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読書メモ:表現形式としてのマンガ

▼オリジナルは2002年10月に書かれたものです。

▼前々から気になっていた本のいくつかを買い込んできた。
 『現代思想の冒険者たち』 (注)をいしいひさいち氏が4コママンガでパロディ化した本。 ハイデガー&アレントネタで妙に笑えてしまう自分がちょいと寂しい(注:哲学者同士の色恋沙汰っぽい話である。詳細は不明)

 もしかしたら思想家間の恋話をネタにするのも、芸能人の恋話を話題にするのも、「ネタ」としては同じなんでしょうかね。そんなの同じ次元で考えるなってって突っ込まれそうな気もするけど。
(注)ちなみに『現代思想の冒険者たち』は、講談社が出した著名な思想家の解説本シリーズ。全29冊の本が出ている。
私は、なぜかメルロ=ポンティとか、レヴィ=ストロース、ヴィトゲンシュタイン、ガダマーなんかを持っているらしい。書き手によって当たりはずれがあるし、「入門書」ではないのが難点。っていうか、難し過ぎて読めない本が、結構多い。
 いつも「思想系」は活字でしか読んでいなかったせいか、マンガで表現されていると新鮮である。なんとなく分かったつもりでも、表現形式が違うと別の角度から考えさせられるらしい。
 おかげで、これまで理由もなく敬遠していた何人かの「思想家」にちょっと惹かれた。図書館で借りてみるとしよう。なんとなく、マーケティング戦略にはまっているような気もしないでもないが、マンガはきっかけにはなるかな。

▼そういえばマンガで読むと「新鮮」という感覚は、
 の時にも思った。本書は、秋山りすの『OL進化論』を題材にしたクリティカルシンキング本。某社のクリティカルシンキング本なんぞより、遙かにオススメ。この新鮮さは、マンガ+活字による解説のW効果によるのかな。

 『現代思想の遭難者たち』と、『クリティカル進化(シンカー)論』とでは、題材の仕方も文脈も異なるが、マンガを題材にするのも、ある題材をマンガにするという変換過程がどうなっているのかは非常に興味深い。

 改めて、表現形式(様式?)としてのマンガについて考えてみよう。

▼現代思想もマンガになるならば、物理の世界も…ということで、せっかく(?)なので、話題の『トムキンスさん』も買ってみました。
 やっぱり術中にはめられているような…。

 子どもの頃、「マンガ日本の歴史」の類をちゃんと読んでいれば(この手のジャンルは「学習マンガ=学漫(がくまん)」と呼ぶらし)、少しは今の私の日本史オンチが解消されていたかもしれないと思うと悔やまれる。

追伸:リンクミスのご指摘、ありがとうございます(2003年3月)

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