当社比)アイディアが思い浮かんだこと(発見!)が、昨日の創造的無気力を生んだのであろう…、と思っておくことにする。

選挙

民○党のおざわである。最近、すっかりごぶさたしていたが、国民の皆様におかれましては、いかがお過ごしだっただろうか。私は、既に事前投票をしたので、今日は、テレビでも見ながら、ゆっくり本でも読むつもりだ。

 ところで本といえば、先日、視察に訪れたブックオフで、おざわグループのヒロインの一人、小澤征良さんの本が100円で売っているのを目撃した。どうやら今日現在、amazonのマーケットプレイスでも同様のようである。

 まったくもって日本の書籍文化のあり方を憂うばかりである。しかし、同時に、私が公約として掲げていた「(1) ブックオフで100円で売られないような本を買う」という目標も、儚くも打ち破られてしまったようだ。

 ここでおさらいしよう。今回のおざわマニフェストは次の4つであった。
  • (1) 購入後、古書店で100円で売られないような本選びをする
  • (2) フィクションの単行本は買わない(文庫化を待つ)
  • (3) お仕事関連で必要な本以外は図書館で借りる
  • (4) どうしてもマンガを読みたくなったらマンガ喫茶に行く
 これらは99%の実現に向けて、真っ向サービス実施中である。真っ向…は郵便局のコピーだったような気もするが、細かいことは気にしない。

 もっとも、どれも業界団体から反発がありそうなので、表向きには、(1)健全な市場の育成 (2)市場の多様性の促進 (3)(4)はまとめて、公共文化施設の充実 と表現されているのは言うまでもない。

 しかし、現実的には、公約のほとんど実現されていなかったりする(マンガはさすがに読んでいないが)。抜本的な構造改革が必要なのであろう。

 当初は、マニフェスト(虚構)とマエストロ(巨匠)の関連性について書こうと思っていたのだが、その辺の考察は小澤征爾君にお任せしたい。

やる気レス

▼珍しく何もやる気が起きず、ぼーっと一日過ごす。やることは多々あるのだが、こういう時もあるもの…かもしれない。
 仕方がないので5月に購入した無印良品の「土釜おこげ」でご飯を炊いて(10年間使っていた電子ジャーの調子が悪くなってしまったのだ)、辛めタイカレーを作って夏らしく味わってみたり。

 土釜おこげは、不思議なほどご飯がおいしく炊きあがる。まったく謎である。最新鋭のIHジャーでもおいしく炊けるらしいのだが、土釜おこげは3合炊きでも約5000円だから比較的割安。ただしメンテはちょっと面倒かも。
(私が持っているのは小サイズ。傷が付いていたので安く購入できた)

転機の心理学

▼訳あって、最近「転機」(トランジション)に関する研究を集めている。予想以上に、本も論文も出ている模様。
 「転機」関連の研究には、昨年くらいから惹かれているのだが、これもまた自分自身の<転機>と重ねているのかも…(相変わらず単純な動機だ)。

 関係ないが、ナカニシヤの本は、最近、ちょっとページ数の割にお値段が高めなような気がする。もっとも書籍全般的には(出版社業界的には)、この手の分野自体は過当競争なのかな…という気もするけれど。

 転機については、また改めて読書メモで整理するつもり。

▼今日は朝から、何だかんだ仕事に追われて、夜はぼーっとしてしまう。

 最近、恋煩い夏ばてのためのか体重減少傾向にあったが、幸い、7日、9日と交流会が続いたおかげで、コミュニケーション&栄養補給できた気がする。まったくもってありがたいことである。

 もっとも、夜に食べ過ぎると、翌朝~昼くらいまで、食欲がなくなってしまい、それはそれで困ってしまうのが難点であるのだが。

ひねり伸ばし

▼「かにぱん」の話題に続き、松下電器のホームベーカリーで採用された「ひねり伸ばし」について書こうと思ったのだが、ちょっと仕事が立て込んでしまったので、また明日にでも更新するつもり。

 知る人ぞ知る「ひねり伸ばし」は、『知識創造企業』ですっかり有名になった技術。簡単にまとめてしまえば、こんな感じかな。
 松下電器のホームベーカリー開発プロジェクト(コンセプトは「イージーリッチ」=気軽に使えて、豊かな生活…的な意味)は、当初は失敗続きだった。その最中、開発担当者の一人が、パン屋さんに弟子入りし、パンの練り上げ方法を学ぶ。

 この結果は「ひねり伸ばし」というアイディアの表出化に成功。これを受けたホームベーカリー開発チームは独自の「うね」を本体に実装し、見事、開発に成功&ヒットにこぎ着ける…。
 といった感じのお話である。とくに、「パン屋さんに弟子入りしに行く」というシーンが、プロジェクトX的な話の展開だが、示唆深いところである。

 このエピソードは、私自身、『知識創造企業』で最も好きなお話である。確かに、現場の経験を通してしか学べないことはあるはずで、そこから何を学ぶか、どんな知見を抽出するかで、その後の運命が決まると言って良かろう。私自身、そういう感覚は私自身も失わないようにしたいものである。

 個人的には、「かにぱん」もその一環…なわけないか(結局、大筋のお話を書いてしまったような気もする。でも、もっと奥深い話である)。

▼A氏によれば、ホームベーカリーはなかなかの力量とのこと。もっと広い部屋に引っ越したら(願望)、買ってみたいなぁと思ったりもする。

かにぱん

▼こういうことを文脈レスで書くと誤解を招きそうだが、私は、どちらかというとパン専門店で売っているパンが好きだ。
 山パンのような大手メーカーの技術力や衛生管理には頭が下がるところだが(一応、私もバイト経験があったりして)、文明堂のカステラが文明開化の味がするのと同じく、山パンは産業革命の味がする…気がする。

 実際、大量生産には、なかなか出しにくい味、というのはあるらしい。そういえば、小中学校時の給食も、いわゆる給食センターより、学校内で作っている方がおいしかった(のび太ガキのくせに生意気な発想だが、転校してはじめて、前の学校の給食のおいしさを知ったのである)。

▼ただし、パンに関して言えば、例外がある。「かにぱん」である。カンパンに似たようなチープな味(パッケージ曰く「子供たちの大好きな味」)、100円を切る割安感、そしてパンの形態(かに)がベストマッチしている。

 「かにぱん」には、大学に入った折に、初めて出会ったのだが、おやつ代わりによく買って食べていた。金沢にいる間は、不遇にも巡り会えなかったのだが、最近、コンビニで見かけるようになって時々買って食している。

 ちなみに、あまり大きな声では言えないが、かにぱんの楽しいところは、かにの形状に合わせパンに切れ目が入っている点にある
 かにぱん連続ばらばら事件…など、お子さまは決して真似をしてはいけないが、生命の尊さと、食べ物の大切さを学ぶ格好の教材になろう(この手の話題は、たいやきや鳩サブレーでも問題になることは少なくない。動物クッキーの人間科学的研究っていうのもあったら面白そうなのに)。

▼なお、かにぱんは今年で、発売30周年を迎えるらしく、5月から「かにぱんふんわりビーズクッション」が総計1500名に当たるプレゼントクイズを実施しているようだ。商品のバーコード2枚で一口、ということらしい。しばしは、「選択と集中」法則に従い、かにぱんに全力投球する所存である。

 ビバ、ガッツかにぱん。

▼写真は三立製菓の公式HPから直リンク中。
 ちなみに、これは1ヶ月前に書いた記事。今日は朝からお仕事デー。

 ちなみにかに座(今、旬ですね)は、ヘラクレスに踏まれてしまったが故に、星座に昇格している。石川啄木の有名な短歌に「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きくれて蟹とたわむる」があるが、カニは何のイメージだろう。

世界の秩序を織りなす

▼今日は七夕である。なぜか私は、七夕の神話だとか、クリスマス(サンタクロース)の物語、あるいは「3つの願い」のような願い事を叶えてくれるというお話が大好きで、ここ数年、暇がある度に調べていた。

 最初の疑問は、同じ「お願い」ごととしても、七夕では「世界平和」や「家内安全」を願う気分に駆られるのに対して、クリスマスのサンタさんに対する願い事は、極めて個人的な願いなのか?という謎であった。

 まだまだリサーチが足りないのだが、いくつか資料は揃いつつあって、少し理解が深まりつつある。以下、該当書が手元にないため、孫引きになってしまうのだが(原著は絶版で、私も図書館でしか借りたことがなかったりする)、小南一郎(1991)氏によれば、七夕の神話における織姫(織女)は、「世界の秩序を織り出す」という役割を担っているらしい。
  • 小南一郎 (1991). 西王母と七夕伝承. 平凡社 (品切れ中)
    本書については、今夜1000冊目を迎える松岡正剛氏の「千夜千冊」に詳しい紹介がある。にしても七夕に千冊目とは、また粋ですな。
  • 河合隼雄(2000/2003). おはなしの知恵. 朝日新聞社
    (引用は2000年の単行本版からです)
 孫引きだが、河合隼雄氏による解説によれば、
 小南は、機を織るということは「世界の秩序を織り出して」いるのだと言う。従って、七夕の行事で女性が自分の手仕事が巧みであることを祈る、とされているが、もともとは「そうした個人的な願いを託するものではなく、織女自身の機織りが巧みさを失わぬよう、この世界に混乱が訪れぬようにと願う宇宙的な意味を持った行事であると推定される」(p.102)
 こういう背景を持った神話だからこそ、半ば<自発的>に、世界の平和を祈ったりしてしまうのかもしれない。よくよく考えれば、七夕は宇宙的な物語なのに対して、サンタはただのおっさんでもある(笑)。もっとも、サンタクロースの物語も実は深いが、商業化が進んでしまったのが要因らしい。同じように考えると七夕神話も、だんだんと骨抜きになっていくのかな…。

 個人的には、この手の「贈与=交換」もしくは「互恵」的な話題は、今後も課題なので、1年に1度は、考えていきたいところである。

▼七夕の物語で最もよく知られている山場は、「近くなりすぎて」しまったがために「遠くに置かれた」という点にあると思うが、もしかしたらこの物語は絆というのは本質的に「弱い」ものである、という含意もあるのかもしれない(もっとも、自分の考えを勝手に投影してるだけかもしれない)。

 関連して、河合隼雄氏は次のような興味深いことを書いている。
 愛し合っている二人が共に住み出すと、幸福でなくなる。これに対してすぐ思いつくのは、七夕の伝承のなかには、牽牛と織女が結婚すると、「牽牛はもう牛を見張らず、織女は布も織らなくなった。そのため全世界のいたるところで飢餓がおこり、布匹が足らなくなった」という記述があることである。つまり、宇宙論的発想に立っても、両者の結合を続かせるとよくないのである。個人主義の方で言うと、これとは逆に、男も女も忙しすぎて、自分の世界のことに没頭し、関係の維持が難しくなると言えるだろう(p.108)。
 要するに、強い結びつきを希求するよりは、弱さの強さを希求する方が、宇宙論的にも良い…ってことかも(逆に言えば「世界」という文脈の中に自分を位置続けてゆくってことかな)。なーんて、オチなしですが、おしまい。

Kiki's Delivery Service

▼昨日、デリバラブルなことを書いたせいか、今朝は、なぜか『魔女の宅急便』系の夢を見た。大変によいお目覚めである。

 昨日の日記で、deliver(お届けする)+able(できる)という引用をした時点で、我がシナプスは「Kiki's Delivery Service」という言葉を展開していたのだが(言うまでもなく、魔女の宅急便の英語名である。Kiki's FedEXではジジクロネコが怒るだろう)、やはり夢の方が正直なのかもしれない。

 断っておくが、実は、おざわ=少女趣味…という意味ではない(たまに勘違いされているらしいのだが、『となりのトトロ』も好きだ。発想がお子さま子どもの感覚を重視しているのである)。そもそもをたどれば、昨日も書いたが、「届ける」とか「届く」いったニュアンスが好きなのだろう。

▼と、ここまで書いて思ったのだが、私がネットメッセンジャーやチャットのような同期型のコミュニケーションツールをあまり好かないのは、「届く」「届ける」という感覚に、これらツールが欠いている点にあるのかもしれない。

 「待っている時間」というのは、なかなか切ない瞬間の連続ではあるが、いずれ届くであろうという思いを大切にできる貴重な時間でもある。
 もっとも、思いがあっても「届かない」ということもあるわけではあるが。

 というわけで、明日は七夕。夢は、デッキブラシで空を飛ぶことです。

▼以前、チャレンジして途中で読み終えてしまった『存在論的、郵便的』を読み直そう、と思ってみたり。「届ける」というモチーフが気になる。

デリバラブル

▼人と話をしていて楽しいと思える瞬間は、単に、その人が「何をやっているか」とかといった情報交換をしている時ではなく、なぜそこに至ったのかの過程だとか、それをやっていて何が楽しいか、そこにどんな意味や意義を見いだしているかをお互いに共有しあっている時にあるような気がする。

 「意味」や「意義」、あるいは「目的」などと言うとやや大げさではあるが、経営学的には、「デリバラブル発想」と呼ぶことができるらしい。
 まだうまく使いこなせていないが、なかなか良い言葉かもしれない。
▼デリバラブル(deliverables)とは、deliver(お届けする)+able(できる)を合わせた造語で、「もたらす気になれば、結果としてもたらすことのできること」を指す(p.108)らしい。
 対義語は、ドゥアブル(doables)で「やろうと思えば(とりあえず、その結果もたらされるものはさておき)、実際に行為としてできること」である。

 要するに、単にその人が属性、行動や行為ではなく、その人がもたらした結果(outcomes)や有効性(effectiveness)を重視するという立場である。

▼「デリバラブル」という言葉は、人材マネジメントの世界では、たとえば「これからの人材マネジメントにとって重要な4つのデリバラブル(目的・提供価値)」などといった文脈で用いられているようだ。

 『組織行動の考え方』に続いて、たまたま手にとった守島基博『人材マネジメント入門』(守島先生は、学部時代に授業を履修したはずだが、まったく記憶がない。さぼっていたことがバレバレ)では、こんな表が示されている。単なる目標ではなく、「届ける」というニュアンスが良いのかも。

これからの人材マネジメントにとって重要な4つのデリバラブル(p.21)
短期的目標 長期的目標
経営の視点 成果による戦略達成への貢献を高める 戦略を構築する能力を獲得し、その能力を向上させる
人の視点 公平で、情報開示に基づいた評価と処遇を提供する キャリアを通じた人材としての成果を支援する

 何をやるか、ではなく、結果としてもたらされたものを考えていくことは、人材育成のみならず、学習全般にとっても重要な考え方である。

 当たり前といえば、当たり前のことだけれど、重要なことにアンダーラインを再度、引きなおせる機会(類:内田樹)を得られること領域外の本を読むことの一つの醍醐味かもしれない、なんてことを思ったりする今日この頃。

バーゲン

▼夏服を買いに街へ。収納棚を見る度に思うのだが、昨年まで、私は何を着て生活していたのか、まったくもって謎である。たぶんTシャツで過ごしていたとは思うんだが、それにしても数が少なかったのだった。

 3800円あったら、欲しかったあの本が…とか、時にわき上がる邪悪な想像力を抑えることができれば、洋服を買うのも愉しいものだ(意味不明)。

▼夏らしく、さっぱりした料理…ということで、安直だが豆腐を作ってみたり。最近、どこに行ってもにがりが売っているので便利になった(正確には、にがりが売っているから作ってみようと思った、かな)。

粋な遊び方

▼夏は夕暮れ、某氏にお誘いをいただいて南下。予定時刻内に到着できずすいません(予想以上に時間がかかる…というのは言い訳)。
 もし世の中に、「粋」な遊び方の見本というのがあるとしたら、これ以上のものはなかろう…的愉しみ方を経験させていただく。

 以下、なんとなく思ったことの備忘録的メモ(文脈レス)。

▼人はモノを、自分の所有物のように扱っているつもりで、実はそのモノに使われていることが少なくない。ある種のモノを、その場のコンテキストも含めて示していく技、というのはなかなか簡単なようで難しい。

 これは、おそらく言葉が典型的なのだろう。ある状況に合ったことばの表出も、日常的会話ならともかく、少し非日常に近づくと途端に危うくなる。

 うまく表現したつもりになって自分の言葉に陶酔しているような状態も、的確な言葉が見つからなくて自分の言葉をジギャク的に捉えてしまうのも、方向は違うが同じことの裏返しなのかもしれない。

 言い換えれば、色がありすぎても、なさ過ぎても「粋」な感じにならない、といったところか(「粋」っていうのもとらえどころのない概念だな)。

 氏の優れた技量には常々見習わせていただきたいところである。

▼もう一つ、盛りあがった話題は(個人的に、かもしれないが)、しつこく「変化」について。毎日会っているとお互いの変化は見えにくいものだが、3ヶ月とか4ヶ月ぶりくらいに人と会うと、変化(あるいは変化していない部分)が、何となく浮かび上がってくることも少なくないような気がする。

 逆に、毎日会っていても、変化を直観的につかむ力とか、間をあけていても毎日を感覚的に埋められる想像力っていうのも、必要なんだろうな…。
(まさに変化しつつある最中は、言葉にしにくいのかもしれない、なんてことも思ったりもする。結局、後から分かることなんだろうけれども)。

▼なーんて抽象的なことを書くと邪推されそうだが、具体的に書くと、全国65536人(推定)の読者の方からの嫉妬が渦巻きそうなので、具体例は略。一言で言えば、夜な夜な話をしていただけなんだけれど、も。

 少しばかり、昨日から昼まで読んでいた、『思いわずらうことなく愉しく生きよ』効果が残っていたような気がしないでもない(謎)。残響(after tones)とはそういうものか。

▼ついでにblog&ソーシャルネットワーキング話も盛りあがる。

組織デザイン・日本のもの造り哲学

▼移動中&スタバde読書。A氏にお勧めいただいた(いつもながらありがたいものである)沼上先生の新刊『組織デザイン』(日経新書)は、新書として、また費用対効果的にも、今年前半期トップかも。

 読み物としては、ちくま新書の『組織戦略の考え方』の方が面白い気もするが(私自身、組織戦略の本をちゃんと読み始めたのが最近だった=新奇性もあるかもしれない)、本書は、アカデミックな教科書としても、ビジネスパーソン向けの実用書としても、何かとためになると思われる。これでこの値段(千円を切る)んだから、お得感はかなり高い。

 2800円以上の本を「教科書」に指定しても、学生さんは誰も買わない…という説があるが(私も学部時代は、高価な本が教科書として指定してあると意図的に履修対象から外した)、これだったら教科書に使えそう。

 もちろん値段だけではない(当たり前だが)。内容もかなり充実。組織にとっての「分業」や「標準化」、あるいは時に批判の対象になる「ヒエラルキー」の持つ意味や、類型が丁寧に描かれていて、私も、読み進めていくうちに付せん&赤線だらけになってしまった。
 単に読んだだけでは忘れそうなので改めて読書メモを書くつもり。

▼『組織デザイン』を読後、これまたA氏にご紹介いただいた、藤本隆宏先生の『日本のもの造り哲学』を読み始める。前作、『能力構築競争』も新書にしては分厚かったが、本書も350ページ近い本である。二冊まとめて読書メモとしてまとめてみるのが良いのかも。

 昨年夏は、個人的に組織論系の本が当たりの年だったが(『組織戦略の考え方』も『能力構築競争』も昨年の夏くらいに読んだ本だった)、今年も何かと組織論から学ぶことが多そうだ。
 なお『能力構築競争』については、読書メモ第76回でも紹介している。

かちかち山

▼ひょっとしたことで、「かちかち山」の話題で盛りあがる。得てして昔話には残虐なシーンが含まれるが、「かちかち山」はその中でも、トップクラスのお話ではないかと思われる(何せ婆汁なんてもんが出てくるし)。

 そればかりか、「目には目を、歯には歯を」な要素も含まれており(ウサギがタヌキに仕返しをする)、最終的には勧善懲悪で終わっているのも特徴的であろう(タヌキは土の船に乗って沈んでしまう)。

▼しかし、調べてみると、起源となるお話は、残虐的であっても、攻撃的返報性や勧善懲悪の要素は含まれていないものもあるらしい。

 河合隼雄氏によれば(この人、何事にも造詣が深いものだ)、「婆さんを殺してけしからんとか、婆汁とは何事か、などというのではなく、人間と狸のだましたり、はやしたてたり、たてられたり、などのやりとりを楽しむところに話の焦点がある」(pp.145-146)とのことである。
  • 河合隼雄(2000/2003). おはなしの知恵. 朝日新聞社
    (引用は2000年の単行本版。文庫版の表紙が「かちかち山」だったとは、これまた奇遇である)。
 なるほど。要するに、トリックスター(いたずら者)の物語、ということのようだ。曰く、「『かちかち山』の話には、狸がはやしたり、逆にはやしたてられたりで、そのいたずらが笑いを引き出す。そして、笑いと共にそれは破壊性をもち、既成の秩序を壊してしまう」(p.150)といった意味があるらしい。

 にしたって、婆汁とは恐ろしや…と思われるが、これに対しては次のように書いている。「多くの場合、もっとも危険な人は、自分を徹頭徹尾『善』であると信じこんでいたり、一度お自分の残虐性などに思い至ったことのない人である。昔話は、人間の心の本質にかかわることを、拡大して知らせてくれ、それを語ったり聞いたりすることで、実感しながら感じとるようにできている」(p.153)のだそうだ。

 うーん。確かに分からないでもないが、現代では、この手の話が、物語としてではなく、本当に起きかねない点が、以前と異なるような気がする。
 つまり、「現実」が、象徴的に語られる物語の良さを、覆い隠してしまいつつあるのが現在ではないか。もっとも、拡大された現実が、さらに悪循環となって、「悪」を作り出しているとしたら皮肉だけどな…。

 氏は、「ここにあげたような昔話を子どもに語って聞かせるのもいいのではなかろうか」(p.157)と書いているが、実際、この手のお話を子どもに聞かせるのは、親の相当な力量が必要なような気もしないでもない。

▼今日は1年の折り返し。いきなり妙な話題から始まったが、まあ、ぼちぼち時間を楽しみながら歩んでいきたいモノである。

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