読書メモ:臨床社会学のすすめ
▼オリジナルは2003年8月に書かれたものです。
▼一日中モニタの前に向かって、プログラミングちっくな作業(正確に言うと私の場合は分析作業なのだが)に没入していると、ときどき「自分は特別だ」感に襲われる時があるような気がする。
うまく言葉に出来ないのだが、「自己」中心的というよりは、「自分」が恍惚と奪われていく感覚に近い気がする。無知が奪われていく、といった方が適切なのかもしれない。とにかく根拠のない全能感みたいなもんだ。
▼こういう時に必要なのは「幻滅」感らしい。奥村(2000)によれば、「私は特別な存在だ」という感覚に欠くような状態が「幻滅」である。幻滅の例として、著書ではコペルニクス的転回(天動説→地動説)があげられている。
(エリアス. N. [1991]. 参加と距離化.法政大学出版局)
著者は、この「幻滅」を経由することこそ、もっとも重要なことではないか、と考える(略)。ここだけ引用すると、なんだか自己啓発系の文章みたいな印象を受けるかもしれないが、著者の社会学的知見(著者の立場は「臨床社会学」らしい)に裏付けられた発言は、説得力があるような気がする。
まず、自分に対する「幻滅」を受け入れよう。そうしなければ、「私」の仕組みを認識することは始まらない。そして、自分がどうしているのかを認識することがなければ、自分のやり方を制御する可能性を手に入れることができない(p58)
「幻滅」を経由して自分を「知る」こと・「知る」ことで自分に少し「幻滅」すること。この往復は、ある「自由」を私たちに与えてくれると、著者は思う(p59)。
奥村隆(2000)「『存在証明』の臨床社会学」 大村 英昭・野口 裕二(2000).臨床社会学のすすめ. 有斐閣
でも、「幻滅」って人に勧められるもんじゃないし、人に勧められて味わう感覚でもない。そもそも欠けているのは、アクチュアリティってことかしら。
▼前も似たようなことを書いてるかもしれぬが、他人のことを自分のことのように「読み替える」能力って重要だな。
にしても「幻滅」と「失望」って何が違うんだろう。
香ばしい幻滅よりは、香ばしい失望(by松岡正剛)の方がいいかも。
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