読書メモ:フィールドワークの物語
▼最近、「自分の想いをうまく表現できない」問題に直面している。といっても、どうやってプロポーズをしようか悩んでいるわけではない(私は、そんなことでは悩まない、なーんてね)。今は、論文がまとまらなくて、困ってしまっているらしい。
おそらく「うまく表現できない」問題は、人類普遍の問題である。自分の気持
ちを、いかに意中の相手に伝えようか迷っているお嬢さん・お坊ちゃんはもちろんのこと、自分の不勉強や能力のなさを、表現力の問題に転嫁してしている学生さんやビジネスパーソン(私もその一人)。表現を職業としている作家、漫画家や詩人や画家などは、とくに悩みも深そうだ。もっとも私の場合は、思ったことをいかに描くかではなくて、観たもの=思ったことの間のバランスをどう取るか、なのですけど…。でも、〆切も近づいているし、困ったもんだ。
▼うまくいかない時は、(1)人に相談する、(2)本に相談する、(3)一人で悩む、(4)すべてなかったことにする、くらいしか選択肢がないのだが、とりあえず本に相談モードである。
- ジョン ヴァン=マーネン(著)森川 渉(翻訳)(1999). フィールドワークの物語―エスノグラフィーの文章作法. 現代書館
私なりに要点をまとめてみると、次のようになる。
- 写実的物語(リアリスト・テールズ)
観察者が、第三者的な視点から、対象を描こうとする時の文体。多くの民族史(フィールドワーク)では、この物語が採用されている。
観察者の視点は絶対だが、観察者(=民族史の著者)の存在は、読者(=民族史の読み手)からは見えないように描かれることが多い。
- 告白体の物語(コンフェッショナル・テールズ)
観察者が、現場で感じたことを、自身の内面に焦点をあてながら記述しようとする際の文体である。「写実的物語」とは異なり、観察者(=民族史の著者)が物語の中心に位置づけられる。
多くの場合、写実的物語の裏話を紹介するような文脈で描かれる。
- 印象派の物語(インプレッショニスト・テールズ)
「写実的物語」と「告白体」の両方の特徴を併せ持ち、現場で起きたエピソードを回想的に描く際の文体である。
印象派の物語では、何らかの知識を持つ(観察の対象、著者自身)とその知識の内容を分けず、意味の固定化を避ける。
一方、告白体の場合は、著者自身に焦点が当てられるため、現場で知ったことが何なのかは描かれないことが多いとされる。
両者に対して印象派の物語では、両者は一つに統合される。
本書では、この3文体それぞれが紹介されているが、確かに、それぞれの印象はかなり異なる。民族史を読む時には、それがどんな文体(写実的?告白的?印象派的?)で書かれているのか。また、文体によって何が選択的に描かれていないのかを意識することは、確かに重要そうだ。
なお、著者のジョン・アン・マーネンはMITの経営学の大学院の先生である。原書は非常に含みのある英文だが、翻訳書は非常に読みやすい。
でも、易しい内容ではないです。誤読があったらごめんなさい。


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