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読書メモ:受験現代文読解法

▼オリジナルは2002年10月に書かれたものです。

▼石原千秋氏(漱石研究で有名らしい)の新刊『大学受験のための小説講義』を読んでみた。私はこれまで、なぜ「小説が読めるか」を、テストなんぞで把握できるのか疑問でならなかったのだが、謎が少し解けた。

 石原氏によれば、実は、こんな秘密があったらしい。
 入試国語では、誰にでもそう読めるほんとう(真実)があって、それが「正解」になっているのでは決してない。紙の上の学校空間では、道徳的な枠組みから読むことを暗黙の前提にしているから「正解」が出るのである。ところが、国語教育ではこんな簡単なルールを決して教えないのだ。(p55)
 フォントの色を変えたのは引用者です。そういえば田村秀行氏(元代ゼミ講師。私も教わっていた)も、似たようなことを言っていたような記憶も…。

▼そもそも、著者によれば小説を読むとは、小説から「テーマ」を取り出すことをを意味するらしい。著者はテーマの取り出しを、を「小説から物語を取り出す」という表現で述べている。

 典型的な「型」は、以下の2つに代表されるらしい。
  • ~が~をする物語(主人公の行動を要約する)
  • ~が~になる物語(主人公の変化を要約する)
 当然、小説からどのような物語を取り出すか?には、さまざまな可能性がある。実際、小説には人それぞれの読み方が可能だし、多様な読み方が小説の楽しみでもある。でも、受験小説の場合は、テーマの取り出し方を<出題者>と共有しないと、正解は得られないらしい。
 受験小説が「出来る人」とは、小説から物語文への変換の関数(小説をどんな風に物語文にするのか、その変形の度合いのこと)を出題者と共有できる人のことを言うのである。つまり、一つの小説から出題者と同じ物語を取り出せる人を、受験小説が「出来る人」と呼ぶのである(p39)。
 要するに、小説そのもの=テクストを読むんじゃなくて、テクストの読み方を出題者と共有せよ、ということなんでしょうね。

▼もしかしたら出題者の意図、読み方の癖を教える場所が、予備校というところだったのかもしれない。今思えば、これは石原氏の本を読む遙か前に、私が受験を通して「身につけてきたこと」かなと思ってみたりします。

 言い換えれば、標準学力テスト的な「学力」っていうのは、相手(出題者)の意図や、読み方の癖をつかむことの出来不出来とも言えるかもしれない。

 一つ危惧するのは、出題意図や、他人の読み方ばかり身につけると、自分なりの「読み方」を忘れてしまう可能性があるということ。私が小説が「読めなく」なった(最近、回復してきたけど)一つの理由はたぶんそれでしょう。
 ちくま新書以外、石原氏の他の著作も読んでみようっと。

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