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女性の生き方

▼いきなり引用です。タイトルは「クラブ」。小学校の卒業文集です。
 六年間の思い出といえば、修学旅行、林間学校、遠足、運動会など、たくさんあります。
 でも、とても印象に残ったのは、六年の十一月十四日のクラブです。私は、五年の時は手芸部で、今年は生物部です。生物部は、六年四人と五年二人、岸田先生の、小さいクラブです。
 この日、私たちは、「コジュケイ」のはくせいをつくることにしました。その鳥は、学校の窓ガラスにぶつかって、死んだのだと先生はおっしゃいました。
 肛門から、はさみを入れて、お腹の皮をさきます。その後、肉を切らないようにして、中の肉をとり出します。そのためには、足とつばさを、適当なところか ら、切らなければなりません。足は、うまくいきました。つばさも一こできて、残るは、つばさ一ことなりました。そこは、先生がなさいました。ところが何と いう失敗!先生は、つばさを切り落としてしまったのです。あと、頭のところの肉をとれば、肉がとれたのに。そして、かわかしたあと、中身を入れて、はくせ いができたのに…とても残念!
 さて、この文章を書いたのは誰でしょう?(孫引きですが、引用は朝日新聞1993年1月7日掲載だそうです)。もちろん、私じゃありません。
(注:コジュケイをご存じない方(私もそうだったけど)、Googleのイメージ検索を参照。成長すると大きめな鳥のようですね。)

 引用者(加藤典洋氏)は、次のように評しつつ、文章の書き方について広く論じてます(もともとは文章の表現法に関するテキストです)。
 ふつう、ちょっとめはしのきく子はまず、こういうことは書かないでしょう(略)。ふつうはそういうことに頭がいって、ちょっとまずいかなあ、なんて思います。(略)無頓着なよさ。ある純粋なもの、ありますね。これは、いい子だなあ、と僕なら、思う。(略)
 文章は、その、書き手の、文章を書くということにかけてのある純粋さを、こうして感じさせる。文章を書く心得の第一は、自分が書きたいと思ったら、それを書く、ということなんです。
 自分との関係が第一。それから、それが人にどう見えるか、という順序(以上、引用はpp.30-31。下線は引用者)
加藤典洋(1996). 言語表現法講義. 岩波書店
 さて、オリジナルの文章を書いたのは誰かと言うと、小和田雅子さん、言うまでもなく今の皇太子妃です(もし、最初に「長崎(佐世保)の事件云々」のリード文を書いたら、きっと多くの方は誤読されたことでしょう?かね。)

 私も、飾らないとても素敵な文章だと思います。今の私たち(カエルの解剖もしないですもんね)からすれば、一瞬、残酷なことを書いているように見えるか もしれません。でも、冷たさではなく、あたたかさを感じさせます(実際、手書きの字を見れば、また違った感じがするのでしょうね)。

▼強引な重ね合わせかもしれませんが、加藤氏の指摘は、「文章を書く」ということに限らない気がします。
 究極的にはどちらが先とは言えないかもしれませんが、自分自身と対象との関係こそ、何よりも大切にすべきことだと思います。人がどう思っているか?は、熟考する機会を、時に嫌でも与えられますし。

 また、生きていれば(「教育的配慮」などという妙な隠蔽をしなければ)、そこに必然的に(自然に)「生」や「死」が介在するものだとも思います。隠蔽するから逆に、隠された悪が顕在化するというのは言い過ぎでしょうか。

 こういう文章が新聞に掲載されてしまう立場、ということ自体、公人の難しさを察するばかりですが(でも、いい作文だからいいかな)、女性が生きやすい社会のデザインを本気で考えないといけないですよね。
(「女性」というくくりをしているけれど「男性」優位社会に対して、の意味)

 でも、なんでまあ、こうもうまくいかないのか?
 といった話題で、昨晩は盛りあがる(野郎二人で、というところがミソ)。

▼口だけじゃなくて、行動しろって説もあるけれど>自分

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