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あめのひの おるすばん

▼2ヶ月くらい前に書いた文章です。

▼先日、後輩と話をしている時に、「河合隼雄って一言で言うと、何なんでしょうね」という話題で盛りあがる。もちろん「文化庁長官」だとか「臨床心理の大家」という属性の話ではない。

 たとえば私が、松任谷由実の曲の特徴を要約すれば「喪失」、竹内まりやは「偶然」という言葉を与えたくなるのと同じような意味での、「一言」である。

 内田樹氏は、『寝ながら学べる構造主義』のあとがきで、フーコーが言いたいことを「私はバカが嫌いだ」、レヴィ=ストロースは「みんな仲良くしようね」と、エレガントにまとめてくださっているが、河合隼雄は何なんだろうな。

 私がとくに印象に残っている彼の言葉の一つに「ふたつよいことさてないものよ」があるが(私流に解釈すれば、良いことに目を向けすぎて影の部分に目を逸らさないようにしよう、か)、本人の言葉だし、ちょっと違う。

 「成熟」とか「待つ」というのも、彼が繰り返すキーワードである。エッセイ集のような本だと、似たような話が繰り返し登場する。たとえば、本棚の手元にあった『「出会い」の不思議』を、ぱらぱらめくってみても
言葉が熟すのを待つ
 もし話し合うことによって癒しを行いたいのなら、彼らの「言葉が熟し」、それを聞かせてもらうほどに「関係が深まる」のを待たなければならない。その待っている間、何ヶ月とかときには何年とかの間、前記の悲しみを、自分の心のなかにずっと据えている力がなくては、事が起こらない(p.209)。

あいまいを誠実に
 実はクライエントの経験していることは、きわめてつかまえどころのない不安や恐怖であり、簡単には言語化できないのだ。そのような「あいまいさ」に対して、こちらも「あいまいを誠実に」生きる姿勢をもつとき、不思議な共鳴が生じ、ゆっくりしたペースで治療への道がひらかれる。(p.54)
 などは、ほぼ同じことを言っている(実際やるのは難しいのだが)。

▼話を戻すと、その場では、時間の都合もあって「待つ」ということについて話をしただけで終わってしまったのだが、「待つ」だけでは、あみんの「待つわ」(by岡村孝子)と変わらない気もする(全然違うけど、似てなくもない)。

 ふと、ちひろ美術館で読んだ『あめのひの おるすばん』を思い返したのだが、これもちょっと違うよな…(全身全霊で待っているという意味では、似ている部分もある気もするが)。
# 表紙の絵は、彼女の絵にしては甘すぎず「待つ」感じが出ているかも。たまたま、あの時も雨が降っていたからよく覚えている。

 かといって「不在と存在のあいだを待つ」だと、ちょっと抽象的過ぎるし、逸れてしまっている。後は、「人生、楽ありゃ苦もあるよ(by水戸黄門)」とか、「いいかげん(良い加減=いい加減)」とか、そんなもんかな。妙案が浮かばないのだが、これもまた「言葉が熟す」のを待つしかないのかしら。

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