読書メモ:今月の本
▼先月何読んだっけな、と先月分の日記を久々に確認したら、4月分の「今月の本」をまとめ忘れていたことが発覚。4月分は改めて記したい。
▼今月は、出張や移動が多かったせいか、出張先や移動中の暇な時間に読んだ本が比較的多い気がする。普段は移動中、AERAやニューズウィークを読んでいるのだが(時々、オレンジページとか)、今月は、何故か部屋で雑誌に目を通し、移動中、ハードカバーを読んでいたのかもしれない。
▼まず新書系で、面白かったのは『確率的発想法』。

私は、確率的に物事を考えるのが得意だと自分では思っていたが…錯覚だったかもしれない(昔は、「打算的だ」と言われたり、夢がないと思われていた時期があったが、今は、「偶然」ということですべて済ましているのかも)。
▼ルポタージュ系で参考になったのは『eデモクラシーへの挑戦』。
企業組織、学校・教育、政府・地方公共団体など、分野を問わず、ネットコミュニティ(オンラインコミュニティ、電子コミュニティ)の形成をいかに促進し、持続的に発展させつつ、何らかの問題発見や問題解決に役立てていくか?は、近年、おそらく多くの関心を集めている問いの一つである。
企業や教育分野では、理論的、実践的報告はちょくちょく国内でも出始めているが、地方公共団体はあまり良い事例が多くないようだ。本書は数少ない成功例(?)の一つである神奈川県藤沢市の電子会議室をテーマとした本。
金子郁容先生の「ルール」「ロール」「ツール」という分析のフレームワークや、「ソーシャルキャピタル」概念を突っ込んで知るためには、『新版 コミュニティソリューション』をあわせて読んだ方が理解が深まる気がする。
この手の分野は、理論というよりは事例から学ぶことが多そうだ。
▼私自身は、軽薄に「ネットコミュニティ」や、「オンラインコミュニティ」を論じる以前に、ローマ共和制や、マルクスの共同体概念に還って考えるべきではないかと思っている(私は何事にも遠回りなのである)。

ここになって歴史が得意ではないのが裏目に出つつあるのだが、たまたま「自分探し」系現代論の一つのつもりで手に取った『「ほんもの」という倫理』は、コミュニティ概念を考えるにも参考になった。今月の最大の収穫本である。
著者が言うように(著者はもっと深淵な言い方をしているが)、本来、「他者の他者」としての自己のあり方、すなわち対話や関係性をふまえながらauthenticityのありようを考えていかなければならないはずである。
久々に骨のある本だったので、改めて読書メモを書きたい。
▼最後は、CD-ROM付きのエスノメソドロジー本。エスノメソドロジー
関連の本は、読んでいる最中には分かった気になるが、ページを開いた瞬間、よく分からなくなることが少なくなかった(要するに私は、おバカさんである、ということだ)。
しかし、この本はCD-ROMのビデオ映像等があるせいか、納得度は高い。この主の考え方や方法論の本(メソドロジー=方法)は、自分で経験するとか、自分でやってみるというプロセスが不可欠なのかもしれない。
私自身は、授業の履修者として、あるいはアシスタントとして、クライエント中心療法で知られるロジャーズの有名な『出会いへの道-あるエンカウンター・グループの記録』(の短縮版)を、1年に1回、5~6年にわたって見た記憶があるが、見る度に、確実に自分が変化しているのが実感できた。
分からない部分が、より明確に分かるようになる感覚は、視覚的というよりは身体的なものに近いのだろう。時間をかけて、人との対話を通してはじめて、「ほんもの」や、隠された悪(by谷川俊太郎)を見抜けるようになれるのかもしれない、なんてことを思ったりした5月であった。
▼今月は、出張や移動が多かったせいか、出張先や移動中の暇な時間に読んだ本が比較的多い気がする。普段は移動中、AERAやニューズウィークを読んでいるのだが(時々、オレンジページとか)、今月は、何故か部屋で雑誌に目を通し、移動中、ハードカバーを読んでいたのかもしれない。
▼まず新書系で、面白かったのは『確率的発想法』。

私は、確率的に物事を考えるのが得意だと自分では思っていたが…錯覚だったかもしれない(昔は、「打算的だ」と言われたり、夢がないと思われていた時期があったが、今は、「偶然」ということですべて済ましているのかも)。
- 小島寛之(2004). 確率的発想法 数学を日常に活かす. NHK出版
▼ルポタージュ系で参考になったのは『eデモクラシーへの挑戦』。
企業組織、学校・教育、政府・地方公共団体など、分野を問わず、ネットコミュニティ(オンラインコミュニティ、電子コミュニティ)の形成をいかに促進し、持続的に発展させつつ、何らかの問題発見や問題解決に役立てていくか?は、近年、おそらく多くの関心を集めている問いの一つである。企業や教育分野では、理論的、実践的報告はちょくちょく国内でも出始めているが、地方公共団体はあまり良い事例が多くないようだ。本書は数少ない成功例(?)の一つである神奈川県藤沢市の電子会議室をテーマとした本。
- 金子 郁容・藤沢市市民電子会議室運営委員会 (2004). eデモクラシーへの挑戦―藤沢市市民電子会議室の歩み. 岩波書店
金子郁容先生の「ルール」「ロール」「ツール」という分析のフレームワークや、「ソーシャルキャピタル」概念を突っ込んで知るためには、『新版 コミュニティソリューション』をあわせて読んだ方が理解が深まる気がする。
この手の分野は、理論というよりは事例から学ぶことが多そうだ。
▼私自身は、軽薄に「ネットコミュニティ」や、「オンラインコミュニティ」を論じる以前に、ローマ共和制や、マルクスの共同体概念に還って考えるべきではないかと思っている(私は何事にも遠回りなのである)。

ここになって歴史が得意ではないのが裏目に出つつあるのだが、たまたま「自分探し」系現代論の一つのつもりで手に取った『「ほんもの」という倫理』は、コミュニティ概念を考えるにも参考になった。今月の最大の収穫本である。
- チャールズ テイラー・田中 智彦 (翻訳) (2004). 「ほんもの」という倫理―近代とその不安. 産業図書
著者が言うように(著者はもっと深淵な言い方をしているが)、本来、「他者の他者」としての自己のあり方、すなわち対話や関係性をふまえながらauthenticityのありようを考えていかなければならないはずである。
久々に骨のある本だったので、改めて読書メモを書きたい。
▼最後は、CD-ROM付きのエスノメソドロジー本。エスノメソドロジー
関連の本は、読んでいる最中には分かった気になるが、ページを開いた瞬間、よく分からなくなることが少なくなかった(要するに私は、おバカさんである、ということだ)。しかし、この本はCD-ROMのビデオ映像等があるせいか、納得度は高い。この主の考え方や方法論の本(メソドロジー=方法)は、自分で経験するとか、自分でやってみるというプロセスが不可欠なのかもしれない。
- 山崎 敬一 編(2004). 実践エスノメソドロジー入門. 有斐閣
(注) ちなみに両者で、使われている映像分析ソフトの一部は同じものである。以前から、映像を分析=検討=再吟味できるシステムがあったら便利だなぁと思っていたら、既に存在していた上に、何かとお世話になっている先生が作成されていたソフトだと知って、無知の至福(誤用)を感じた。改めてコメントするほどのものではないが、視聴覚教材は効果的に使うと、理解は圧倒的に深まる。しかも、時間を空けて何度か見ると、ますます効果がありそうだ(視聴後に感想を書いているとなおさらである)。
私自身は、授業の履修者として、あるいはアシスタントとして、クライエント中心療法で知られるロジャーズの有名な『出会いへの道-あるエンカウンター・グループの記録』(の短縮版)を、1年に1回、5~6年にわたって見た記憶があるが、見る度に、確実に自分が変化しているのが実感できた。
分からない部分が、より明確に分かるようになる感覚は、視覚的というよりは身体的なものに近いのだろう。時間をかけて、人との対話を通してはじめて、「ほんもの」や、隠された悪(by谷川俊太郎)を見抜けるようになれるのかもしれない、なんてことを思ったりした5月であった。
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