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読書メモ(暫定版) 演技と演出

演劇的方法論
 平田オリザ(2004)『演技と演出』を読む。大変に面白い。刺激的だ。

 私は、演劇はかなりの初心者で、実際、数も見ていない。しかし、以前、大学の同期の友人が劇団を立ち上げたのをきっかけに、ちらほらと演劇(論)に関心を持つようになった。事ある度に、多いに刺激をいただいている。

 演劇的な手法は、おそらく教育・学習の世界でも有用ではないかと思う。私自身が、高校の授業よりも、代ゼミの授業に影響を受けていたせいかもしれないが()、学校授業においても、多少の「演出」は不可欠だと思ったりもする。

:私は、高校3年まではバリバリの理系人間だった。もし予備校に行ってなければ、英語や小論文とは縁がなかったような気がする。
 ちなみに、演劇的メタファーをコンピュータの世界に取り入れた代表作に、ブレンダ・ローレルの『劇場としてのコンピュータ』がある。演劇教育ではICU高校での優れた実践をまとめた『教育における演劇的知』があって、両者ともに参考になる(ちなみに平田オリザ氏はICU出身。私も友人の影響がなければICUに行っていたかも…なんてな)。

 もちろん経験をあらゆる分野に一般化するつもりはないが、少なくても「導入」段階では、何かしら人を惹きつけるような仕組みは必要なはず。もし「演出」 という言葉に白々しさを感じるならば(私も、この言葉には時々、違和感を感じることがある)、「場のデザイン」でも良いかもしれない。

 個人的には、何かしら「デザイン」するという仕事は(さらに言い換えれば、意図的に何らかのサービスを提供するという営みは)、演出やリアリティ(ほんものらしさ)に関わる仕事や営みではないかと思うのだが、どうだろう。

▼では、著者の言う、演出とは何か。結論を急ぐようではあるが、著者は「あとがき」でシンプルに、以下のように述べている。
 本文中でも繰り返し触れてきたように、「演出をする」ということは、自己を把握し、自己を操作して、自己を演出すること(=演劇)と、他者とのイメージを共有すること、あるいは、他人同士のイメージの共有を手助けすることの二つに分かれます。(p.219)
 この引用だけじゃ、分かりにくいかな。以上を私なりに、言い換えれば、一つは、他者が書いた言葉を、自分の中に取り入れる(役を生きる)こと。第二は、 それと同時に、「役を生きている自分を客観的に眺めるもう一人の自分」(p.214)を同居させながら、他者(観客)とイメージやコンテキストを共有しつ つ、他者と対話的な関係を構築していくことが「演出」である。

 著者曰く、この両者を成し遂げられるのが優れた役者であり、そのように誘導していくのが演出家の仕事、ということになるらしい(まだ、私自身「自分の言葉」として取り入れられていないので、分かりにくい部分があるかも)。

演出家に求められる要件
 本書で、個人的に興味深かったのは、演出家必要な5つの要件である(p.13:ちなみに同様の指摘は『「リアル」だけが生き延びる』にもある)
  • 世界観
  • 方法論
  • 構成力
  • 説得力
  • リーダシップ
 一つひとつの紹介は、o-lab.org での読書メモに移行する際に、改めて行うとして、とくに興味深かったのは「世界観」と「構成力」である。

 言い換えれば「何を、どのように描くか?」である。

 私も、時々失敗するのだが、大きなことを描こうとすると、ものすごく抽象的になってしまう。しかし、だからと言って、身近(私の場合は恋愛かな?)なことを例にすると、そこから抜け出せなくなってしまうことがある。
 著者の言い回しを借りれば、一方で社会的な問題に触れつつ、他方で人間的な問題に言及するというのは容易ではなく、常々悩まされる問題である。この両者のバランスを保つのは、演劇においても不可欠らしい。
  劇作家の描くテーマは、たいてい、このどちらか(注:社会的なテーマもしくは人間的なテーマ)に偏ります。それは悪いことではありません。しかし、その個 々の作品が名作となるかどうかは、この二項対立の逆のパートをきちんと描いているかどうかにかかってきます。社会的なテーマを扱う作品ほど、人間的な側面 を掘り下げて書かなくてはなりません。人間的なテーマを扱う作品ほど、その社会的な背景をきちんと描かなくてはなりません。(p.153)
 演劇的には、このような時、「第三者」を取り入れるとうまくいくようだ。著者はこれを「変化のための適切な刺激」(p.165)と呼んでいて、「弱い刺 激」「内部への直接の刺激」「内部を崩壊させる刺激」「極端に強い刺激」など4つを例にしている。もちろん「刺激」と言っても、刺激=反応的な単純なもの ではなく、人間を描くための「仮説」のようなものである。これは、『演劇入門』で「セミパブリック」と呼ばれる関係の取り方に近いのかもしれない。

 どのように描くか、という点については想像力を開いたり、閉じたりするという喩えが大変に分かりやすかった。
  (略)あたかも観客が自分で気がついたかのようにし向けるのが、演出の仕事です。そのためには、どうしても、一度観客の想像力が大きく開く瞬間を作らなく てはならない。観客の脳の中に、無意識の選択肢をいくつも作っておいて、その中の一つを、観客があたかも自分で選んだかのように誘導していかなければなら ないのです。(p.124)
 私なりに言い換えれば、オープンなクエッション(問いかけ)で受け手の「分からなさ」を増しつつ、徐々に焦点を絞っていくことで、その人なりの「問い」 を持てるようにする、という手法であろう。もしかしたら「分からなさ」っていうのは、想像力に近いのかもしれない、と思ったりもした。

▼以上、自分では分かったつもりになっているのだが、著者が示している例(彼がワークショップで用いている教材)がないと、抽象的になってしまうのが難点である。こういう時、やはり物語(ナラティブ?)の力は偉大だな。

 物語的なものと、抽象度の高い説明(一言でまとめると…)を、いかに組み合わながら示していくかは、今後、個人的な課題かもしれない。

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