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読書メモ:「できる人」はどこが違うのか?

▼オリジナルは2001年10月に書かれたものです。

▼斎藤孝氏の本が「売れている」というのは聞いていたのだが、実際読んでびっくり。なかなかこれがどうしてか(失礼)面白い。
 一言でいえば、「上達論」の本である。

 「上達」は、専門的なことばでは(認知心理や発達心理の世界では)「熟達」とも言い換えられる重要な概念である。何か特定の能力、スキル、技を身につけ、最終的にはその道の専門家、プロ(もしくは熟達者)になっていく過程が「上達」もしくは「熟達」である。

▼専門家やプロという言葉は、ある限定された人を指すようなイメージもあるが、自分よりちょっとうまい人というのは、「自分」と比べれば熟達者であると捉えることもできるだろう。

 「学び」(学習)というのは本来、何かしらの力を「上達」させる過程のことを指すはずである。しかし、近代的な教育観では、「上達」ではなく、単なる「知識の伝達」を重視してきた。

 新しい教育のスタイルとして「上達」の考えを積極的に取り入れようという提案が本書の趣旨である。

▼具体的に言うと、以下の3つの「力」と、「スタイル」の重要性が指摘されている。
「力」の名前 次元 具体例
コメント力
(要約力・質問力)
ことば次元 母国語能力を鍛える
段取り力 活動次元 生活での活動
場をつくる力
うごける体づくり
(技・方法を)
まねる・盗む力
からだ次元 身体的創造力を鍛える
技化の意識
 この著者、なかなかコンセプトの提案力のある人だ。

 野中郁次郎の「形式知」「暗黙知」などの考え方(つまり知識創造)も、柔軟に取り入れている。

▼3つの力を表す「次元」が、「ことば」「活動」「からだ」に分かれているのは、形式的(ことばとして表現できる)知識も、暗黙知(身体的な、ことばにすることが難しい)知識のどちらも重視ているからである。中間に「段取り力」として「活動」をもってきているのも、ユニークである。

 この本も、要約だけみて「なーんだ」と思ってしまうのはもったいない。著者が出す例示や、思考プロセスを共有しないと、ほとんど意味がないのでご注意を。「スタイル」の重要性について言及なども、なかなか目から鱗状態であった。

▼私が気に入ったのは上達を支える原動力として「あこがれ」について言及しているところである。
 私も、「あこがれ」は、学びにおいてとても重要だと思う。「あこがれにあこがれる」って「恋に恋する」みたいな感じだけど、確かに学びの原動力としては強力なはず。

 話がずれるが、よくモチベーション研究で「外発的」「内発的動機付け」などという言葉が使われるが、私は内と外を分けるという考え方自体が、不毛なような気がしてならない。思わず「あこがれ」は外発的ですか、内発的ですか?なんてことを問いたくなってしまいます。

 私は、実のところ教育心理学には不満が多い。原因は、この動機づけ概念の貧弱さである。なんとかしたいねぇ。

▼本書は「できる人」の具体例として、村上春樹とか、アラーキー(写真家)など、わりと身近であろう人のエピソードも引用されていて、内容としても分かりやすい。かと思えば、ホンダの本田宗一郎氏の例や、吉田兼好の『徒然草』を「上達論」として評価するなど話題は豊富である。

 オススメです。他にも、いろいろ本を出しているので要注目かも。
 この本もなかなかです。

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